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第三話『N=78』3/4

◆【繁華街】
結局歩いた先は森でも家ではなく街だった。
と言っても危ないエリアにはもちろん行かない。ただこのまま収穫なく家に帰ればそれこそズルズルと堕落した毎日が見えたのでそれだけは嫌だった。

当てはない。
このままもしも資金面が断たれるなら……

正明「……」
良いビジョンは何もない。
ラシェルとかいう外人がいつ出ていくか、そもそも出て行っても名目上保護者であるグッチー先輩が首を縦に振るとは思えない。

グッチー先輩と縁を切る、他県に移る……資金面もそうだが、ジャンやスケスケと腕に覚えのあるパートナーがいない土地で一人で活動するのはあまりよろしくない。
だが……そうだな。最悪の場合はそうなるか。
もしくは海外マフィアとやらを相手に……!

胸の奥の炎が灯るが、すぐに冷静になる。
海外マフィアが麻雀するわけねーだろが。
つーか、ギャンブル漫画みたいに対等な勝負に応じてくれるはずがねーしな。自暴自棄になることもできねえのか。

女性「すみません、ちょっといいですか?」
女性「凄くおしゃれですね。これラズベリーの新色ですよね。うわー、すごーい!」
女性「こんなにオシャレさんだと、やっぱり美意識すっごく高いですよね。絵とか興味あります?」
正明「え?」
女性「……うっわ」
正明「殴るぞてめえ」


店員「居酒屋どうですかー! ただいま席が空いておりまーす!」
店員「カラオケどうですかー!」

久しぶりに駅の中心街を歩いてみた。
人混みの中、なにかないかと視線を配るがそのナニカは正明自身もわかっていない。

ボーイ「お兄さん! おっぱいどうですかー?」
正明「あー、おっぱいよりも……カジノとかってありますか……?」
ボーイ「あ、全然全然! すぐ入れますしここから近いですよ」
正明「本当ですか? あー、でもボクそこまでお金ないんですけど……2万円ぐらいでも遊べますか?」
ボーイ「あ、そりゃもう全然! バカラは最低5,000円から遊べ……え……あー……」
ボーイ「君、坂口さんの……弟君、だよね?」
正明「え、違います。ボク清水です」
ボーイ「あー、うん。そうだね。咄嗟にウソつけるっていうことは、そうか……」

あのクソ野郎どんな情報与えてるんだよ。

正明「案内しろよ」
ボーイ「ダメ。帰れ」
正明「っは。夜のキャッチが客選んでんじゃねーよ。入れろよ」
ボーイ「……おいガキ。お前坂口さんと他人なら死んでるぜ?」
正明「おお! いいねえ勝ち気じゃん! 賭場で殺してくれよ。オレと張ってくれるんだろうな?」
ボーイ「……」

ボーイは何も言わずに夜の街に消えた。
チッ……ああいう新入りみたいなガキでこれなら、大分厳しいな。

近藤「よお。不良学園生。どーよ、おっぱい?」
正明「行かねーよ頭湧いてんのかてめえ。なんでおっぱい揉んで金払うんだよ」
近藤「ん? おっぱい揉んだら金払うだろ」

よくわかんねーよなこの世界。
近藤「情報欲しいんだろ不良学園生。いいよ。まず店こいよ。40分8,000円だ」
正明「何度でも言ってやる。頭湧いてんだろてめえ。じゃあオレのおっぱい揉むんで金払うか?」
近藤「んー……8,000円でいいの?」」

背を向けて歩く。こいつが居るんじゃ確かにこのエリアは無理だな。
近藤「冗談冗談! わかった。わかったわかった。7,500円! 7,500円ならいいだろ」


女性「すみませーん」
おっぱいバカを巻いた所で別のキャッチに捕まる。
キャッチは女の場合は基本無視。女で釣れると思っているのは実は健全な店が多いのと、店専属の呼び込みのため他店の情報が取れない。

女性「え、あの、その、無視しないでください……」
無視無視無視のかたつむし。
それにしても近藤さんが居るんじゃ、この辺歩いても無駄かもな。

女性「あのー……」
ポン、と肩に手を置かれる。すっげえ馴れ馴れしいが今日はとにかく絡まれたくないので無視で決め込む。
女性「え、ちょっとあの! えー……」
女性「待ってください~……」
正明「だああああああ! しまいには警察呼ぶぞクソ女!」

腰にしがみついてきたキャッチを振りほどく。
正明「ってあれ……」
??「やっぱり! やっぱりそうだ!」
う……。
いつぞやの包帯女。

??「マサ……マス……マキ……?」
??「マ……」
??「……」
??「自動販売機で小銭探してた人!」
正明「やめろ!」
??「うわー、すごいですね。奇遇ですね。こんな街で会うなんて凄い! これもう奇跡! 運命! 運命だね!」
??「よかった……本当によかった……二日間張り込みして、ついに……」

なんでこいついきなりストーカー宣言してるの?
??「あの、私の事好きなんですよね!」
正明「いいえ」
??「え……あ! 間違えた! 素で間違えました!」
??「はい、私なんて好きじゃないですよね。うんちです。私なんてうんちです!」
別にそこまでは言ってねーだろ……。
こいつは見たまま。危ないヤツ、絡んじゃ行けない人。とりあえず逃げないと。
??「でもあの……お金、好きなんですよね……?」
正明「……」
??「……」

恐る恐る様子を伺う包帯女に対しジャッジメント。
今、最大の謎が明らかになる。

竹原正明という人物は、お金が――

正明「大好きでゲス!」
??「わーい!」
二人で握手しながらキャッキャ飛び回った。

??「それじゃあ早速行きましょう! もう100倍ぐらいになっちゃうゲームやって遊びましょう!」
正明「おう!」
って怪しさ全開だろこいつ。そんなんで誰がついていくんだよ。
正明「……」
と、気付く。

もしかして、これってオレが望んでいた……。
??「んー? あは、大丈夫です! 1,000円です! 1,000円から遊べます!」

ドクン。

――賭場!!!
こいつのつたない喋り方から見て、ホステスやメイド喫茶の類じゃないの事は一発でわかる。
裏の人間。そいつが必死に懇願するってことは、間違いなくそういうことだろう。

問題は……今、一人ってとこ、か。
正明「……」
周囲を見渡す。が、当然斬や恭介と違い一般人である正明には特殊な人間が監視しているかどうかわからなかった。

つーか、そりゃ自意識過剰か。
億万長者ならともかくこんなカモ相手。闇金の餌にするにしてもしょっぱい金額にもならない。

オレの年齢から考えれば恐らく5渋沢~10渋沢絞れれば満足って話だろうからわざわざ怖い兄ちゃんに囲まれたりすることも考えにくい。
オレを通すってことは六道組じゃないカジノで、ってなるとラシェルってヤツの賭場かっ!

??「おねがぁい。1,000円だけでいいの。店に来て嫌ならすぐ帰ってもいいの」
正明「お前の上目遣いあんま可愛くねーのな」
??「あ、やっぱり? こんなガリガリのデカ女、やっぱりキモイよね。死んだ方がいいよね」
正明「おねがーい! 死ぬなんて言わないで!」

なんとなく対抗して少し屈んで上目遣いでやり返す。
??「ぅ……!」
包帯女は少し照れた感じでコクコクと頷いた。

ふ。どうよこの上目遣い正明君。
正明「……」

そういやこいつ、さっきから目をちゃんと見れるんだな。
グッチー先輩から聞いた話ではあるが、なんでも薬物やっているヤツは目を合わせられないとか……。
??「あはは……じゃあ……行こう、か?」
??「あ、それともやっぱり、負けるの怖い……ですか?」

ビクン!!!

煽り耐性0の正明はノータイムで釣られてしまう。
正明「上等だ女! やってやろうじゃねーか!」
??「わーい! じゃあ行きましょう行きましょう。お店はあっちです」
二人で並んで自然に歩き出して、
正明「――ッ!」


――悪寒が走った。


この女――なんかおかしい。
正明「……」
なんだ? どこだ? なにがおかしいんだ?
違和感の正体がわからない。

そりゃこの見た目よ。全身に包帯巻いている長すぎるウェーブの髪に拒食症みたいなガリガリな体型。
死んだ方がいいよね、なんて死ぬ気がないヤツが相手の気を引くために遣う言葉だろ。その一点ならただの構ってちゃんだ。そういうカスよく居るだろ。

正明「……」
待て待て待て。落ち着け。
そもそも論。そもそも論として、この女の目的はなんだ?
賭場にカモを連れてくる? こんな警察の目の届く表の場所で?
仮にそういう組織があって役割分担して区間毎に配置されていたとしても、だ。

こんな怪しい恰好した女で、コミュニケーションの取れないこいつが客引き?
もちろん可能性としてはある。おかしくない。

可能性としてはあるとこちらが折れるその構図が、とてつもなくおかしいと感じる。

正明「おかしいだろ」
??「え?」
正明「……」
こほん、と咳払いを一つ見せる。

正明「君みたいな素敵な女性が、紺のワンピースなんて映えない複数なんておかしい!」
??「え? えーー?」
??「あはは、やっぱり?」
正明「ああそうだ! この近くにオレの知り合いの洋服屋あるんだけど、ちょっと一緒に見に行かない?」
??「えー、どうしよう。でも高くない?」
正明「まあまあ高えよ。渋沢5枚ぐらい。つってもセール品とかなら0.3渋沢とか超安いのもあるんだぜ」
??「えー、すごい! やっすーい!」
正明「じゃあ行ってみようぜ」
??「うん!」

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