06th.24『騒がしい午前』
二日後。
その日は昼に衛兵の詰所に行く以外特に予定も無いので、それまでは家でゴロゴロしていようと思うトイレ男だった。
普段より多めに水を汲み、ソファにどっかりと座り込む。読み掛けの本を開き、今日中に読み切るぞと意気込んだ。
そしてページを捲る事暫く。
「⸺おっそいわよぉーーーー!!!!」
そう叫びながら黒女が家に突入してきた。
「!?」
トイレ男の家は玄関が直ぐリビングに繋がっているというか、リビングに玄関が有るタイプである。なので不法侵入者にすぐに気付いた。というかドアを勢いよく開け放つのはやめて欲しい、壊れる。
「私を幾ら待たせれば済むのよ!!」
「……………………」
トイレ男は慌てながら紙とペンを探す。確かあそこに置いていた様な……あった。
【今日は休みだぞ】
「だから何よ! 小さなレディを待たせるんじゃないわよ!」
どうやら黒女はトイレ男が家から出てくるのを待っていたらしい。
「……………………」
いや知らねぇよ、と思うトイレ男。休みぐらいゆっくり過ごさせてくれ。
特に最近は黒女が職場に来る様になった所為でいつもより余計に疲れるのだ。
【休ませてくれ】
「無理ね! お父様が貴方を呼んでるもの!」
「……………………」
どうやら茶男がトイレ男に用を持っている様である。
シカトしようかな、とも思ったが、休みたいというのはそれ程強い理由ではないし、態々関係を悪化させる事も無いだろうと思ったので行く事にした。
一旦黒女を追い出し、身支度をする。部屋着から外着に着替えて、トイレを抱えれば完了だ。
ドアを開け、壁に凭れ掛かっていた黒女と合流する。
「遅いわよ」
【これでも急いだんだよ】
何と無く言われる事は予想が付いていたので、予めそう書いた紙を見せる。
黒女は特にその事に思う事は無かった様で、直ぐに背を向けて歩き出した。
その後に続きながら、然り気無く後ろを見遣る。監視役の髭面が物陰から移動する所であった。
トイレ男は『奴らのアジトに行きます』と書いた紙を落としておいた。前回の彼の様に、気絶させられゴミ箱に放り込まれるのは流石に可哀想だっのだ。
◊◊◊
「四日前、あの後直ぐに帰ったらしいな?」
「……そ、うだ、が?」
茶男に問われ、真実を返した。ここは例の暗い部屋である。
トイレ男は黒女に真っ直ぐここまで通された。
「何もせず、直ぐに」
「……そ、れが?」
「…………ハミー達がお前を不気味がっている。サポートメンバーの癖に、依頼を請けないと取引したんだからな。何とかしろ」
え、僕がやるの?
「……な、んで俺が」
「お前の所為だからな。自分の尻拭いぐらいしろ」
「……………………」
別に完全にトイレ男の所為という訳ではない。トイレ男を組織に入れたのは茶男だし、というか仕事を請けない様にするというのはトイレ男は知らない。序でに言えば『サポートメンバー』というのもよく解っていない。判らない事だらけだ。「…………」、後で黒女にでも訊いておこう。流石にそろそろ知っておかないとマズい気がする。
そしてここでは知っているフリをしなければならないので、
「……わーっ、たよ」
と不承不承ながら、と言いた気に頷いた。
しかし言ってから、
「……?」
何か違和感を覚えた。
「なら早く行け」
その正体を掴む前に茶男が横柄に言う。
トイレ男は茶男を一睨みして見せて、部屋を出た。そしてその足で二階の、前回黒女達がカードゲームをしていた部屋へ向かう。
ノックをしようかしまいか迷って、結局何もせずに扉を開けた。
「あ、ツァーヴァス」
「開けるんならノックぐらいしろよー」
「全く、失礼な奴だぜ」
「親父との話は終わったの?」
「「……………………」」
「……………………」
トイレ男に反応したのは、部屋に居た
残りの二人⸺白女とやさぐれ男は黙ってジッとトイレ男を見ていた。白女は前回と同じ様に壁際に立っており、前回は居なかったやさぐれ男は黒女達のカードゲームに参加している様だった。
さて、ここからどうするか。
茶男は『黒男達の不安を解消しろ』と言った。方法は言われてない。そう、言われてない。どうしろと言われてない。どうするもトイレ男の自由だ。
そしてどうすればそれができるのか、トイレ男は今一判っていなかった。
「……………………」
彼らが何の後ろめたい事の無い一般人なら幾らでもやり様は有る。
が、そうではないので困ってしまうのであった。ドアを開けた時は何とかなるかと思っていたが、ならなかった様だ。
「? どうしたの?」
固まるトイレ男に黒女が訊く。
「…………特、に何も無、いが」
何も答えない訳にも行かず、結局そう言ってしまった。
「そう、なら一緒にやりましょ。人が多い方が楽しいわ」
黒女はトイレ男の返しに何の疑問も持たなかった様で、そうカードゲームに誘った。「…………」、断る理由も無いので参加する事にするトイレ男。
壁際に置かれていた椅子を持って、黒女と黒男の間に座る。丁度やさぐれ男の正面から一つズレた位置だ。彼、さっきからずっとこっちを睨んでくるから気味が悪いのである。視線の色も黒い気がするが、流石に気の所為だと思いたい。
「……………………」
トイレを右脇に抱えていた所為か、右側の黒男が微妙に遠ざかった。トイレ男はトイレを膝の上に移動させた。「…………」、黒男は戻って来なかった。
「丁度新しいゲームが始まるとこだったのよ。リニングクスでいい?」
「ぁ、あぁ」
「無理して声出さなくてもいいのよ。アンタが喋るのが苦手な事ぐらい皆知ってるわよ」
「……………………」
彼らに言った記憶は無いから、黒女が教えたのだろう。「…………」、だとしたら茶男も知っているのだろうか。
「? どうしたのハミー達?」
そこで黒女は黒男達の異常に気が付いた。彼らがなるべくトイレ男から離れる様に動いているのである。
「い、いやぁ……得体が知れないし、トイレだし」
黒男が三人の意見を代表する。
「そんなの別に気にする事じゃないでしょ。お父様が信用してるからサポートメンバーになれたんでしょうし、トイレがどうしたの?」
「その親父が正体を詮索するなって言ってるし、トイレは純粋に気持ち悪い」
そこでトイレ男の脳内で糸が繋がった。その突然さは閃きに近い。
それは先程の違和感に就いてだ。茶男が『黒男達が不安がっている』と言った時に覚えた違和感。あの時は正体が判らなかったが、さっき稲妻が走る様にそれが判ったのである。
事は三日前、黒女に初めてここに連れてこられた時まで遡る。その時トイレ男は暗い部屋で茶男と話していたが、その部屋の中には黒男達も潜んでいた。そう、黒男達は茶男とトイレ男の会話を聴いていた筈なのである。茶男が『お前は得体が知れないから手元に置いておく』と言うのが聞こえた筈なのである。なら、黒男達はトイレ男が組織に入った理由を知っていて、只のサポートメンバーではないと知っているのが道理だ。が、彼らはそんな様子が無い。彼らはトイレ男を只のサポートメンバーだと思っている様で、組織に入った理由も知らなさそうである。「…………」、これは後で茶男に訊いておこう。そう思った。
「ツァーヴァス? 貴方の番よ」
「? …………」
どうやら考えている内にゲームが始まり、トイレ男の番になっていた様だ。「…………」、確か、種目はリニングクスだったか。中央に置かれた特徴的な五つの山を見てそれが正しいと確信を得てから、トイレ男は真ん中の山からカードを抜き取った。少しでも隙を見せれば直ぐに負け兼ねないゲームなので、違和感に就いては今は放っておく事にした。
気になる事は有るが、今はゲームに集中しよう。