第78話 帰ってきた女
「あ、アメリア。帰ってきたんだ。それに西園寺大尉とベルガー大尉と神前曹長まで。みんな手伝ってくれるんだな。ありがとう」
そう言うルカが両手に発泡スチロールの塊を抱えていた。それを見るとかなめは駆け足で運行部の詰め所の扉の中に飛び込んでいった。カウラと誠は何がおきたのかと不思議そうに運行部の女性隊員達の立ち働く様を眺めていた。ルカが両手に抱え込んだ発泡スチロールの入った箱を持ち上げてドアの前に運んでいくのが見えた。
「ベルガー大尉。ちょっとドア開けてください。これを抱えたままだとドアの取っ手に手が届かないので」
大きな白い塊を抱えて身動き取れないルカを助けるべく、誠は小走りに彼女の前の扉を開いた。
「なんだよ!まじか?こんなの作ったのかよ!仕事が早いのは感心するが、どうしてこうなった!」
運行部の執務室の中からかなめの大声が響いてきた。誠とカウラは目を見合わせると、立ち往生しているルカをおいて部屋の中に入った。
誠は目を疑った。
運行部のオフィスの中はほとんど高校時代の文化祭や大学時代の学園祭を髣髴とさせるような雰囲気だった。女性隊員ばかりの部屋の中では運び込まれた布や発砲スチロールの固まり、そしてダンボール箱が所狭しと並べられていた。
誠はなんとなくこの状況の原因がわかった。
女子隊員の一人はチクチクと針仕事をしていた。統括管理者で副長を務めるパーラ・ラビロフ大尉と通信主任サラ・グリファン中尉、が仮装用のように見える材料を手に型紙を当てて裁断の作業を続けていた。
「シュールだな。私も学校とやらには行ったことが無いのでよくは知らないが学芸会とやらを始めるみたいだな」
思わずカウラがつぶやいた。彼女達は戦闘用の知識を植え付けられて作られた人造人間である。学生時代などは経験せずに脳に直接知識を刷り込まれたため学校などに通ったことの無い。何かに取り付かれたように笑顔で作業を続ける彼女達の暴走を止めるものなど誰もいなかった。
そんなハイテンションな運行部の一角、端末のモニターを凝視しているかなめの姿があった。
「おい!神前!ちょっと面貸せ!降りるのは勘弁してやる代わりにデザインしたテメエにその責任を取ってもらう!アタシの気が済むように軍隊式の修正をしてやる!」
そう言って乱暴な調子でかなめが手招きした。仕方なく誠は彼女の覗いているモニターを見つめた。
その中にはいかにも特撮の悪の女幹部と言うメイクをしたかなめの姿が立体で表示されていた。
「ああ、アメリアさんが作ったんですね。実によくできて……」
誠は自分のデザインが形になったことに満足していたが、その態度がかなめの気に障ったようだった。
「おお、よくできててよかったな。原案考えたのテメエだろ?でもこれ……なんとかならなかったのか?アタシにこんな恥ずかしい格好をさせるなんてよく考え付くな、この変態!オメエに見せられたアニメにあった典型的なビキニアーマーじゃねえか!これを公衆の面前で晒すのか?アタシはかえでじゃねえんだ!ボンテージの方がまだましだ!」
背中でそう言うかなめの情けない表情を見てカウラが笑っている声が聞こえた。誠は画面から目を離すとかなめのタレ目を見ながら頭を掻いた。
「でもこれってアメリアさんの指示で描いただけで……アメリアさんはビキニアーマーが好きなんで」
誠の言葉にかなめは失望したように大きなため息をついた。
「ああ、わかってるよ。わかっちゃいるんだが……この有様をどう思うよ」
そう言ってかなめは手分けして布にしるしをつけたり、ダンボールを切ったりしている運用艦『ふさ』ブリッジクルー達に目を向けた。かなめを監視するようにちらちらと目を向けながら小声でささやきあったり笑ったりしている様もまるで女子高生のような感じでさすがの誠も思わず引いていた。
「ああ、一応現物を作っておいたほうが面白いとかみんなが言ったから……はまっちゃって。それに今年の冬のフェスとかには使えるんじゃないの?色々使いまわせる衣装を作るのも便利なモノよ」
にこやかに笑いながらのアメリアの言葉に誠とカウラは大きくため息をついた。だが黙っていないのはかなめだった。
「おい!じゃあまたアタシが冬のフェスの売り子でこのビキニアーマーを着て借り出されるのか?嫌だね!死んでも嫌だ!」
かなめがモニターを指差して叫ぶ。そうして指差された絵を見てカウラはつぼに入ったと言うように腹を抱えて笑い始めた。
「でも僕もやるんじゃないかと……ほら、これ僕ですよ。僕だってリアルにこんなもの作るとは思ってなかったんですよ……って言うか僕のデザインと変わってません?より恥ずかしくなってるような気がするんですけど……」
端末を操作すると今度は誠の変身した姿が映し出された。だが、フォローのつもりだったが、誠の姿はかなめの化け物のようなかなめの姿に比べたら動きやすそうなタイツにマント。そして誠のデザインには無かった明らかに戦闘には不向きなシルクハットを被っているのが誠の羞恥心を刺激した。ただ、ビキニアーマーに比べればとりあえず常識の範疇で変装くらいのものと呼べるものだった。これは地雷を踏んだ。そう思いながら誠は恐る恐るかなめを見上げた。
「おい、フォローにならねえじゃねえか!これぜんぜん普通だろ?あたしはこの格好なら豊川工場一周マラソンやってもいいが、あたしのあの格好は絶対誰にも見られたくないぞ。あんな格好で外を歩きたがるのはかえで主従ぐらいのもんだ!」
かなめはいつも寮ではほぼ裸で歩き回っているくせにビキニアーマーに強い拒否反応を示していた。
「それは困るわね!かなめちゃんにはあの格好をしてもらいます!私は監督です!監督の言うことは絶対なんです!」
ビキニアーマーの腹いせに軍隊式修正を誠に施そうと彼の襟に手を伸ばそうとしたかなめだが、アメリアの叫んだその言葉に戸口に視線を走らせた。