バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

蛍光灯がチカチカと頼りなく明滅する、四畳半のアパート。壁には安っぽいカレンダーがかかり、めくられることのない日付が虚しく主張している。時刻は午前三時。モニターの青白い光だけが、部屋の唯一の光源だった。

俺、白石譲(しらいし じょう)、28歳。肩書は、自称アフィリエイター。実態は、限りなく無職に近い何かだ。
目の前の画面には、Google Analyticsのリアルタイムレポートが表示されている。アクティブユーザー数「0」。今日もまた、俺が丹精込めて(いるつもりで)作ったサイトには、誰も訪れていないらしい。昨日までの累計収益は、うまい棒が数本買えるかどうか、というレベルだ。

「……くそっ」

思わず、声にならないうめき声が漏れる。手に持った安物のマウスが、ミシリと軋んだ。
半年前まで、俺は都内のシステム開発会社で働いていた。聞こえはいいが、実態は典型的なブラック企業。月100時間は当たり前の残業、人格否定も辞さない上司からの叱責。心と体は徐々に蝕まれ、ある朝、ベッドから起き上がれなくなった。診断は、うつ病。逃げるように退職届を叩きつけた。

わずかな貯金を切り崩しながら療養し、少しずつ回復してきた頃、ネットで見つけたのが「アフィリエイト」という働き方だった。「パソコン一台で自由な生活」「好きなことで月収100万円」――そんな夢のような言葉に、弱っていた俺は簡単に飛びついた。

現実は、検索結果のページランク만큼厳しかった。
SEO? キーワード選定? コンテンツ・イズ・キング? 言葉だけは覚えた。関連書籍を読み漁り、有名アフィリエイターのブログを読み込み、夜な夜な記事を書き続けた。だが、Googleという巨大な神の前では、俺の努力など塵に等しいのかもしれない。検索結果という広大な砂漠に、俺のサイトは完全に埋もれていた。

「もう……無理なのか……?」

弱音が心を支配しようとする。あの地獄のような会社に戻る選択肢は、ない。それだけは確かだ。でも、このままでは生活が破綻する。家賃の支払い日が、刻一刻と迫っていた。

ふと、昔どこかで聞いた言葉が頭をよぎる。
『諦めたらそこで試合終了ですよ』――バスケ漫画の有名なセリフだったか。
そうだ、まだだ。まだ、何かできることがあるはずだ。検索順位がすべてじゃない、なんて綺麗事を言うつもりはない。だが、戦い方を変えることはできるかもしれない。

俺は冷めかけたインスタントコーヒーを一口すすり、背筋を伸ばして椅子に座り直した。
そして、震える指でキーボードを叩き、新たな検索キーワードを打ち込む。それは、まだ大手が進出していない、非常にニッチな、だが確実に「悩み」を抱えたユーザーが存在するであろう、小さな小さな市場への扉を開くキーワードだった。

ここからだ。ここから、俺の本当の戦いが始まる。
モニターの光が反射する俺の瞳には、諦めの色とは違う、わずかな決意の光が宿っていた。

しおり