第九話『未熟なクソガキは理想像』4/4
正明「負けた。降参」
木葉「へ?」
縛っていた縄をナイフで切ろう――としたが、結構硬いので結局解いた。ナイフって全然きれねーじゃん。
木葉「……」
正明「オレの負け。正直かっこいいと思った」
正明「多分立場逆なら靴ベロベロ舐めながら助けてくだしゃい~とか言ってたわ。ヒヒヒ」
斬「笑っているけど、結局どうするの?」
戻ってきた斬がせっせと縄を解く。
正明「どうせ刺せないだろ、って舐めた態度してたらちょっと血迷ったかもしれねーけど、こいつ刺されるってわかった上で謝らないのよ?」
正明「かっこいいよな……正直惚れた」
斬「だから、それでどうするんだい?」
正明「だーからどうもこうもねーよ。他県に逃げるか、こいつの手下に捕まってごのはちゃんだすけてくだしゃい~~~~! って言って殺されるか、どっちかじゃねーの?」
斬「……」
求めている答えと違うのだろう。斬は正明の回答に首を振った。
斬「マサ。キミはそれでいいのか」
正明「ああ」
もう決めた事だ。
正明「オレはこいつに殺されるかもしれねーけど、オレはもう木葉になんもしない。負けたってば」
正明「逃がすから助けろなんて事も言わない。木葉。お前が殺したいならやれ」
正明「ジャン。こいつには絶対手を出すな。オレに何があってもな」
斬「……」
正明「つっても、みすみす捕まるつもりもねーけどな」
死に急ぐクソガキ――なるほどな。外から見りゃ確かに滑稽だが、こいつは間違いなくオレの理想だ。
木葉「な、何も……しない、の?」
正明「お前バカか? 普通に考えて小さい子どもナイフで刺すわけねーだろ。そんなの危ない人よ?」
木葉「え、普通? 誘拐しといて?」
正明「あ、正論やめてくれる?」
はあ。まだ半端っちゃ半端だよな。洗脳解けてもすぐに染まらないっつーの。あーあ、我ながら小者だなあ。
木葉「……」
木葉「おい、底辺ホスト」
正明「どうした小便小娘?」
木葉「ぐッ……!」
斬「マサ。あっち向いてて。着替えさせる」
はいはい。
タバコを吸い終わった頃、ジャージを着た木葉がいた。
木葉「……」
キョロキョロなにかを探すように、しばらく首を動かしたが、観念するように息を吐いた。
木葉「約束は、守るわ」
あん?
木葉「もう、過度な虐めはやらないわよ」
正明「いや、別にやっていいぜ」
正明「お前が正しい」
木葉「……」
斬「えっと全然正しく……」
正明「正しい。力と信念があるんだ。正しい」
斬「……」
四光院斬は、未だに竹原正明がわからない。
彼が何を持って是非を決めるのか。
何か正明の行動原理か、斬は知らない。
木葉「……」
値踏みするようにこちらを伺う。
木葉「あんたは……なんなの? 正義の味方気取ってるバカなんじゃないの?」
正明「わはははは! 正義の味方? オレが? あー、言われてみればそうかも。なんかイケメンって正義っぽいじゃん?」
木葉「ま、なんでもいいわ」
木葉「とにかく、あたしがやらないって言ったらやらないの。あんたが言ったんじゃない」
こいつアレだな。押したら引いて引いたら押すタイプだな。
木葉「……はあ」
木葉「あんたにも、よ」
正明「あん?」
木葉「約束は守るって言ってるの」
木葉「あたしは風雪木葉よ……ふん」
斬「それって……」
木葉「学園来なさいよ。あんた、出席日数ブービーみたいじゃない」
ワーストはきっとあのクソメンヘラだろう。
斬「……?」
斬には、意味がわからなかった。
斬「ボクが口を挟む事じゃないが、二人の言葉の意図がわからない」
斬「君はマサに酷いことをされた以上、君の周囲の人間の評価を伺うに報復すると思った」
木葉「そうよ」
木葉「意味わかんないことされたから、それ以上でやり返すだけよ」
木葉「あたしは何もやられなかったわ」
斬「……」
何かが木葉の中にあるのだろう。それは正明にも。
斬は何が起きたのか最後までわからなかった。
正明「んなことよりさ」
木葉「そ、え? そ、そんなこと……?」
そう。所詮はそんなこと。こいつが逃げる方便で穏便な事を口にしていざ捕まえにきたら逃げればいいだけだ。
正明「さっき木葉が言っていた、背負ってる物ってなに?」
家柄か、名前か、もしくは何かの宗教か。
風雪木葉という人間を何一つわからないが、どんな酔狂が何に盲信したら恐怖を受け入れられるのか。
木葉「あたしよ」
あ?
木葉「だから、あたし」
正明「はあ?」
今度こそ聞き返した。
木葉「あたしは、風雪木葉なのよ」
木葉「風雪木葉だから引けないのよ」
ドクン。
うわ――。
不意に、心臓が跳ねた。
かっこいいと、思ってしまった。
斬「……すまない。ボクは最後までこのやりとり意味がわからない」
いや、わかる――!
気付くと自然に木葉の手を握っていて、
正明「なあ、今日のこと白紙にしてくれんだろ? それならさ」
正明「オレと友達になろうぜ」
木葉「……」
木葉「はあ?」
ゴタゴタが膨らんだ結果、最後はこんなおざなりで収束した。