第22話 犯人が散々口を滑らせてるのに探偵が全然気づいてくれない
犯人の決め手に欠いてる時に相手に口を滑らせて自白を迫るってシチュエーションあるじゃないですか。私、あれはあまり好きじゃないんですよね。なんていうか……いや、決め手まで探してから推理の発表会開けやって思っちゃうんです。
ガチっとハマった時の快感が忘れられなくて口滑らせ専門に流れる探偵もいるって聞きます。それはその人の生き方でしょうけど、おすすめしませんからね。
それはそうと、口滑らせ専門になろうとしてる探偵の人たちは人の話ちゃんと聞く能力をトレーニングした方がいいですよ……。
〜 〜 〜
「犯人はあなたですよ、湯浅さん!」
探偵がビシッと指さしてるんです。ああ、やっと終わりか、さっさと帰ってお風呂入りたいなって思ったのと同時に、この探偵、さっきまで決め手がないとか言って頭掻きむしってなかったっけ? って思い出してたんです。
そもそも、今回は色んな企業が参加するコンペの受賞式とパーティーの会場が事件の現場で、容疑者めっちゃいたんです。私の勤めてる会社も参加してて、案の定、事件に巻き込まれたんですけどね。授賞式にパーティーって殺人の条件整いすぎてますからね。
「な、なんてこと言うんだ、君!」
湯浅さんってのが、コンペの主催者のひとりなんです。業界的にめっちゃえらいおじさん。探偵は論理的にこの人しかいないとか言ってました。なぜか私、探偵の助手にされてあちこち話聞きに回らされて、ヒール履いたままだったんで、足死にそうなんです。それなのに、着席形式の推理発表会じゃないの。早く座らせろやって思いながら我慢してましたよ。
「あなたが彼女を殺したんです!」
「ワタシは人を後ろから殴るような真似などしない!」
湯浅さんが激しく反論するんですけど、一瞬、この場にいた全員があれ? ってなったんです。だって、被害者が後ろから殴られてるって今までの話で一度も出てきてないんですよ。
あー、これは口滑らせパターンのやつだ。てっとり早く済むタイプの解決編だなんて思ってたら、探偵はうーんとか唸り声漏らしてんです。早く帰りたすぎて、いつもならスルーするんですけど、思わず言っちゃいましたからね。
「いや、あの、湯浅さんが、後ろから殴るような……って言ってましたよ」
「そうだな。そうやって自分は正々堂々としてるって言いたいわけだ。図太い神経の持ち主だよ、全く……!」
気づけよ。今のは一発で決め手になるやつじゃん。言った本人も、あっ、みたいになってそれまで余裕ぶっこいてたのに急に防戦一方になっちゃうやつじゃん。
湯浅さんも自分が口滑らせたって気づかずに、なんか余裕こいてそばのテーブルのシャンパンなんか飲んでんですよ。探偵と犯人が揃って察しが悪いってめちゃくちゃ最悪な組み合わせなんですけど。頭脳戦とかに達するよりも遥かに低レベルのマッチアップじゃん……。
「それに、あの受賞トロフィーは我々にとって何よりの名誉……。そんなものを凶器に使うなんて、ワタシには考えられないね」
あのトロフィー凶器だったの?! いや、凶器が今まで見つかってなかったんですよ。もうみんなざわついてんです。え! みたいな。犯人しか知り得ない情報だけに、さすがにこれは自白みたいなもんじゃん。
「トロフィーが凶器とはまだ決まっていないですよ」
探偵がしたり顔で指摘してんです。いや、今まさに確定したんだよ、それが。湯浅さんが口滑らせたことによって! 全然気づいてないんです、このバカ探偵。
「あの、いま湯浅さんが言ったこと、もう一度考えてみましょう? なんでトロフィーが凶器だって言ったのか……」
「そんなことをすれば犯人の思う壺だよ、君。そうやって本筋と関係のない話題に引きずり込もうとしているんだ、この男は」
「めちゃくちゃ本筋だと思いますけどね」
湯浅さんが勝利を確信したように不敵な笑みを浮かべるんですけど、このおじさんも大したことないからね。だってもう2回やらかしてんだから。
「被害者は長年ワタシの業務を支えてくれていた。そんな功労者があの受賞記念の花火を見ている最中に殺すなどという蛮行にワタシが及ぶと思うか?」
あー、被害者って警戒心が強かったから、簡単に人に背中向けなかったらしいんです。そんな被害者が後ろを取られた理由も判明しました。っていうか、どこまで自分から喋るんだ、このおじさん? それでいてなんで普通にしていられるの? アホなの?
「ん? 花火だって?」
探偵が難しい顔してます。集まったみんなで念を送りましたよ。気づけ〜! って。犯行時間も明らかになったんで、もうこりゃ確定の確定、このまま牢屋にぶち込めますよね。
「花火といえば、あなたは受賞の喜びでテンションがおかしくなっていたのでしょう。だから、その勢いのまま殺人も決行してしまおうって考えたんじゃないですか?」
そこまで疑ってるのになんで真相に辿り着けないんですかね、こいつは? たまにいますよね、察しが悪いやつ。ここまで察しが悪いのが許されるのはライトノベルの主人公くらいでしょ。あれはもう察しの悪さでやってるようなもんですからね。
「探偵さん、ワタシは殺してなどいない。そもそも動機だってないんだ。ワタシが会社のカネを横領していたってところまでしか辿り着けないんじゃないのかね?」
会社のカネまで横領してたのかよ、このジジイ。救いどころねーな……いや、待って、今、そこまでしか辿り着けないって言ってた? それよりやばいこと言い出しそうじゃない? さっきから全部自分で説明しちゃってない? なにがしたいのこの人……。
「横領をしたくらいでは殺人までには至らないでしょう」
とか言って探偵が勝手に理解を進めてんです。理解力ありすぎるんだよ、犯人の境遇に。なんかもっとすごいことがないと動機にならないと思ってるんですよ、きっと。目が合っただけで殺すやばい奴だっているこのご時世に、ですよ?
「ワタシが今回受賞したコンセプトは、もともと彼女のアイディアだったんだよ。ボツにしておいて、今回のために取っておいたのだ」
自分から最低な告白始めたんです、湯浅さん。犯人の決め手なんてなにも指摘されてないのに自分から動機語りパートに突入してるんです。もうトークが暴走して高速道路逆走してるみたいになってんです。返納した方がいいよ、何かしらを。もしかして、このおじさんも足疲れて早く終わらせたいんじゃないかなって思ったけど、そんなことで人生棒に振るわけないから思い直しました。
「彼女はワタシを問い詰め、このパーティーの場で全てを暴露すると言ったんだ。だから、ワタシは仕方なく……」
勝手に語って勝手に床に膝ついてガックリうなだれてんです。思わず訊いちゃいましたよ。
「あの……、何に対してガックリきてるのかだけ教えて?」
結局、そのまま警察に引き渡されていったんですけど、めちゃくちゃ時間無駄にした気がしました。全自白なんだもん。アリバイどうでしたとか被害者とどういう関係ですかとか訊き回ってた時間よりもガチャで10万溶かしてた方が人生に意味あったんじゃないかな。
しかも、事件解決したのに探偵が、
「まさか、まだ終わってない……?」
とか言って勝手にどんでん返しパートに突入しようとしてたんで、さすがにみんなで「もう終わったんだよバカ」とか言いながら止めました。