―鬼の血を引く者たち―(03)
双身鬼の腕は刃そのものだった。骨と影を編んだような長い腕が鞭のように振り下ろされ、大空の目前を掠める。だが彼は一歩も引かず、脚を大地に深く食い込ませ、刀を構えた。その姿には、確かな“意志”が宿っていた。表情には出ない。だが、彼の眼だけが、敵を真っ直ぐに見据えている。
「引かない……ここで終わらせる」
その言葉に反応するように、仲間たちも動き始めた。陽彩は背中のバッグから大型の霊装砲を取り出し、即座に展開して照準を定める。チャージ音が高く鳴り響く中、彼女は舌打ちしながらも頬を緩めた。
「まったく、感情見せないくせに、こういう時だけ熱いのね。……そういうとこ、嫌いじゃないけど」
翔太が陽彩の隣に滑り込み、結界陣を組み上げる。
「今回ばかりは、俺も全力で援護するよ。大空が本気なら、僕だって手を抜く理由がない」
「それが自然体なんでしょ? じゃあ言い訳なしね」
千波は高速で護符を放ち、双身鬼の影の腕を迎撃する。紙一重でそれを弾いたとき、背後で航輝が儀式台のような霊盤を広げ、周囲の気の流れを制御し始めた。
「この空間……完全に鬼界とは言い切れない。霊的構造が“混じっている”。もしかして……“桃源郷の残滓”が核に……」
彼の分析を千恵が受け取るように続けた。
「つまり、“この空間自体が生きてる”。双身鬼の本体は、建築物の内部かもしれない。大空が囮になって引きつけてる間に、陽彩と翔太で中枢に突入。千波と私は制圧の援護、航輝は霊場の崩壊に備えて反応波を監視」
「わかった。計画的な奇襲、始めるなら今しかない」
陽彩の頷きとともに、霊装砲が放たれた。真紅の砲弾が空を裂き、双身鬼の腕を焼き飛ばす。その間を縫うようにして翔太と陽彩が左手の建造物へと飛び込んだ。
その間、大空はひたすらに、双身鬼の攻撃を正面から受け止めていた。刃と刃が交錯するたび、音すらも飲み込まれるような圧迫感が空気を支配する。双身鬼の身体は常に揺らぎ、影と霧のように形を変える。打ち込んでも打ち込んでも、実体に届かない。
「お前の血だ、桃太郎。かつて我らを分かたれし“封印者”。その末裔が、またも刃を取るか」
「……黙れ。俺は、俺の意思で戦ってる」
大空の声に、双身鬼の目がわずかに細められた。
「意思……か。面白い。ならば見せてみよ。人の意思が、どこまで鬼に届くのかを」
その瞬間、双身鬼の身体が爆発的に拡張した。影の手が十を超え、空間を這うように迫ってくる。地面が割れ、上空には無数の鬼面が浮かび、狂ったように笑い続ける。
「ちょっと笑いすぎ……!」
陽彩が建物内部で回線を解析しながら舌打ちを繰り返す。翔太が背後の機械式結界盤を操作しながら言う。
「やっぱりここが中枢。桃源郷の霊的中核が、双身鬼に吸収されてる。封印しなおせば鬼界そのものが崩れる」
「じゃ、やるしかないってわけね。大空が時間稼いでる間に、全部終わらせてやるわよ!」
陽彩が最後の鍵型結界符を挿し込み、エネルギーを解放する。
――その瞬間、全体が揺れた。
「ナニ、シタ……」
双身鬼が呻いたように言う。
「君がその血を嗅ぎつけて、僕らをここに引きずり込んだのが間違いだったな」
大空は、一歩前に踏み出した。彼の背に光が集まり始める。桃色の霞がゆっくりと全身を包み込む。それは“桃源の記憶”――かつての桃太郎たちが遺した力が、彼の意志に応えて現れたものだった。
「俺の中には、昔話なんて入ってない。あるのは――守りたい仲間だけだ」
次の瞬間、彼の刃が双身鬼の本体を捉えた。
刃が閃く。鬼の目が見開かれ、呻き声とともに空間が裂ける。黒い霧が引き裂かれ、鬼面が一つ、また一つと砕けていく。
仲間たちの力が束ねられた一撃。
双身鬼は――霧と共に消えた。
静けさが戻る。
霊圧が消えたその場に、六人が立ち尽くしていた。
そして、彼らの前に、ひとつの桃の花が咲いた。
その花の中に輝く結晶…それはかつて桃源郷がこの地に存在していた証。霊力を帯びたその結晶は、大空の手にすっと舞い降りる。
彼はそれを静かに見つめ、そしてそっとポケットにしまった。
陽彩がぽつりとつぶやく。
「ねぇ、これで少しは私たちの“鬼退治”も、笑える話になるかな」
「昔話じゃない」
大空がつぶやいた。
「俺たちは今を戦ってる」
霧が晴れて、岡山の空が戻ってきた。
――終。