第59話 酒とすれ違い
『会議室』、『図書館』、『資料室』などと美化して呼ばれることが多い司法局実働部隊男子下士官寮の壁を三つぶち抜いて作られた部屋にアメリア達は集合していた。真新しいここ東和では珍しいブラウン管では無い薄型モニターが汚いシミだらけの寮の壁と不釣合いな清潔感をかもしだしていた。周りには通信端末やゲーム機、そして卑猥な漫画やヌード写真集が転がっている。この部屋はアメリアの寮への引越しによりさらにカオスの度合いが高まっていた。
以前は男子寮らしいエロ関係の雑多なものの集積所だったこの部屋は、アメリアによりもたらされたさらに多数の乙女ゲームが女性隊員までも呼び込み、拡張工事によりさらにゲーム用の大型スクリーンや同人誌が積み上げられると言う循環を経て司法局実働部隊の行きつけの焼鳥屋『月島屋』と並ぶ一大拠点に成長していた。
「カウラ、最近この部屋について騒がないのね。前は『風紀を乱す』とか『貴様等には恥の感覚は無いのか』とかいろいろ言ってたのに」
部屋に入るとすぐに端末を占領してゲームを始めようとしたところをルカに止められて不機嫌そうにしていたアメリアがそう言いながら端末の電源を落した。カウラは最初のうちは野球部のミーティングをここでやろうとするアメリアやかなめを露骨に軽蔑するような目で見ていたが、今では慣れたというようにたまに山から崩れてきたゲームを表情も変えずに元に戻すくらいのことは平気でするようになっていた。
だが、この部屋に慣れていない住人も居た。
この部屋に入るのが今日がはじめてと言う日野かえで少佐と渡辺リン大尉だった。
「クラウゼ少佐。この部屋にはいくつこういうものがあるんだ?こう言う物にもやはりあの無粋なモザイクとかが入っているのか?まったく東和と言うのは自由なようで自由では無いんだな」
そう言ってかえではアメリアに手にした人妻もののハーレムエロゲームのパッケージを見せた。従者のリンは照れながらちらちらとヌード写真が開かれたままになっている週刊誌に視線を向けた。そこにはきっちりと修正が施されていた。
「かえでちゃん、なに硬くなってるのよ。仕事が終わったんだからアメリアでいいわよ」
そう言いながらアメリアはパーラから渡された書類を並べた。
「そうか、じゃあ僕のこともかえでと呼び捨ててもらった方が気が楽なんだ。ちゃんづけは……ちょっと……」
そう言いながらかなめを見つめるかえでにかなめは身をそらした。
「ああ、お袋を思い出すのか。まあ、あの生き物の前じゃ叔父貴も『新ちゃん』だからな。あれは宇宙最強の生き物だ。あの生き物には誰一人逆らうことは許されねえ。そう言うアタシも東和行きを聞いて最初に喜ばしかったのはあの生き物と長く会わずに済むってのも理由にあったくらいだからな」
そう言いながらすでにかなめの手にはラム酒の瓶が握られていた。誠は引きつるかなめの表情を見逃さなかった。噂に聞く西園寺康子。かなめとかえでの母にして部隊長嵯峨惟基特務大佐の戸籍上は姉、血縁では叔母に当たる人物である。薙刀の名手として知られ、あの嵯峨惟基を奸雄と呼ばれるまで鍛え上げた女傑だった。
「かなめちゃん!何持ち込んでるのよ!いきなり酒なんてあんまりでしょ!集まる趣旨が変わってきちゃうじゃないの!いきなりは駄目よ!もう少し策を練ってからにしましょう」
アメリアの言葉にかなめはムキになったように瓶のふたを取るとラム酒をラッパ飲みした。
「どうせまともな会議なんてする気はねえんだろ?それにあちらは今はサラ達は月島屋でどんちゃん騒ぎしているみたいだぞ。アタシの脳内のネット回線で連中の動きを傍受しているが、島田の奴がいつも通り酒を頼んだのがきっかけで収拾がつかなくなったらしい」
そう言うとかなめは珍しく自分から立ち上がって通信端末のところまで行くと襟元のジャックから通信ケーブルを端末に差し込んでモニターを起動させた。そこには時間を逆算するとまだ三十分も経っていないだろうというのに真っ赤な顔のサラにズボンを下ろされかけている西の姿があった。
「やばいな誠。脱ぎキャラがお前以外にも出てきたぞ。でも大丈夫だ、オメエのアレは西の二倍の長さと太さが有る。自信を持て」
ニヤニヤ笑いながらかなめは誠に飛びついてヘッドロックをかけた。130キロ近いサイボーグの体に体当たりを食らって誠は倒れこんだ。カウラはそれを見ながら苦虫を噛み潰すような表情でわざとらしくいつもは手も出さないゲームのパッケージを手にとって眺めていた。
誠が何とかかなめを引き離して座りなおすとかえでがいつ火がつくかわからないと言うような殺気を込めた視線を送ってきた。
「なるほどねえ。あっちが動いていないならこちらから何かを仕掛けるわけには行かないわね。ここはフェアープレー精神で行きましょう」
あっさりとそう言ったアメリアだが、この部屋に居る誰もがこのままでアメリアが終わらないと言うことは分かっていた。