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◇タネ明かし◇

 二人が鏡の中へ消えて直ぐ、砦の崩壊が始まった。
 一同は瞬時にその場から離れて、上空からその崩壊を見守る。
 不思議な事に崩壊した砦は、その瓦礫を地面へ残す事なく、まるで吸収されたかのようにその姿を消した。

「……まぁそりゃあ忘れんだろうな」
 カインを腕に抱いている魔王が呟く。
「えぇ、こんな事が度々起こるようであれば、嫌でも忘れられませんよ」
 隣にいるシュケルはその言葉に頷く。
 何を言っているのか分からないのはカボチャとカインだけだ。
「なぁ、なぁなぁ! 俺ってセオドアと両想いじゃなかったのか!? 俺の初恋ってみのってなかったの!?」
 魔王の胸ぐらをぶんぶん引っ張るカイン。無理もない。
「安心しろみのってる。実ってるから落ち着け」
 カインを宥めて、魔王はつまりだと語り出す。
「あのマハルの家系にシュケルは好かれる傾向にあるということだ」
 カボチャとカインは「はい?」と頭にはてなを浮かべた。すると今度はシュケルが話し出す。
「かれこれ何百年か前の話です。ある一人の少女が此方に迷い込みました。私はその少女を助けたのですがその二十年後、彼女は大きくなりまた私の元へ現れました。求婚された私は仕方がなく恋人がいると言いました。実物を見ないと納得いかないと言われたので私は魔王さまを呼ん」
「ちょっと待て、長いししかもさっき見たような話ですね!?」
 たえきれず口を挟んだカボチャにシュケルはフフフと笑う。
「まぁそう言う訳でかれこれ何百年もこのやり取りを繰り返しているのですよ。子孫代々。もちろんマハルの父親の話もありますが聞きたいですか?」
「聞きたくないし、とんでもない血筋ですねそれ……てかなんで僕は知らなかったんだ」
「それは教えていなかったので、教えると今回のようにややこしくなりますし」
 カボチャは内心でコンッノヤロォと拳を握った。
「てか助けなきゃいいでしょうが! それに今回は僕もいたんですから、別に僕でもいいでしょう!」
 シュケルは少し黙ってから「カボチャだと説得力にかけますので」とあっさり言った。
 頭にくるが正直ぐうの音もでない。
「じゃ、じゃあさ、本当に……なんもないんだな!? なっ!?」
 眉を八の字に不安そうに返答を待つカイン。シュケルはフフフと笑ってハッキリと言った。
「えぇ、まったく、これまでもこれからも」
 良かった~とカインはほっと胸を撫で下ろし、魔王へ抱き付く。
「ですが、嘘をついた訳ではありませんよ。上司と部下として、と言う意味ではあながち間違いではありませんので」
「実際シュケルがいなくなるとかなりの痛手だからな」
「それなら別にぜんっぜんいいよ! 俺もシュケルとカボチャに心許してるもんな!」
 ニッとカインは上機嫌に笑う。

「はぁ~もういいですよ。全てまーるくおさまったんですから、さっさと帰りましょう。もう僕は疲れました」
「そうですね。水晶もそろそろ根を上げる頃でしょう」
「帰ったら晩御飯にしようぜ!」

 カインが言うようにいつの間にか辺りが暗くなっていた。


 ◇◇◇


 晩御飯を終え、一同は各々に散った。
 シュケルは部屋へ戻ると備え付けの風呂へ入り、暫くしてから上がると寝台へと向かう。
 そこには何故か水晶と共に寝転ぶ子供姿のカボチャがいた。
 彼も風呂から上がったばかりなのか寝間着姿で、しかもその黒い長髪が湿っている。
 仕方ないと、シュケルは寝台へ座りその髪を丁寧にタオルでポンポンと拭く。
 すると気付いた水晶が眠そうにしながらこちらへ転がってきた。
「水晶、今日は貴方のお陰で助かりましたよ。流石ですね……」
 すると水晶は眠いながらも嬉しそうに左右に揺れて、そしてまた動きを止めた。どうやら眠ったらしい。
「おやすみ水晶」

 そしてまたカボチャへと視線を落とす。
 本人は否定するだろうが、ほんのごくたまにこうやって、部屋を間違えた振りをするのだ。
 シュケルとカボチャの部屋はそこまで近くはない、そう簡単に間違える筈もなければ、隣の魔王の部屋へ誤って入ったとは聞いた事もない、そもそも、自室の風呂に入った後、自分の寝台へ向かうつもりで、なぜかシュケルの寝台に辿り着くなど、おかしな話だ。
(……起きませんね)
 もともと綺麗に切り揃えられていたカボチャの長髪はマハルとの戦闘で今は片側が残バラになってしまっている。
 その髪をポンポンと暫く拭き、いや、これは起きているなと悟る。
 普段のカボチャならこうやって少しでも触れれば今頃飛び起き、ギャーギャー文句を言っているところなのに、一向に起きる気配がないと言うことは敢えて起きないのだと言える。つまり狸寝入りだ。
「フフフ、貴方も疲れる事があるのですね」
 ようやく髪が乾いてきた。
「今日はやけに素直ですね。変な物でも食べたのでは?」
 あえて挑発してみるが、ぴくりともしない。
「はい、終わりましたよ」
 湿ったタオルをそばにある椅子の背もたれにかけ、シュケルは背中を向いているカボチャの頭へ片手をぽんとのせた。
「……すみません。今夜は……いえ、しばらく貴方の相手をする余裕がないもので」
 カボチャは僅かに身動ぎするとゆっくり愛嬌のある顔を上げた。
 チャームポイントのちょっと太めの眉を寄せ、仕方無いから起きましたと言わんばかりの赤い瞳をシュケルへ向ける。
「……やっぱり体調悪いのか?」
 マハルに追い回されていた時点でヘトヘトで、おまけに変な実(み)と密かに戦いながらカボチャ達にまで気を配ったうえに最後にあのバカみたいな攻撃の数々を一瞬で消滅させ、おまけにマハルとカボチャをこてんぱんにのした。実は虚弱体質の者がやることではない。
 シュケルは「どうでしょうか」と微笑する。ハタから見ればいつもと変わらない。
「それに私は、この姿の貴方に無体は働きませんよ」
 一瞬ピンと来なかったカボチャだが、ギクリと肩を揺らし、口を一文字に引き結び突っ伏する。耳が真っ赤だ。
「……今日は、ありがとうございました」

 ――カボチャが顔を上げると、そこにシュケルはいなかった。
 窓から射し込む月明かりを頼りに真っ暗な室内を見渡して、魔力で自室に戻されたのだと気付く。
 おもむろに後ろ頭を触った。
 戻される前に確かに軽くキスを落とされた感触があったと。まるで子を宥めるような、そんな。
 わしゃっと乱暴に髪を鷲掴む。
「~~っ大人姿になっときゃ良かった」
 ついでに思い出す。シュケルは子供姿のカボチャを本当に子供のようにしか思っていないことを。
 ただ本人に尋ねればまさかそんな事はないと言うだろうが、これとそれとは別なのだ。本気でそんな感情を抱かないらしい。
(これだから嫌なんですよ)
 カボチャは枕をボスっと軽く殴って、そのまま眠りについたのだった――。

 ――翌日から暫く、シュケルは高熱を出し寝台から動けなくなった。
 周りに全くそんな素振りをみせていなかったが、やはり相当無理をしていたらしい。
 カボチャは代わりに仕事を片付けながら。
「これだからシュケルは!」
 そう言いつつ、誰よりも進んで仕事を片付け、誰よりも看病するカボチャ。
 だが様子を見に行く度にシュケルは身を起こし、ケロッとした顔でのんびり本など読んだり水晶の相手をしたり、見舞いついでに長々と話し込むカインの話し相手になっていたり、部下が当たり前のように報告に来て当たり前のように指示出しをしていたりするので、カボチャはその度に「寝てろ!」と怒鳴って忙しい。

「~なんで貴様はあ、こんな時ですら大人しくできんのだあああ!」
「……フフフ、そんなに怒るのは〝私がいないと困る〟からですか?」

 なんの事だと怒鳴ろうとして、自分がマハルに言った言葉だと気付き咄嗟に言葉に詰まる。
 真っ赤な顔に青筋を立てたカボチャは

「これだから……これだから嫌いなんですよ……!」

 と、思わずにはいられなかった。

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