―鬼の血を引く者たち―(01)
吉備中央の山間部に入ると、空気が変わったのがわかる。もともと湿度の高い岡山の夏ではあるが、それとは異質の“ねっとりとした重さ”が肌を押してくる。地面に指を触れれば、びりびりと細波のような霊圧が走る。ここが“結界外”――つまり、国家による通常防護の網からもれている異常地帯だ。
六人は隊列を組んで進んでいた。先頭に立つのは航輝。手にした儀礼刀のような装置が、宙に淡い光を描き始める。地面に刺して霊脈を測定するたび、風の動きが僅かにずれる。
「ここが一番強い。……ナタ鬼の中心域。まちがいない」
航輝の声は微かに震えていたが、その手の動きに迷いはなかった。翔太がすかさず背後の木々に視線を送る。
「なら、ここがヤツの“巣”ってことか。いやな感じだな……。鬼瘴が視界を狂わせてやがる」
「この先に“旧鬼ノ城跡”。史跡だけど……今は、鬼の影が巣食う場所」
千波がマップを広げ、全員に示す。重ねられた霊脈図と史跡の地形がぴたりと一致する。古代の遺構が、そのまま現代の鬼種に利用されている。歴史の遺産が、血の歴史に転用される。それはこの“桃太郎庁”が最も忌む状況だった。
「時間、かけてらんないわね。大空、陽彩、突入して」
千恵の言葉に、大空は一度だけ頷いた。その背中を、陽彩が見上げて一言。
「ちゃんと援護してよね。私、あんたの後ろばっかりじゃないんだから」
大空は答えず、ただひとつ深く息を吸って霧の向こうへ歩みを進めた。
旧鬼ノ城跡は、石垣の一部が崩れかけながらも残っており、そこかしこに苔が生えていた。だが霊視用のゴーグルをつければ、そこに“見えない門”が浮かび上がる。
「異界門、展開……これがナタ鬼の影界」
航輝が目を凝らすと同時に、突如として地面が割れ、紫黒の気が渦を巻いた。
ズシャアアアアア――!
断末魔のような音が空気を裂き、そこから巨大な影が姿を現した。人型ながらも、腕が四本。そのすべてに日本刀を模したような骨の刃を持つ。顔には仮面のような白骨、眼孔には闇の光が宿る。
「ナタ鬼、確認……!」
大空がすかさず跳躍し、陽彩が背後から拳銃型の霊弾砲を撃ち込む。赤いエネルギー弾がナタ鬼の胴をかすめると、獣じみたうなり声が響いた。
「うわ、初っ端から怒ってるじゃん……!」
「陽彩、左腕に照準。翔太、千恵、展開」
「おっけー。盾張るからこっち来い!」
翔太が結界装置を地面に展開し、前方に桃色の障壁が立ち上がる。千恵もその隣に展開式の護符陣を浮かせ、ナタ鬼の進行を抑える。
ナタ鬼の刃が空を斬り、気流が裂けるたび、まるで大気そのものが悲鳴を上げていた。
「これ……前より速いわね。進化してる!」
千波の声が張り詰め、陽彩が弾倉を交換しながら後退する。
「くそっ、私の火力でも貫通できないって何よ……!」
そのときだった。大空が一歩、ナタ鬼の間合いに踏み込んだ。
風が止まったように感じた。空間が軋む。だが彼は何も言わず、ただ静かに構えを取った。身体を包むのは、桃庁特製の強化スーツ。それだけではない。彼の全身から、見えざる気配が静かに波打つように放たれていた。
――桃の記憶、鬼の血統。
彼が“感情を表に出さない”理由は、そこにある。彼の中には“桃太郎の因子”が刻まれている。代々の退魔師の血が、彼にただ一つの目的を刻んでいた。
「ここで、終わらせる」
その一言と共に、彼は抜刀した。刃には“桃剣式・封印刀”の紋章が浮かび、その一撃はナタ鬼の仮面を真っ二つに割った。
咆哮。地鳴り。そして、一瞬の静寂。
ナタ鬼の体がゆっくりと崩れ、霧となって消えていく。
「……やった」
陽彩がそうつぶやいたとき、足元の地面がぬるりと揺れた。
「まさか……!」
その瞬間、第二の鬼影が影から這い出してきた。
「“双身鬼”だ……! ナタ鬼は囮だったのかっ!」
千波の絶叫と同時に、地面が崩れ――六人は闇の底へと、まとめて呑み込まれていった。