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第66話 『特殊な部隊』、とりあえず先手を取る

 ヘルメットを抱えたままかなめが喧騒の中へ突き進んでいく。

 その姿がなぜか神々しくもいとおしく感じられるのを不思議に思いながら誠はかなめの後に続いた。

『なんだか西園寺さんが綺麗に見えるな。これはつり橋効果ってこういうものなのかな』

 誠には柄にも無くそう思えた。

 格納庫に入ると作業がもたらす振動で、時々壁がうなりをあげた。

 誠の全身に緊張が走る。

 作業員の怒号と、兵装準備のために動き回るクレーンの立てる轟音が、夢で無いと言うことを誠に嫌と言うほど思い知らせた。

「おう!着いたぞ!」

 かなめがすでに時刻前に到着していたカウラに声をかけた。

「問題ない。定時まであと三分ある」

 長い緑の髪を後ろにまとめたカウラは、緑のヘルメットを左手に持っていた。

「整列!」

 カウラの一言で、はじかれるようにして誠はかなめの隣に並んだ。

「これより搭乗準備にかかる!島田曹長!機体状況は!」

「若干兵装に遅れてますが問題ねえっすよ!時間までには何とかします!」

 05式向けと思われる230mmロングレンジレールガンの装填作業を見守っていた島田が振り返って怒鳴った。

「各員搭乗!」

 三人はカウラの声で自分の機体の足元にある昇降機に乗り込んだ。

 誠の05式乙型の昇降機には隊で最年少の西と呼ばれる二等技術兵がついていた。

『いよいよ戦場か……僕は足手まといなのか……それともみんなが言う通り『切り札」なのか……『切り札』になるとしてどんな事をすれば良いんだ?そんなこと何も聞いてないよ、僕は』

 誠はコックピットに乗り込みながらそんなことを考えていた。

「神前少尉。がんばってください!」

 よく見ると西の作業用ヘルメットの下に『必勝』と書かれた鉢巻をしているのが見える。

 そこから彼が大日本帝国軍からの伝統を重んじる甲武国出身だと言うことがわかった。

 後輩の誠はこの『特殊な部隊』に配属されて初めての『尊敬』の視線に見つめられながらコックピットまで昇降機で誠を運んだ。

「わかった。全力は尽くすよ」

 目だけで応援を続ける西にそれだけ言うと誠は自分の愛機となるグリーンの飾り気の無い機体に乗り込んだ。

 彼が合図を出すのを確認して誠はハッチを閉めた。

『いよいよ戦場なんだ……人と人とが殺しあう空間……本当に僕みたいな臆病者が居て良い空間なのかな?』

 装甲板が下げられた密閉空間。

 その空間を見て誠が感じたのはそんな違和感だった。

 誠の手はシミュレータで慣らした通りにシステムの起動動作を始めた。

 計器の並びは訓練課程最後に乗った練習機と同じで、すべて正常の数値に収まっていた。

『シミュレータでいつも並んでいる数値通りだ……僕が落ち着いていけばきっとクバルカ中佐が何か『必殺技』を教えてくれる……なんと言っても『人類最強』なんだから』

 計器が正常値に収まっていることを確認するとそんな他人頼みの考えを浮かべながら誠はヘルメットをかぶった。

『神前少尉。状況を報告せよ。また現時刻より機体名はコールナンバーで呼称する。アルファー・スリー大丈夫か?』

 画面の中では珍しく緊張した面持ちをしているランから通信が入った。

「アルファー・スリー、全システムオールグリーン。エンジンの起動を確認。三十秒でウォームアップ完了の予定」

 それだけ言うとモニターの端に移るカウラとかなめの画像を見ていた。

『どうだ?このままカタパルトに乗れば戦場だ。気持ち悪いとか言い出したら逃げる犬っころみたいに背中に風穴開けるからな!』

 かなめはそう言いながら防弾ベストのポケットからラム酒が入っているだろうフラスコを取り出し口に液体を含んだ。

 かなめの通信には、かなめがいつも流している『昭和』の女性歌手『中島みゆき』の曲が流れていた。

 
挿絵


『アルファー・ツー!搭乗中の飲酒は禁止だぞ!それにいつも言っているように戦闘中は音楽を流すな。集中が途切れる』

『飲酒じゃねえよ!気合入れてるだけだ!それにアタシはこの曲を聞いていないと命中率が下がるんだ!』

 あてつけの様にかなめはもう一度フラスコを傾ける。

 カウラは苦い顔をしながらそれを見つめた。

『忙しいとこ悪いが、いいか?』

 ロングレンジレールガンの装弾を終えたのか、島田からの通信が管制室から入った。

『神前。テメエに伝言だ』

「誰からですか?」

 心当たりの無い伝言に少し戸惑いながら誠はたずねる。

『まず神前薫(しんぜんかおる)ってお前のお袋か?』

「そうですけど?」

 誠は不思議に思った。

 去年のお盆も、年末も、誠は母親がいないことを確認してから実家に荷物や画材、イラスト用の画材などを取りに帰っただけで、会ってはいなかった。

『ただ一言だ。『がんばれ』だそうだ』

『なんだよへたれ。ママのおっぱいでも恋しいのか?』

 かなめが悪態をつく。

 誠はその言葉に照れて苦笑いした。

『母さんも心配しているだろうな……いや、信じてくれているかも。僕があの僕の知らない『法術師』になることを確信して……』

 誠の脳裏には強い女性と言うイメージのある剣道師範である母の面影が浮かんでいた。

『ビビったらそれで終い。それが戦場だ』

 かなめは平然とそう言って笑った。

 誠は全天周囲モニターの中のサイボーグ用のヘルメットにバイザーが付いたかなめの姿を見つめていた。

『テメエに期待するのはビビった様子を見せねえことだけだ……将棋の駒のつもりで前だけ見てろ』

 かなめの表情はバイザーに隠れていたが、誠はその言葉に静かに頷いた。

『神前……ちっこい姐御はオメエを買ってるが、アタシはそれほど期待してねえ。誰も近藤の旦那を止められねえんだよ』

 物わかりの悪い子供をあやすようにかなめはそう言った。

『『逆臣』である近藤の旦那をアタシが殺してやるのが筋ってわけだ……アタシはマジの貴族の出だから……しょうがねえやな。連中も貴族主義者だろ?それを近藤の旦那も望んでいる。面倒くさいがその望みをかなえてやんよ』

 かなめの力強い口調に誠はひるみつつ黙って頷いた。

『西園寺。『逆臣』と言うのは勝って初めていえる言葉だ……今はただの手配犯だ……我々はまだ勝利していない』

 冷やかすような通信がカウラから入った。

『いいんだよ!例のシステムが生きてる限りアタシ等の勝ちは見えてんだ……それに先の大戦のお古の九七式にキャノン砲を付けただけの時代遅れの『火龍』相手に後れを取るかってえの!』

 子供のように主張するかなめの口元を見つめながら誠は自然に笑みが浮かんでくるのを感じていた。

『火龍の肩の二門の230mmレールガンは厄介だぞ……当たり所が悪いといくら装甲の厚い05式でも一撃で墜ちる』

 鋭い声が誠の耳に響いた。

 かなめの画面の隣に、激高する表情のカウラがヘルメットをかぶっている姿が見える。

『なんだ?弱気の風に吹かれたか?戦闘用人造人間の『お人形さん』?』

 かなめのカウラに向けた言葉にはどこかしらとげがあった。

『事実を述べたまでだ……貴様は光学迷彩で視認されないだろうがこちらは有視界戦闘では丸見えだからな』

 カウラの落ち着いた言葉が聞こえたところで、誠の05式の全天周囲モニターに『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ランのあきれ果てた顔が大写しになった。

『生身だろーがサイボーグだろーがアタシ等これから仕事なんだわ。遊んでる暇ねーの』

 頭でっかちな幼女の一喝にかなめもカウラも黙り込んだ。

『西園寺。オメーの操縦が上手なのはわかってんだ。カウラもそれなりに使えるんだ。神前が使えねーのも十分承知。でも、オメー等は『最強』部隊長のアタシの部隊の一員なんだ。ちゃんと仕事をすれば勝てる戦いだ』

 ランは自信ありげにそう言いながら笑った。

『しゃあねえなあ……姐御、後詰は任せましたよ』

『後詰……西園寺、突入する気か?私のECMの有効範囲から出るのは厳禁だぞ』

 かなめとカウラが『特殊』な漫才を始める。

『それならカウラが前に出ればいいじゃねえか』

『それを指示するのは中佐だ!貴様は私の部下なんだからそれに従え!』

 二人の漫才は続いた。

 戦場を前に漫才を始める二人の姿を見ながら誠はつい吹き出してしまった。

『西園寺さんのレールガン全弾装着済みましたよ!』

 通信に珍しくまじめな顔をした整備班長『ヤンキー』島田正人曹長のつなぎ姿が入り込んできた。

『待ってました!』

 巨大なシュツルム・パンツァー用230mmロングレンジレールガンがクレーンで持ち上げられ、かなめの機体に装備された。

『カタパルトデッキの状況は!』

 ランが叫んだ。

『いつでも行けます!』

 島田が叫ぶ。

『西園寺、神前、アタシが出て、最後がカウラで出るわ。西園寺!230mmロングレンジレールガンの設定終了後、すぐに移動開始』

『人使いが荒いねえ。まあアタシは『罪人』が食えりゃあどうでも良いんだけどな』

 凶暴そうな笑みが口元からこぼれるかなめに誠は心が寒くなる。

『びびんなって。ちゃんと腕のいい盾として『狼』共から守ってやんよ』

 かなめは口元だけが見えるサイボーグ用ヘルメットの下の口で誠に話しかける。

「了解しました」

『それより時間だ。島田!』

 かなめはそう叫ぶと機体固定部分をパージしてカタパルトデッキへ機体を動かす。

 その振動で誠はこれがシミュレーションではなく実戦だと言うことを肌で感じていた。

『中佐殿!出ていいか?』

 そう言うとかなめは機をカタパルトデッキに固定させる。

 誠は続いて固定装置をパージして後に続いた。

『初めての実戦直前……緊張するな……西園寺さんは実戦慣れしてるみたいだからいいけど……でも僕は初めてだからな……緊張しても当然なんだ』

 誠は全身に吹き出す緊張の汗の理由をそう言う風に自分自身に説明しながら全天周囲モニターのブリッジの管制官の席に座る島田の彼女、サラ・グリファン少尉の姿に目をやった。

『おい!サラ!出撃命令まだか!』

 かなめが叫ぶ。

『作戦開始地点に到着!各機発進よろし!』

 サラがやけ気味に叫んだ。

『んじゃ行くぞ!アルファー・ツー!05式狙撃型!出んぞ!』

 リニアカタパルトが起動し、爆炎とともにかなめの機体が誠の視線から消えた。

 誠はオートマチック操作でカタパルトデッキに機体を固定させる。

 その振動が誠の胃の奥に響いた。

「クバルカ中佐。何か一言無いんですか?僕は何をするのかとか無いんですか……」

 誠は久しぶりの実機搭乗の緊張に脂汗を流しながらそう言った。

『わりーが今回はオメーにババを引いてもらう予定だ』

 幼くてかわいらしいランの口元から誠に向けて非情な一言が放たれた。

「やっぱり……僕がこの中で一番危険な任務に就くんですね……」

 誠はランの言葉に諦めたようにそう言った。

『うらやましいねえ……神前。どうやらオメエの『素質』とやらを今回の戦いでは開放していいらしい。殺し放題だぜ、オメエは』

 ランの隣の画面の中のかなめが下品な笑みを浮かべている。

 そのサイボーグ用ヘルメットのバイザーに隠れたたれ目は相変わらずごみを見るような眼で誠を見ていることだろう。

『やっぱり今回の作戦の肝は僕なんだ……戦力差は20倍。僕が活躍しなきゃみんな死んじゃうんだ……』

 そんな戸惑う誠のことなど無視するかのように、宇宙装備服姿の技術部の男子隊員は手にした誘導灯にはカタパルト射出の準備完了のマークが点滅していた。

 点滅するランプを見て誠は鼓動が早くなるのを感じていた。

「アルファー・スリー!|05《まるご》乙!出ます!」

 カタパルトが作動するが、重力制御システムの効いたコックピットは、視野が急激に変わるだけで何の手ごたえも感じなかった。
 
 ただ周りの風景だけが移り変わる。
 
 そのあまりにあっけない周囲の変化に逆に誠の鼓動はさらに早くなっていった。

「宇宙だ……ここが戦場になるんだ……」

 誠は射出され、慣性移動からパルス波動エンジンの加速を加えながら目の前に広がる闇の深さに感じ入っていた。

『何、悦にいってるんだ?ちゃっちゃと移動だ。すぐカウラも出てくるぞ!』

 目の前に光る点にしか見えないかなめの言葉が響いた。

 その言葉に誠は額を流れる冷や汗を拭こうとして自分がヘルメットをしていることに気付いて苦笑いを浮かべた。

『『紅兎(こうと)』弱×54、クバルカ・ラン!推参!』

 ランはさすがに『偉大なる中佐殿』なので、その出撃時の言葉にも『偉大な風格』を感じさせた。

 確かに彼女がどう見ても八歳女児なのは違和感だらけだが誠もそのリアルを受け止めるようになってきていた。

『アルファー・ワン!05式電子戦仕様!出る!』

 カウラの機体も『ふさ』を発艦した。

 次々と発艦する仲間達の自信に満ちた口調に誠の鼓動は少し安定してきた。

『まだ『那珂』からの発艦は確認されていません!先手は取りました!』

 ピンクの髪をなびかせてサラが叫んだ。

『なんだ。近藤の馬鹿野郎、こんくらいのことも読めねえとはお先が知れるな』

 かなめの言葉には余裕が感じられた。

 ランもカウラも特に何も言わない。

『これから始まるんだ……僕の本当の『戦い』が……』

 機動性に劣る05式四機は『那珂』に向けてゆっくりとした加速を続けた。



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