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第64話 戦う女達とついていくだけの青年

 司法局実働部隊運用艦『ふさ』、機動部隊控え室。

 その名前にもかかわらず、出港以来ほとんどの時間を医務室で過ごしていた誠はここに一度も入ったことは無かった。

 第一小隊小隊長のカウラ・ベルガーが一番左に立っていた。

 その隣には第一小隊二番機担当の西園寺かなめの姿がある。

 そして『05式特戦乙型』を与えられる神前誠は直立不動の姿勢でその隣に立っていた。
 
 機動部隊長であり『偉大なる中佐殿』と呼ばれるクバルカ・ラン中佐がその前に立っていた。

 それぞれに腕時計をして、作戦時間の時計合わせをしていた。

「今回の『クーデター首謀者確保』作戦の特機運用はこのメンバーでやる。他からの支援はねーかんな!」

 部下達を見回した後、ランはそう言い切った。

「いいぜ、そんなもんだろ?こっちの戦力は公表されてるんだ。近藤の旦那が数にものを言わせて一気に勝負を決めようってのは目に見えてる」

 まるで勝利が決まっているかのようにかなめはそう言った。

 誠は気が気でない。

「僕にも敵の戦力ぐらい教えてくださいよ。どのくらいの数なんですか?敵は」

 誠は恐る恐る手を挙げてそう言った。

「質問は後!12:00(ひとふたまるまる)時にベルガー、西園寺、神前はハンガーに集合。そして別命あるまで乗機にて待機。以上質問は?」

「ハイ!ハーイ!」

 まるで小学生が出来た答えを発表するような勢いで誠は手を上げた。

「ちなみに神前の質問はすべて却下する!オメーの『法術』はうちの切り札だが……今、オメーにその使い方を教えても意味はねー!」

「……でも!……僕だって出撃するんですよ!敵の戦力も分からずにどう戦えばいいんですか!」

 誠は当たり前の抗議をした。

 しかし、ランは全く聞く耳を持たない。

「全部アタシが臨機応変でその場で考えて指示を出す!アタシは『人類最強』だから相手は死ぬ!だからオメーみたいな使えねーのに教える意味はねー!相手は確かに保有する戦力は圧倒的だ。近藤の旦那が乗艦する『那珂』を始め、巡洋艦五隻、駆逐艦十二隻。搭載するシュツルム・パンツァーの数は百機を超える。だが有利なのは数だけだ。向こうのシュツルム・パンツァーは先の大戦では連合国から『紙装甲』と馬鹿にされた九七式の方にレールガンを付けただけの『火龍』が主力だ。シュツルム・パンツァーの性能の違いはこっちが圧倒的に有利だ!それにパイロットにはエースのアタシがいる。負ける要素がねえ!」

 ランは無茶苦茶な叫び声をあげた。

「そんな……無茶な話ですよ……こっちには四機のシュツルム・パンツァーしか無いんですよ!いくら中佐が強くても勝てっこないじゃ無いですか!だから僕はそんな無茶な戦闘を勝つ秘策の中でどう動いたらいいか知りたいんです!切り札の割にひどい扱いじゃ無いですか!」

 誠は苦笑いを浮かべつつそう言った。

「中佐の決定だ。神前は臨機応変に対応すればいい。それに甲武国の刑法の厳しさから考えてその艦載機のパイロットすべてが今回の近藤の決起に同調するとは思えない。それでも数的には敵の方が有利なのは確かだが、20年の設計思想の革新は目を見張るものがある。その中でも05式は『タイマン勝負』では無敵の機体だ。その性能を信じればいい」

 カウラの非情な言葉が誠の耳に響いた。

 誠の機体は敵を圧倒する性能を持つ05式。

 そして、誠には彼自身もそのすべての能力を知ることが許されていない秘密兵器の『法術増幅システム』が組み込まれていた。

 誠にはそのことだけが頼りだった。

「神前よ。なんなら逃げてもいーぜ。アタシ等はオメーを恨まねーし、責めねーよ。それもまー人生だ。まー、『戦う』より『逃げる』方が難しいんだけどな」

 ランの微笑みが誠にはまぶしすぎた。

 自分が役に立たないことは誠にも分かっていた。

 おそらく足手まといになる。

 でも、この『特殊な部隊』の役に立ちたい気持ちはあった。

「隊長にも同じことを言われました。でも、僕は逃げません!僕は『特殊な部隊』の一員です!もう決めました!」

 誠はそう言い切った。

 彼の言葉を聞くとランは静かに頷いて周りを見回す。

「すべて搭乗後に連絡すっからな。甲武はクーデターに加担すれば一族皆殺しの国だかんな。今回の作戦は捨て石覚悟の連中の無茶なクーデターの阻止だから敵がどれくらい出てくるか正直、予想がつかねーんだ。それに現状で静観を保っているこの宙域を取り巻くように待機している地球等の異星艦隊の動きがどうなるか読めねーしな。作戦開始時まで何箇所かある進行ルート候補の絞り込みを行ってから連絡を入れる」

 そう言うとランは誠に歩み寄ってきた。

「わかったけど……ほんと、神前に何やらせんの?」

 かなめは誠を白い目で見ながらそうつぶやいた。

「今のところこいつの役目は補給係。背中の予備ラックに230ミリのマガジンたくさん積んで待機すっから。西園寺はあっちの主力の『甲武国』制式・シュツルム・パンツァー『火龍』程度は敵じゃねーだろ?値段で言えば『火龍』の15倍はする機体なんだぜ『05式』は。落とされたら司法局の本局の予算管理の連中が発狂すんぞ」

「ふうん。けど『アレ』な隊長と実戦経験ゼロの新入り。不測の事態って奴がな……」

 ランの言葉にかなめは不服そうにそう言った。

「何だ、西園寺は自信が無いらしいな」

 明らかに挑発する調子でカウラがきり返す。

「そんな訳ねえだろうが!」

「やめろ!」

 ランの一喝にかなめは黙り込んだ。

 誠は三人の女性士官の表情をうかがった。

 ランは相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。

 一方、かなめは挑戦的な視線をカウラに投げた。

 誠はじっとしてとりあえず雷が自分に落ちないようにじっとしていた。

「ともかくこれが『現状』でのアタシの命令ってわけだ。各員出撃準備にかかれ。それとだ……一応、聞いておくけど『遺書』とか書いとくか?」

 ランは遠慮がちにそう言うと誠達の顔を見回した。

「馬鹿言うなよ。アタシが簡単にくたばるように見えるか?」

「必要ない。死ぬつもりは今のところ無い」

 かなめとカウラはそれだけ言うとドアに向けて歩き始めた。

「僕、書きます」

 自然と誠の口をついて出た言葉に全員が注目した。

 つかつかとかなめは誠に歩み寄り、平手で誠の頬を打った。

「勝手に死ぬな馬鹿!オメエが死んでいいのはな!カウラかアタシが命令した時だけだ!勝手に死んでみろ!地獄までついて行って、もう1回殺してやる!」

 それだけ言うとかなめは振り向きもせずに、ドアの向こうに消えていった。

「へー、あの『自分以外は愚民』が合言葉の西園寺がねー。カウラはどう思ってるの?神前のこと」

 ランはそう言って、呆然と突っ立っている誠を指差した。

「仰ってる意味がわかりませんが?恋愛感情のことをおっしゃりたいなら、私は『ラスト・バタリオン』です。戦うために作られた存在です。愛とか恋とかそう言った感情はロールアウト時にインプットされていません」

 本当に不思議そうにカウラは緑色の髪をなびかせながら答えた。

 誠はそのエメラルドグリーンの瞳を見つめた。

 その瞳は本心からランの言葉の意味を理解していないように見えた。

「どうでもいーや。神前、どうする?遺書書いとくか?」

 投げやりに言うランを前に、静かに誠は首を横に振った。

「まーあれだ。05式は『タイマン勝負』最強が売りだからな。素人のオメーが乗っても火龍程度は軽くあしらえるスペックなんだ。いざという時は機体を信じろ。まーアタシの言えることはそれくらいだな。オメーに後で『酔い止め』やるから飲んどけ。薬局でも売ってない特別製だ」

 ランはそう言うと部屋から出て行った。

 誠はただ茫然とその場に立ち尽くしていた。

「カウラさん?」

 うつむいたまま立ち尽くしているカウラに誠は思わず手を伸ばしていた。

「隊長命令だ、直立不動の体勢をとれ!」

 一語一語、かみ締めるようにしてカウラは誠に命令した。

 誠は言われるまま靴を鳴らして直立不動の体勢をとる。

「一言、言っておくことがある。これは作戦遂行に当たっての最重要項目である」

「はい!」

 うつむいたままのカウラは肩を震わせながら何かに耐えているように誠には見えた。

 誠を見つめる緑色の瞳。

 潤んでいた。

 
挿絵


「死ぬな。頼む……そうしてもう一度貴様と海を見たい。それだけだ」

「はい」

 誠は思いもかけぬカウラの言葉に戸惑っていた。

 同じように自分の言葉に、そして自分のしていることに戸惑っているカウラの姿が目の前にあった。

「言いたいことは、それだけだ。先に出撃準備をしておいてくれ。ハンガーでまた会おう」

 カウラは今度は天井を見上げながらそう言った。

 誠は一度敬礼をした後、静かに控え室から出た。


 
 『ふさ』艦内の廊下は他の軍用艦に比べて広めに設計されている。

 それを差し引いても、誠には私室に続くこの廊下が奇妙なほど長く感じられた。

 廊下には誰もいない。

 誠がこの艦に乗ってからほとんど強制的に入れられていた『医務室』に出入りしていた整備班員や、ブリッジクルーの女子や『釣り部』の『特殊』な面々とは誰一人擦れ違わなかった。

「静かなものだなあ。これから決戦があるって言うのに」

 誠はそう独り言を言った後、居住スペースのあるフロアーに向かうべくエレベーターに乗り込んだ。

 そしてそのまま居住スペース手前にある喫煙所の前を通り過ぎようとした。

「なんだ?ちんちくりんな『脳味噌筋肉』に絞られたのか?」

 エレベータ脇の喫煙所で、かなめがタバコを吸っていた。

 かなめのその言葉に誠は思わず目をそらす。

「おい!ちょっとプレゼントがあるんだが、どうする?」

 鈍く光るかなめの目を前に、誠は何も出来ずに立ち尽くしていた。

「そうか」

 かなめの右ストレートが誠の顔面を(とら)えた。

 誠はそのまま廊下の壁に叩きつけられる。

 口の中が切れて苦い血の味が、誠の口の中いっぱいに広がる。

「どうだ?気合、入ったか?」

 悪びれもせず、かなめは誠に背を向ける。

「済まんな。アタシはこう言う人間だから、今、お前にしてやれることなんか何も無い。……本当に済まねえな」

 最後の言葉は聞き取れなかった。

 かなめの肩が震えていた。

「ありがとうございます!」

 誠はそう言うと直立不動の姿勢をとり敬礼をした。

 気が済んだとでも言うように、かなめは喫煙所の灰皿に吸いさしを押し付ける。

「今度はハンガーで待ってる。それじゃあ」

 それだけ言うとかなめはエレベータに乗り込んだ。

 そこにはたまたまひよこの姿があった。

「ああ、誠さん」

 どこか緊張したようなひよこの態度に誠は戸惑った。

「どうも」

 何を話していいのか分からない雰囲気の中エレベータの扉が閉じた。

「実戦……ですね」

 ひよこはそう言うと誠の左手を握った。

「そうだけど……頑張るよ」

 誠はそう言ってひよこの目を見つめた。

「大丈夫ですよね……どんな怪我をしても私がなんとかしますから……」

 そう言ってひよこはいつもの笑顔を誠に向けた。

「怪我で済めばいいんだけど……」

 シュツルム・パンツァーでの実戦ならコックピットに直撃を食らって装甲を撃ち抜かれたら即死と言うこともあり得る。

 誠の思いはそんなところにまで落ち込んでいた。

「大丈夫ですよ……きっと誠さんは帰ってきます……無事に……祈ってますから……そしたらまた医務室にいた時みたいに私の詩を読んでくださいね」

 ひよこはそう言ってほほ笑んだ。

 誠は彼女の言葉を心強く思いながらもどこからかわいてくる不安に押しつぶされそうになった。

 エレベータが誠の船室がある階に停まった。

「それじゃあ頑張るから!」

 誠はそれだけ言うと黙って手を振るひよこを置いてエレベータを後にした。

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