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第23話 ひとりになりたくてビルの屋上でたそがれてたら絶好の狙撃ポイントだったらしい

 全国のスナイパーの皆さんは今日も高いところに登ってスコープから世界を見てることと思いますが、まずスコープから目を離して広い視野でまわりを見てみてはどうでしょうか?

 というのも、先日、スナイパーの人に会ったんですけど、世間知らずすぎて呆れてるんですよ……。


〜 〜 〜


 私にもひとりになりたい時っていうのがありまして、でも、自分の家にいるっていうのはなんか違うなっていう我ながら面倒臭い気分の時があるんですよ。

 ホントにたまーになんで、そういう時にどうすればいいか分からなかったんですけど、最近、職場の近くのビルの屋上に穴場スポットを見つけて、そこ行こうってなったんです。

 高いビルで街を一望できるんですけど、人がいなくて……普通に行けるんで誰でも入れる場所なんですよね。

 まあ、私も毎日のように面倒ごとに巻き込まれて、疲れてないと言ったらウソになりますよ。疲れてるって言ってもウソになりますけど。基本どうでもいいと思ってるんでね。

 ただ、街の喧騒を見下ろしてると、この社会で生きてるってことをちょっとだけ俯瞰できる気がしますよね。って考えると、鳥っていつも俯瞰してるから悩みとかないんでしょうね。なにも考えてなさそうな目してるし。

「あれ、あなたもですか?」

 いきなり後ろから声かけられて死ぬほどびっくりしたんです。危うく柵乗り越えてホントに死ぬところでした。なんかカジュアルな感じの見た目で、大きくて平たいバッグ持ってる男の人なんです。

「あの、ちょっとたそがれてまして……」

「ハハハ、いいですね、その言い方。今度ボクもマネしようかな」

 爽やかな笑顔でバッグを下ろすと、それを開けてなんか準備し始めるんですよ。

「お姉さん、ここでは初めて見る顔ですね?」

「はぁ、まあ、たまーにしか来ないのんでね……」

「この街でお仕事を?」

「ええ、まあ……」

「だったらここはやっぱりいいですよね〜」

 この人もわりとストレス抱えて生きてるのかもしれないなーなんて思ってました、この時までは。

 この男、バッグからパーツ取り出してスナイパーライフル組み立ててんです。え? って思ったんですけど、悟られちゃいけないと思って冷静を保ってたんです。

「あれ、今日は荷物はないんですか?」

 なんの荷物だよ? でも、何も持ってないと思われたらまずいかなと思って、

「あの、まあ、ありますよ」

「え? なにも持ってないように見えるんですけど、どこに?」

「あのー、折りたたみ式なんです」

「折りたたみ式、ですか? そんなコンパクトなやつ見たことないですよ!」

 なんかどんどんスナイパー仲間として認知されてるような気がするんですけど、私もなぜかあとに引けなくなっちゃったんですよね。中学の同窓会で全然知らん人と小1時間思い出トークした時のことが頭をよぎって顔熱くなりましたからね。

「ただ、まあ、これはまだ世の中に出せないやつなんで……ちょっと……」

「ああ、よくありますよね。新兵器の試作品を使えとか言われてね。お姉さんもなかなかやりますね」

 そういうことあるんかい。なんで私の株が勝手に上がってんの? これが空売りってやつ? とか思ってたら、着々とスナイパーライフル組み上がっちゃったんです。この街に狙撃するような価値ある人なんていんの?

「いやぁ、ボクもね、副業でこの仕事始めたんですけどね、指先ひとつで下手すりゃ数百万でしょ? 真面目に働くのがバカらしくなっちゃいましてね……」

 なんでそんな胡散臭い情報商材の広告みたいなノリなんだ、こいつは。ラクして稼げますじゃないんだよ。

 このままだと暗殺の瞬間に立ち会っちゃうよなー思いつつ、どうやってここから去ろうかなって考えてたら、屋上にまた人が来るんです。しかも何人も。

「おー、今日もやってんですか?」
「先週も会いましたねー」
「今月10人いけそうっすよ」

 とか、バイトの休憩室みたいなノリなんですよ。え、この街ってそんなに狙撃が盛んなの? 戦場よりスナイパーいるんじゃない?

「ところで、この人は?」

 やばいです。みんなが私に注目してる。

「ああ、この方も同業なんです」

 お兄さんがそう紹介してくれやがりました。スナイパー仲間になってしまった……。どうしよう、LINE聞かれてスナイパーグループに入れられたら。今週こいつ撃ち殺したよーみたいな会話の輪に入れるかな、私?

「へー、名前は?」

 この場の兄貴分みたいな人が鋭い眼光を投げかけてきたんで、思わず、

「鈴木です」

 って本名言っちゃったんです。すると、兄貴分がニヤッとするんです。

「いいね。平凡な名前だからこそ社会に溶け込める。灯台下暗しってやつだ」

 本名なのにコードネームに思われてるみたいなんです。どっちかというと灯台そのものなんですけど。こいつら、闇社会の常識の中で生きてるから世間一般の考えが理解できないのかもしれません。

「よーし、じゃあ、やりますか」

 バイト始まりの合図みたいなの言い出して、みんなバッグからパーツ取り出してスナイパーライフル組み立てるんです。なんか私だけ流行に乗り遅れたみたいじゃん。もしかしてこれが闇バイトの最先端だったりする? ラクに稼げるとか言ってたもんね。

「あー、私、もう終わったんで上がりまーす」

 ノリでバイトみたいな挨拶してしまったんですけど、

「あ、おつかれでーす」

 みたいに送り出されてマジでバイト時代のこと思い出しました。地元のカラオケ店のバイト仲間元気かな?

「あ、お姉さん!」

 立ち去ろうとした私にあのお兄さんが声かけてきました。

「今度の日曜、みんなと一緒に栃木の狙撃フィールドでキャンプやるんです。もしよかったら遊びに来てください!」

「あ、考えときます〜」

 この感じ、なんか青春時代を思い出しました。スナイパーだけど、いい人たちなのかもしれませんね。虫苦手なんでキャンプには行かないんですけどね。

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