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第49話 『法術師』という存在

 誠はいつものランニングの課題を済ませると、どっと訪れた疲れに負けて倉庫の脇の日陰に座り込んだ。
 
 演習の存在を知ってから、ランに加えてかなめまでもが誠のランニングを監視する日々が続いていた。

 さすがに平然と実力行使に出るかなめに監視されれば、普段は歩いている隊員たちも、形だけでも走るようになった。

「誠さん、どうぞ」

「あはははは……どうも」

 そう言って缶ジュースを差し出してくれたのは、実働部隊医務班の唯一の看護師である神前ひよこ軍曹だった。

 彼女の気遣いに、誠はただ愛想笑いを浮かべることしかできなかった。

「西園寺中尉は夢中になるといつもこうなんです。きつかったですよね」

「まあ見た通りの人なんですね……まっすぐと言うか……一途と言うか……」

 数少ない自分より年下の女子隊員のひよこに言われてみて誠はその事実を再確認した。

「でも……悪い人では無いと思います……思いたいです」

 ひよこはそう言うと誠の隣に腰かけた。

「一生懸命な人だと思います……戦うときは人が変わったようになりますけど……でも、あの時も僕を助けたかっただけなんですよね」

 誠は先日、自分が拉致されたときのことを思い出していた。

 その時はまるで楽しむかのように銃を撃つ彼女に恐怖さえ感じた。しかし、結果として誠はこうして無事に暮らしている。

「命がけの仕事なんですね……ここは……今度の演習も……」

 誠はそう言ってカールした髪の毛がチャーミングなひよこに目を向けた。

「そうです……今まで死者は出てはいませんが……怪我人は出ています。今度の演習もどうなるか……」

 長身の誠を見上げながらひよこは真剣な表情でそう言った。

「怪我ってどれくらいなんですかね……」

「それは……言えません。」

 誠がそれとなく尋ねると、ひよこは急に身構えたように視線を逸らした。

「言えません……ってそんなにひどい怪我だったんですか?」

 誠がそう尋ねるとひよこの表情は曇った。

「大丈夫ですよ……どんな大怪我でも大丈夫なんです……その整備班の隊員の方も今は復帰されてますし……私が……私の『力』で何とかしますから……どんな怪我でも治せる『力』があるから私はここに選ばれたんです……そんな意味でも似たもの同士ですね!誠さんと私って」

 ひよこはそう言って笑った。

 誠はひよこにも誠の知らない『力』があり同じように監視を受けてきた人間なのだと知って少し親近感を感じた。

「じゃあ、ひよこちゃんもプライバシーゼロの環境で生きて……」

 誠が自分の境遇を語ろうとするとひよこは慌てたような表情を浮かべて立ち上がった。

「いえ!何でもないです!じゃあ!」

 そう言い残して立ち去るひよこの言葉が理解できず、誠は彼女を見送ることしかできなかった。

「振られてやんの」

「今の会話のどこに『振る』と言う意味が入るんだ?」

 誠が顔を上げるとそこには冷やかし半分のかなめといつもの無表情で顔を覆ったカウラが立っていた。

「今の聞いてました?」

 誠はなぜか罪悪感を感じて二人の顔色を窺った。

 確かに誠から見てもかわいいひよこに気を使ってもらっていい気分だったのは事実だった。

「まったく、うちの野郎どもはひよこにばっか色目を使いやがる……アタシみたいないい女がいるってのによ。」

 そう言うとかなめはそのまま背後にあった銃器を載せた台車に手をかけた。

「いい女は常に銃を持ち歩くものなのか?」

 カウラはと言えばそう言うと立ち上がろうとした誠に手を伸ばしてそれを助ける。

「西園寺さん!それ管理室まで運んでおきます!」

「おう、気が利くようになったじゃねえか。それじゃあ頼むわ」

 気を利かせた誠の言葉を聞くと、かなめはそのまま倉庫の奥へと消えていった。

 一方、カウラはと言えば誠の隣に黙って立っていた。

「カウラさん?」

 かなめについていかなかったカウラの顔を誠は覗き見た。

「ひよこは……不思議なことを言っていただろ?」

 いつも通り冗談の通じなさそうなカウラの真剣な瞳が誠を見つめている。

「ええ……『どんな大怪我でも死なない』って……でも銃で頭とか撃たれたら死んじゃいますよね……ひよこさんの『力』ってどんなものなんですか?死んだ人間を生き返らせさせるとか……」

 誠はカウラの言葉でひよこの言った奇妙な言葉を思い出していた。

「今は言えない……だが、ひよこに任せれば……ひよこが大丈夫と言う限りどんな怪我でも大丈夫なんだ……ひよこの『力』に任せれば……そして貴様の想像通りひよこも神前と同じ環境に有った。ただ、貴様の『力』よりありふれたものだから監視は貴様のそれより緩かったがな」

 それだけ言うとカウラは誠に背を向けて、かなめと同じく倉庫の中へと消えていった。

「ひよこさん……任せれば大丈夫……何が?だってひよこさんはナースでしょ?天才外科医って訳じゃないでしょ?致命傷を負った人を助けるなんて看護師でもできない話でしょ。でも、ひよこちゃんも僕と同じように監視されてた……地球人はなんでそんなに遼州人を監視したがるんだろう……僕やひよこちゃんが持つ『力』ってそんなに地球圏にとって脅威なのかな……」

 誠は独り言を言いながら倉庫の裏の駐車場からそのさらに奥にある銃器が置いてある建物に向けて台車を押していくことになった。

 午後の西日がきつかった。誠は倉庫を目指して台車を押す。

 駐車場の砂利は熱せられてじりじりと誠を蒸しあげた。

「やっぱ……引き受けなきゃよかったかな……」

 取り残された誠はそう言いながら台車を押し続けた。

 その心の中には自分と同じ境遇にあるというひよこが『力』の存在と、それを監視する地球人達の目の存在を知った時の事を知りたい気持ちが去来していた。

 今の誠にはひよこの様にその運命を受け入れる覚悟は無かった。


 
 二十分後の隊長室ではちょっとした会議が開かれていた。

「……とりあえず、神前の野郎に関心を持っている国家、武装勢力は以上になります」

 いつものように、実働部隊隊長室は雑然としていた。

 ランは隣の技術部の情報課長を務める若い男性大尉が話し終わるのをその隣で見守っていた。

「ふうん、そう。俺のリークに食いついた面子で今のところ判明しているのはこれだけか……俺の予想通りかな……いや、ちょっと少ないか」

 嵯峨はそういうと手にしている茶碗をじっと見つめている。

 その表面の凹凸に視線を投げながら、ランと男性大尉を無視しているような態度でそう言った。

「つまりアレだろ?結論は、『どこが神前の素性に最初に気づいたかわかんねえ』と言うことなんだろ?回りくどいのはやめようや」

 そう言うと嵯峨は苦笑いを浮かべながら顔を上げた。

「地球圏の政府には、遼州同盟の偉いさんからお手紙を出したそうだが……『最強の営利企業』のマフィアの親分さん達のことだ。神前の身柄の確保を地球圏で一番最初に頼んだ連中の名前は絶対出てこないだろうな」

 嵯峨はそう言うと、執務机の端に置かれたポットを手元に引き寄せる。

「地球連邦を支える各国家の諜報組織や各惑星系国家の治安関係組織は当然動きますよね。遼州同盟加盟国でも『ゲルパルト連邦共和国』や『甲武国』は当然として『外惑星連邦』をはじめとする前の戦争の『連合国』まで確かに動いてはいますが……どこが最初に動いたかとなるとこれが……」

 急須にポットのお湯を注ぎながら、嵯峨は黙って男性大尉の言葉を聞いていた。

 『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ラン中佐は、黙って腕組みをして二人の会話を聞いていた。

「どれも動くタイミングとかがばらばらで、何処が主導権を握っているのやら見当がつかない有様で……」

 情報将校用の大型のタブレットを手にした大尉はそう言って頭を掻く。

「まあ生きたままで、『特殊な部隊』の部隊員を拉致するなんて、元々失敗する可能性は大きかったからねえ。成功不成功に関わらず、依頼元がばれないように細工をする準備ができていたんだろ?失敗しても神前に興味を持っている勢力がうじゃうじゃいるからね。そっちを言い出しっぺに仕立てて、自分は知らん顔……大人なんてそんなもんでしょ」

 相変わらず嵯峨はラン達に視線を合わせず、急須のお茶を湯呑に注いでいた。

「連中は神前の『素質』に『関心がある』と俺に示して見せるだけで十分だと考えているんじゃない?俺が何を始めるかまだ分からない。そもそもこの部隊が何のためにあるのか理解できない。そんなところじゃないかなあ」

 茶碗にある程度茶を注ぐと、ようやく嵯峨は視線をランに向けた。

「隊長は。この『馬鹿騒ぎ』を始めた馬鹿の目星がついてんじゃねーか?」

 腕組みをしながらランはそう言ってにやりと笑う。

 しかし、嵯峨は全く答えずに淡々とお茶を飲んだ。

「ああ、苦すぎ。煎茶だからって舐めてんじゃねえの?『裏千家』家元の俺を舐めてるんじゃないの?ちゃんと心を入れて入れたお茶は旨いもんだ。そんくらいのことは分かってくれないかねえ……」

 そう言うと嵯峨は渋い顔をして茶碗を机に置いた。

「俺は各方面に神前の『素質』を、あることないこと織り交ぜてバラまいているのに、それを信じて動く『馬鹿』が結構いる。しかも、そいつらは日常的にはオカルトとかとは無縁な連中だ。なんだってそんなこと信じて動くのかわからんなあ……」

 そんな『情報通の脳ピンク』はエロ本の山から、『甲武国』銘菓の入った箱を引っ張り出す。

「『地球人』はマジで俺達『遼州人』は『魔法使い』とか『超能力者』だと信じてるのかな?『中佐殿』。お得意の何とかいう『魔法のステッキ』で宇宙の平和のためにも地球の連中を滅ぼしちゃってよ。できそうじゃん、お前さんなら」

 そう言う嵯峨の顔が真顔なだけにランもたまらず吹き出しそうになった。

「まあお前さんの戸籍上の年齢は34歳だけど、どう見ても8歳女児だし。『地球人』からしたら、理解不能じゃん、俺もお前さんも見た目が若すぎて」

 『甲武・京八つ橋』と書かれた箱。

 それを開けた嵯峨はそう言って中の菓子を取り出し、口に運ぶ。

「アタシの『魔法のステッキ』、|白鞘《しらざや》『関の孫六』は地球製だ。作者の子孫を滅ぼしたら|祟《たた》られるだろ。」

 ランはあっさりそう言って嵯峨の提案を断った。

「『地球人』は『遼州星系』と関わって、遼州人の『特殊なゲリラ戦法』で『痛い目を見た』結果、遼州が独立したのは歴史的事実なんだけどさ。そん時、俺達、遼州人が使った『魔界ルール』は地球人と遼州人はお互いそんなことは『無かった』ってことで手打ちになってるんだからねえ……今更蒸し返されても迷惑なだけの話だよ」

 『八つ橋』を食いながら嵯峨はお茶を飲んだ。

「その点、遼州同盟の加盟国は『元地球人』の国も『遼州人』の国も『効率的』に俺の痛いところを突いてくるわ。困ったもんだ。『法術師』の軍事利用を禁止する法案の素案が俺の手元に届いちゃってね。遅かれ早かれオカルトが現実にすり替わるのを見越してるんだ……なかなかやってくれるよ」

 そう言うと嵯峨は隊長の巨大な机の上の一冊の冊子を取り出して二人の部下に示して見せた。

「……まあこっちも『法術の軍事利用』なんてするつもりはねえんだけどさ……でも動きにくくなるね……軍人としては。俺、一応、甲武国の陸軍に籍あるし」

 ランは目の前の『自分は四十六歳バツイチ』とひたすら主張する、自称する年齢より明らかに若い『駄目人間』の馬鹿行動を見守っていた。

 その表情は自分の上司の馬鹿さ加減にうんざりしているようなものだった。

「まあ踊った一部の地球の馬鹿の中に意外と神前の『素性』について正確に把握してる奴もいるみたいなんだよね。特にアメリカとか……あそこの軍は『法術師』の研究が進んでるからな……当然だよね。俺が戦争犯罪者として自由に研究の対象としておもちゃにできる実験動物として『身をもって』教えてやったんだから。知らない方がどうかしてる」

 嵯峨は口に2つ目の菓子をくわえたまま、二人の部下を『鋭い視線』で射抜いた。

「結局、アタシ等の『法術』は、いつオープンにするんだ?もうどこの国も緘口令(かんこうれい)がもうこれ以上効かないことくらい分かってきてると思うぞ。マスコミだってそんなに馬鹿じゃない」

 旨そうに菓子を食う『プライドゼロの男』を自称する嵯峨に呆れながらランはそう言った。

「神前の誘拐を企てた連中が出てくるぐらいだから……遠くはねえだろうな。まあ、俺と『偉大なる中佐殿』の年齢と見た目のギャップに……誰でも気づくわな、何かおかしいって」

『そんなのあんた等の免許証を見たら、誰でも気づくわ!』

 見た目が『若すぎる』上官二人のやり取りから取り残された、情報課課長の男性大尉は思った。

 『駄目中年を演じる演劇サークルの大学生』と『軍人のコスプレの小学校二年生』。誰が見ても今目の前に展開している光景はそのようにしか見えない。

「じゃあ、報告ありがとうね。俺も言いたいこと言ってすっきりしたから。これから決裁書のシャチハタ押すお仕事に入るんで」

 嵯峨はそう言うと立ち上がり、山と積まれた書類の箱に手を伸ばした。

「神前は今回の件で無茶をやらされてうちに愛想をつかしてうちを出ていくことになったとしても、立派な『営業成績第一主義の会社の体育会系営業マン』が務まるように鍛え上げてやんよ。アイツは危険物取扱免許のⅠ種も持ってるからな。化学品メーカーの営業くらいならすぐに務まるようにしてやる」

 自分よりはるかに長身の情報課課長を従えて、ランは隊長室を出ていく。

 そんな完全に誠の教育方針を『勘違い』した言葉を残して。

「なんだかなあ……まあ、食い扶持には困らねえみたいだから、それはそれで神前にとってはいいことかもしんないけどさ……危険物のⅠ種って……あれ理系の専門課程取らなきゃ取れないらしいから結構大変だって聞くよ……よく就職先決まらなかったもんだな。まあそれを邪魔した俺が言うことじゃないか……」

 嵯峨は他人事のようにそう言うと書類の束を脇に押しやって二人が入ってくる前に読んでいた通俗雑誌に手を伸ばしかけた手を止めて、再び書類の束を引き寄せて大きくため息をついた。


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