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◇不躾な来訪者◇

 その日、いつものパンプキンの被り物と、いつもの弾丸で穴が空いたような真っ黒なマント(正式には吸血鬼が着ていそうな紳士服)のような姿で、カボチャは苛立っていた。
 このところシュケルの姿を見ないのだ。別に城を空けると言うことが普段からない訳ではないのだが、それにしたって長くはないかと、魔王に訪ねると少し野暮用に出掛けていると言うだけで何をしているかもハッキリしない。
「別にあんな奴いようがいまいがどうだっていいんですけどね。居ないと僕の仕事の負担が増えるんですよ! おまけにカインがシュケルはー? シュケルはー? て煩いったら」
「カボチャ、シュケルはー?」
「ほらみろ」
 城の回廊で一人ぶつぶつ文句を言っていると案の定、真っ青な長髪の襟足を一本に束ねた人間の青年が、シュケルの姿を探してやってきた。
 カボチャは勢い良く振り返る。
「だから僕が知るわけないでしょう!」
「えー魔王も野暮用って言うだけだし、どこ行ったんだろシュケルのやつ」
 一緒にお菓子作る約束してたのにと、その手に持つ袋に包んだ焼き菓子を見つめる。
「え、シュケルのやつなにも断らずに行ったんですか?」
「うん。だから俺いつも通り材料用意してさ、仕方ないから一人で作った。シュケルから言いだしたのに酷いや」
 それを聞いてカボチャは妙だなと思う。いくらなんでも直ぐに戻ってこれないようなら予め断りくらいいれるだろう。と言う事は予定外の事があったということか。シュケルに限って?
「……シュケル、なんかあったのかな」
「そう、ですね」
 さすがに心配になったその時。どかんと目の前の壁に大穴が空いた。どこからか何かが目にも止まらぬ速さで飛んで来てぶつかったのだ。
「ええ!?」
「な、なにごとですか!?」
 カボチャは咄嗟にカインを背に庇う。
 もくもくと瓦礫からあがる土煙、ゲホゲホ言いながら誰かが出てくる。その者は此方を見ると「シュケル!」と叫び、カインへ飛び付いてその両手をガシッと握る。
「わぁ!?」
「探したぞシュケル! さぁ一緒に帰ろう!!」
 間髪を容れずカボチャがその脇腹を蹴り飛ばす。
「どわぁ!?」と上がった悲鳴と共に先程とはまた別の壁がぶち壊れた。カボチャはそちらを睨みながら冷や汗を浮かべる。
「き、貴様、ふ、ふざけんな……不躾になんなんですか!」
 まさか自分が反応するより先にカインに飛び付かれてしまうなどと、これがもし通り魔だったら今頃カインは致命傷を負っていたかも知れない。再度カインを背に庇い、今度は油断なく相手を伺った。
 舞っていた土煙が落ち着くと痛そうに唸る声があがり、白い袴を履いた素足で瓦礫を押し退け誰かが起き上がる。頭から被ってしまっていた藍白色の大きな羽織が、起き上がると同時に肩へと滑り落ちた。
「いてて、シュケル……なにを」
 あらわになったのは水浅葱色の長髪と瞳の若い男。柔和さときりりとした雰囲気をあわせ持った彼は、目の前にいる真っ青な瞳の青年とカボチャ頭のお化け(ではないが)を見て急に押し黙る。
「……どちらさまで?」
「「こっちの台詞だ!」」
 ようやく状況を理解した男は眉をつり上げ勢いよく立ち上がった。
「さてはソタナらシュケルを隠したな! 言え! どこへやった!」
 訂正しよう。彼は全く状況を理解していない。
「誰が隠すか誰が! だいいち突然人の城壁を破壊しておきながら何を偉そうに!」
「しらばっくれようたってそうはいかないぞ」
「誰がしらばっくれるかああ!」
「なーなーアンタもしかしてシュケルと一緒にいたの?」
「! やはりシュケルを知ってるようだな、どこへ隠した!」
 ダメだコイツ話が通じないと、カボチャの眉がひくついた。
「カインこれは相手にしちゃダメなやつです! さっさと捕まえて豚箱に放り込みますよ!」
「りょーかい!」
 元気よくこたえたカインと共にカボチャは謎の男へ飛びかかった。
「ふん、その程度の動きでこのワタシを捕らえられると思うとはな」
 ビュウッと風が吹いたと思った時には目の前にその姿はなく、二人は瓦礫に向かって「どわわ!」「わー!」どんがらがっしゃんとつっこんだ。 
「くそっ!」
 直ぐに飛び起き振り返る。風を操るのか上空から見下ろすそいつの長髪が風になびく。
「よくよく考えたらこんな間抜けどもをシュケルが相手にする筈ないな」
「な!?」
「なに言ってんだよシュケルはっむぐぅ!?」
 咄嗟にカボチャはカインの口を手でふさいだ。
「ワタシの名は〝マハル〟シュケルの夫になる男」
「「!?」」
「邪魔したな」
 謎の男、いや変質者、否、マハルは風と共に消え去った。

 ◇◇◇

「……え、なんかアイツ変なタイミングで変な自己紹介して行かなかった?」
 口を塞ぐカボチャの手をどけて、カインが呆然と呟く。
「げ、カインも聞こえたんですか?」
「うん」
「気のせいじゃないだと……」
 ついでに壁に大穴が空いているのも気のせいではない。惨状を改めて目の当たりにし、カボチャは怒りに震える。
「あんっの浅葱やろおおおお!」
「なんで浅葱やろー?」
「髪とか眼とか浅葱色っぽかったでしょ! 全体的に!」
「確かに。あの見た目だと魔族じゃないんだろーけど」
 この世界の大半の人間が知らないことだが、魔族の外見にははっきりとした特徴がある。
 たとえば、黒の魔族なら黒髪に赤い目、白の魔族なら白髪(はくはつ)に紫の瞳。赤の魔族は赤髪に緑の瞳、灰の魔族は灰色の髪に青い瞳――といった具合に、生まれつきそれぞれの系統に応じた見た目で生まれてくる。ちなみに、赤の魔族はすべて女性だ。
 一方で、人間の髪や瞳の色にはこれといった規則性がない。そのため、魔族が人間の領土に紛れ込んでいても、見た目だけで見抜ける者はほとんどいない。
 逆に魔族からすれば、人間を見分けるのは比較的容易だ。外見の差もさることながら、決定的なのは、人間には邪気が一切宿っていないからだ。
「邪気の影響もなさそうだし」
 カインは首に下げた黒色の魔晶石を握った。
 どこの魔族の領土でも人間には害のある邪気が充満している。そのため普通の人間なら直ぐに死んでしまう。
 カインも漏れなくその一人だ。しかも体質的に防御術の一つである結界が効きにくい。
 だが魔王から貰ったこの石がある。この石には魔王の魔力が込められており、それによって結界の持続力や効力を高め、更にはそれにのせた治癒術で邪気に汚染されても常に回復へ導けるようにしている。これがなければ今頃死んでいただろう。
「空飛んだし人間でもなさそうだよな」
 少なくともこの世界の人間は空を飛ばないし、魔族のような不思議な力もない。

「ぜっったいに取っ捕まえて、これを修復させてやります!」
「え? 魔王に頼まねーの?」
 カインは目をぱちくりさせる。確かに時を操れる魔王は壁の時間だけを巻き戻し直ぐに元の状態に戻せるだろう。だがしかし。
「バカですね。なんでもかんでも魔力に頼るもんじゃない。それにあの野郎の尻拭いを魔王さまにやっていただくなんてとんでもない事です!」
「えー?」
「と・に・か・く!」と言ってカボチャは両手に木の板と金槌を持った。「どりゃーー!」と叫びドドドドドと一気に板を打ち付け臨時の壁を作る。
 まるで戦場で突撃号令でもかけられたかのような勢いだが、元よりカボチャは、真正面から突っ込んでいく斬込隊長である。
「とりあえず暫くこれで持たせましょう!」
 ふーとデコの汗を脱ぐって満足げなカボチャ。だがその出来を見て、カインは不安を覚えた。崩れかけた石壁に五寸釘で乱暴に打ち付けている。ここからひびが割れて崩れるのではないかと。
「……これ、大丈夫かな」
「フフフ、さすがカボチャです。これほど固い壁に釘を打ち付けるとは、余程の怪力でないと出来ないことでしょう」
「……これ、大丈夫かな」
 カインの声に、カボチャはフフンと鼻を鳴らした。
「フフフ、さすがカボチャです。これほど固い壁に釘を打ち付けるとは、余程の怪力でないと出来ないことでしょう」
「それはそーなんだけどさー……て、シュケル!?」
 カインとカボチャは咄嗟に飛び退いた。
 何があっても決して取り乱さず、微笑を絶やさぬその姿。魔王の右腕にして、冷静沈着な知略の使い手――知将シュケル。その人である。
 そして、彼が知将と呼ばれるなら、最前線を切り開くカボチャは、さながら魔王の〝猛将〟と言ったところだ。
 いつからいたのかしれっと当然な顔で立ち、穏やかに微笑むシュケル。その笑みの奥には、やはり何かを秘めているような気配があった。

「な、なななシュケル貴様! いったい今までどこに行ってたんですか!」
 カボチャはビシッと人差し指を突きつけて、ハッとしたカインは焼き菓子を突き付ける。
「そうだよ! 俺待ってたのにすっぽかすなんてひでーよ! もう作っちゃったからあげる!」
 おやおやとシュケルはカインから焼き菓子を貰いよしよしと頭を撫でた。
「フフフ、すみません少し面倒事に巻き込まれまして、この埋め合わせは必ずいたしますよ」
「絶対?」
「えぇ、約束しましょう」
「おいシュケル、お前のせいでさっき変なのに絡まれたぞ」
 じろりと睨むカボチャにシュケルは変わらずフフフと笑う。
「その変わり者が姿を消したのでようやく出てこれました。……順を追って説明いたしましょう」
 よく見ると、シュケルは少し疲れた顔をしていた。

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