第62話 本来の目的など忘れ去られて
「どけ!」
そう言うとアンを張り飛ばしたのはかなめだった。そして誠の手のコップに珍しく自分のラム酒でなくビールを注いだ。
「いつもみたいにラムじゃねえんだ。これは飲めるだろ?神前でも」
かなめは満足げな表情を浮かべた。そして誠がそのビールに目をやると、かなめは背後でビールを持って待機していたカウラを見つめた。カウラは明らかに失敗したと言う表情を浮かべていた。そして今度はかなめはアメリアを見つめた。その様子を横目で伺いながら、ルカ、菰田と言ったこの部屋に通いなれた面々が手際よく皿と箸とグラスを配っていった。
「みんな酒は行き渡ったかしら?」
あくまでも仕切ろうとするアメリアにつまらないと言った顔をするかなめは、必要も無いのにそれまでラッパ飲みしていたラム酒をグラスを手にしてなみなみと注いだ。
「えーと。まあどうでもいいや!とりあえず乾杯!」
アメリアのいい加減な音頭に乗って部屋中の隊員が乾杯を叫んだ。
「まあぐっとやれよ。どうせ次がつかえてるんだろ?アンには悪いがうちら『特殊な部隊』には神前に近づいて良い順番と言うものがあってな」
かなめはニヤニヤと笑いながらグラスを開けるべくビールを喉に流し込んでいる誠を見つめた。そしてその隣にはいつの間にかビール瓶を持って次に誠に勺をしようと待ち構えるアメリアが居た。
「はい!誠ちゃん」
アメリアは誠の空になったグラスにビールを差し出した。
「オメー等……またこいつを潰す気か?」
本当に酒を飲んでいいのかと言いたくなるようなあどけない面立ちのランがうまそうにビールを飲みながらそう言った。見た目は幼く見えるが誠が知る限りランはここにいる女性士官では一番の年配者である。
「良いんですよ!こいつはおもちゃだから、アタシ等の!」
そう言い切ってかなめはそばに置かれていた唐辛子の赤に染まったピザを切り分け始めた。
「マジで勘弁してくださいよ……」
かなめとアメリアに注がれたビールで顔が赤くなるのを感じながらそう言った誠の視界の中で、ビールの瓶を持ったまま躊躇しているエメラルドグリーンの瞳が揺れた。二人の目が合う。カウラは少し上目遣いに誠を見つめる。そしてそのままおどおどと瓶を引き戻そうとした。
「カウラさん。飲みますよ!僕は!」
そう言って誠はカウラに空のコップを差し出した。誠が困ったような瞳のカウラを拒めるわけが無かった。ポニーテールの髪を揺らして笑顔で誠のコップにビールを注ぐカウラ。その後ろのアンは喜び勇んでビールの瓶を持ち上げるが、その顔面にかなめの蹴りが入りそのまま壁際に叩きつけられた。
「西園寺!」
すぐに振り返ったカウラが叫んだ。かなめはまるで何事も無かったかのように自分のグラスの中のラム酒を飲み干していた。かなめも手加減をしていたようでアンは後頭部をさすりながら手にしたビール瓶が無事なのを確認していた。