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Chapter 06

 千葉が死んでから数ヶ月経ったある晩、翔は大江と一緒にクラブに顔を出すことになった。

「ここはウチが面倒見てるクラブだ。ママも俺が韓国から連れてきた。昔は綺麗だったなぁ。今じゃすっかりババアだけどな」

 大江はいつもと違いご機嫌で笑っていた。

 店に着くなり、大江は早々に太い足を広げてデカい態度で座り、シャンパンを持って来させた。女の子たちは笑っていたが、明らかに顔が引き攣っていた。

「はじめまして、椎那しいなです」

 最初は普通の接待だったが、酒が進むにつれて空気が変わっていった。横につかされた女の子、まだハタチそこそこの、細くて大人しそうな子の胸を当たり前のように揉みながらゲラゲラ笑っている。

「お前新人か? 初めて見たな。表情硬いぞ。もっとリラックスしろリラックス。このおっぱいくらい柔らかくな。ハハハハハハ!」

 下品な笑い声が店内に響く。そしてその子の手を無理やり引いて、立ち上がった。

「ちょっとこの子借りるぞ」ボーイに囁いて裏へと向かった。

 女の子は怯えたような目をして翔の事を見つめた。だけど翔には何もできなかった。

 周りのホステスも、ママも、ボーイも、誰も止めない。ただ〝いつものこと〟のように流れていく。

 大江と女の子がバックルームに着いた頃、そこにいた他の女の子達が慌てて表に出て来た。

 翔は思わずトイレに行くフリをしてバックルームの前に立ち止まり耳を澄ました。

 中から聞こえて来るのは笑い声でも、愛の言葉でもなかった。女の子の震えた声と、大江の荒い息づかい。

 何も出来ない自分に腹が立った。とてつもなく腹が立った。

 十数分後、大江はシャツのボタンを適当に留めながらスッキリした顔をして出てきた。

 少しして女の子も、意外にも何食わぬ顔で出て来て、他のホステスの女の子たちと笑顔で雑談を始めた。

 だけど翔には、レイプされているという現実を受け入れないために、私も好きでやってるんだと自分で自分を洗脳しているようにしか見えなかった。

「おい、お前もいつか店持ったら好きな時に好きな女と好きにできるようになる。これが男の人生のゴールだろ。ハハハ!」

 翔は作り笑いさえ浮かべなかった。胸の奥がざわざわして、吐き気がした。

 これがオヤジ? あの千葉のアニキが命まで捧げて仕えてきた男。こんなもんなんか。こんなしょうもないクソジジイをなんで。翔は沸々と怒りが込み上げてきた。

 アニキがこいつを慕うのは勝手や。でも俺は俺の人生を生きる。〝オヤジ〟なんて呼ぶ義理、こいつにはない。

 俺はこんな奴に一生仕えるぐらいなら——
——殺した方がマシや。

 その日、翔は一人港の方まで来ていた。風が強くて、海がざわざわと呻っている。心の中には、燃えるような決意が一つだけあった。

 何も出来なかった自分を殺したくなる。あの女の子の顔がフラッシュバックする。それを掻き消すように、手の甲に無造作に乗せたコカインを勢いよく吸い込む。

 ポケットからスマホを出す。あの日交換した番号。名前は『T』とだけ登録してある。

 指が震える。いや、震えているわけじゃない。寒いだけや。そう言い聞かせながら、翔はその番号をタップした。

「はい」

 浅井の声は低く、静かで、変わらなかった。むしろ、それが翔を安心させた。

「……あん時の話、乗りますわ。もう、殺す」

 一拍の間。それから、まるで呼吸のように自然な声が返ってきた。

「ほんまか、よう言うたな。一回、落ち着いて会おうや。今からでも空けるで」

「いや、ええです。もう決めたんで。それよりも、殺ったらそっちで面倒見てくれるって話は、ほんまに信用していいんですか?」

「もちろんや、正味こうなるおもてたからウチのもんにも話通したある。実際にそうなった時は面倒見たる言うてくれてる。報酬も一千万ならすぐ出す言うてる」

「わかりました」

「おう。タイミングだけ教えてや。その後の処理はこっちでやるわ」

 電話を切ったあと、翔は海を見つめた。目の前に広がる闇が、なんだか自分の未来のように見えた。

 お先真っ暗。順調にこの世界で出世街道をひた走る未来、下手を打って破滅の道を辿る未来。どう転んでも、自分のプライドをかけ正直に生きた結果。後悔などしない。そう誓った。

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