第24話 事の発端を作った男
「また……今年も去年と同じように豊川市役所から言われて映画を作ることになったんだけど……ねえ……面倒だねえ。去年で懲りなかったのかな?不思議な話もあるもんだ」
時は12月初旬、司法局実働部隊の会議室に主だった隊員達を前にして司法局実働部隊長嵯峨惟基は口を開いた。
呼び出された司法局の人型機動兵器シュツルム・パンツァー部隊の第一小隊隊員である神前誠曹長も配属して半年が過ぎ、理由も知らされず会議室に召集されるなどと言うことがこの『特殊な部隊』では日常茶飯事なのは良く分かってきていた。
「なんでこの面子?それより叔父貴、この面子で考える事なんてろくな結論出そうにねえぞ。そこんところを考えて呼んだんだろうな?叔父貴、返事しろよ」
明らかに不機嫌なのは西園寺かなめ大尉である。喫煙可と言うことで口にタバコをくわえて頭を掻いていた。その隣で嵯峨の言葉に目を輝かせているのは司法局実働部隊の巡洋艦級運用艦『ふさ』副長のアメリア・クラウゼ少佐と彼女の部下のサラ・グリファン中尉の二人だった。186cmの長身の誠の隣に彼より少し小さいアメリア、160センチに若干届かないかなめと小柄なサラ。まるでマトリューシカ人形だと思って思わず誠の口もとに笑みが浮かんだ。
「豊川市役所はうちを何でも屋だと勘違いしているのか?飽きもせずに去年のアレで懲りなかったのかよ。なんでアタシまでがなんで付き合わなきゃなんねえんだ。こんなことなら県警の手伝いで駐禁の取り締まりにでも駆り出された方がよっぽどマシだ。あんなもんに協力してうちに何の得が有るんだよ」
かなめは頭を掻きながら抜け出すタイミングを計っていた。面白いものには食いつく彼女がいつでも抜け出せるようにドアのそばにいるのは東和軍の領空内管理システムのデバック作業中に呼び出されたせいなのは誠にもわかった。
「これも任務だ。市民との交流を深めるのも仕事のうちなんだ。仕事のえり好みは良くないぞ、分をわきまえろ。貴様のわがままにはもううんざりしているんだ。いい加減もっと他人の事を考えるようにしたらどうなんだ?」
完全に諦めたと言う表情でそう言うのは、第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉だった。嵯峨の言葉を聞いてアメリアの反対側に立って、隣の誠を前に押し出すように彼女が半歩下がったのを誠は見逃さなかった。
「カウラの言うとーりだ。これもお仕事。だからオメー等でなんとかしろ。これは上官命令だ。テメー等には拒否権なんて言う贅沢なもんはねーんだ。そこんとこ分かっとけ」
執務机に座って頭の後ろに手を組んでいる嵯峨の隣には、司法局実働部隊の最高実力者として知られた機動部隊長のクバルカ・ラン中佐控えていた。そしていろいろ愚痴を言いたい隊員達でも彼女の言葉に逆らう勇気のあるものはこの部屋にはいなかった。実働部隊の上部組織である遼州同盟司法局の幹部で、たまたま視察のために『特殊な部隊』に来ていてこの場に呼び出された明石清(きよ)海(み)中佐も諦めた調子で頷いていた。
「俺も今日は早く帰りたかったんだけどな……バイクの部品。結構溜まってるんですよ。いい加減ちゃんと調整して付けないと錆びちゃいますよ。ようやくパーラさんの『ランサーエボリューション』の仕上げが終わって暇になったのに……面倒ごとはこれ以上こりごりですよ。それに今度面倒な機体がうちに来るんでしょ?最初に言っときますけど整備班は協力できませんからね!機動部隊と運航部で何とかしてくださいよ」
こちらもあきれ果てたようにつぶやくのは整備班班長の島田正人准尉だった。その表情からはどうせ自分が何の意見を言ってもかなめとランの反対で潰されるのは目に見えていると言う諦めが見て取れた。
「そんな!映画だよ!甲武では映画は庶民の最大の娯楽なんだ。ここは自由の国東和共和国だ!甲武のような酷い映画規制も官憲による検閲も無い!自由に映画が作れるなんてすばらしい事じゃないか!」
そう叫んだのはかなめの妹の第二小隊小隊長日野かえで少佐だった。隣に控える副官の渡辺リン大尉も同意するように大きく頷いている。
「映画ですか……僕は映画を見たことが無いんで……小さなころから戦場ばかり歩いてきましたから。出たいな……映画」
第二小隊の三番機担当予定の『男の娘(こ)』アン・ナン・パク軍曹は元少年兵と言うこともあって娯楽と無縁な生活をしてきたこともあり、憧れの表情で嵯峨を見つめていた。
「この面子とこの雰囲気……どうせろくなことにならないんだ。さすがの僕も学習してきたよ」
誰にも聞こえないように誠はそう言うと、自分の意見は絶対に口にしないことを心に堅く誓った。