06th.22『秘密を知る者』
【実は嘘なんです】
「…………?」
【僕の裏に何か居るっていうの、嘘なんですよ】
「…………、お、おう」
それは巨女の発した問いに似合わぬ答え。
場違いな上にそれまでの自分のスタンスを崩すその二文に、巨女は混乱しながらも何とかそう返した。
【ちょっと色々纏めて教えようと思うので、少し待ってください】
「……解った」
巨女の了承を得て、トイレ男は長文を書き始める。
暫くの時を経て、トイレ男はちょっとした文章を巨女に見せた。
「……………………」
トイレ男が老人にトイレを押し付けられてからの全てが描かれた文章である。名義的だが茶男の組織に入った事もだ。勿論組織の事に就いては諸々有って話せない事もちゃんと盛り込んである。
巨女はそれを熟読した。時々考え込む素振りを見せながら、最後まで読み切る。その後は直ぐに思考に入った。
そして長考の末、徐ろに口を開く。
「……確かに、その方が辻褄は合う。君が何かの組織の走狗だとして、記憶喪失のフリをする理由は無いからな。だが、余りにも突飛過ぎる」
【貴方が部分的に記憶を欠落させられたのと似た様な物です】
「いや、それにすら私は懐疑的なのだが……」
トイレ男が、襲撃の後に前衛兵から聴いた情報を足掛かりに信用を得ようとするも、効果は薄かった。
【マエンダさんが■黒女や白女の能力をあれだけ信じているんです。貴方も僕を信じる気になれませんか?】
誤って『アーニ』と書きそうになったので塗り潰した。これも『組織の情報』に入るのかは微妙だったが、念の為だ。
「何だ宗教の勧誘か? 壷売りの勧誘手口の一つに『あの〇〇氏も信仰!!』という様な噂を流す物が有ったぞ」
「……………………」
確かに宗教っぽいな、とトイレ男は思った。
【宗教ではなく事実です】
「……まぁ、マエンダ氏があそこまで信じてるんだから、私も黒女や白女の異能を疑う積もりは無いよ」
私が使えたら大いに野望大成の役に立つのだが、と残念そうに息を吐く巨女であった。
「だが、それはそれとして君の話を信じるかは別だ。その老人って誰だい?」
【知りません。見た事無い人だったので、名前も知りません】
顔はバッチリと憶えているから、街中を歩き回って捜す事はできる。
でも、そうしても彼は見付からないだろうな、という変な確信が有った。
「幻の様に消えたらしいけど、彼も能力者なのか?」
【それも判りません。彼に就いての情報は容姿のみです】
「…………要注意人物だな……なら彼の事は後にして、そのトイレか」
巨女は小さく呟いた後、トイレ男が膝に抱えるトイレに視線を移す。
「『頭を打つけると時間が巻き戻る魔法のトイレ』だったか?」
「……………………(頷く)」
「信じられんな……試してみていいか?」
「……………………(首を横に振る)」
【戻るとはいえ記憶を無くすし、いつに戻るかも判らないのでお勧めしません】
「……そうだな、前回の事の前に戻ったら大変だ」
巨女は恐ろしい想像に肩を抱くジェスチャーをした。彼の話を信じる限り、トイレ男は記憶が無い中襲撃事件に立ち向かったのである。半ば強制的だったとはいえ、賞賛すべき行いである。
【それに、僕以外の人が使った事は無いので、僕以外の人が使っても頭が痛くなるだけの可能性も有ります】
「それもそうか。……だが老人はその能力を知った上で君にそれを渡したんだろう? 彼は使えるんじゃないか?」
【彼に就いては考えるだけ無駄な気がします】
「……それもそうだな」
老人がトイレを使えるとすると、誰でも使えるか、或いはトイレ男や彼を含む特定の人物のみが使えるか、或いは原則トイレ男のみだが、何か抜け道の様な物が有るか。可能性を絞れない。
「…………一旦、保留とさせてもらおう」
巨女はまた暫く考えて、そう結論した。
「考え得る中で最も辻褄が合うが、容易に信じるには馬鹿げた話だ。直感は正しいと言っているが、ここは慎重に行こうと思う」
「……………………(頷く)」
トイレ男はそれでもいいと思った。完全に否定される可能性も考慮した上で話したのだ、そうならなかっただけでも十分である。
それに、この話ができるからでもある。
【それと、今後僕が巻き戻って記憶を無くした時に、貴方には僕の補助を頼みたいんですよ】
「……それが私に秘密を話した理由か?」
「……………………(頷く)」
トイレ男は肯定した。
巨女にトイレの真実を話したのは彼女に嘘を吐きたくなかったというのが一番の理由だ。だが二番目にこんな打算的な理由も有る。
それは『トイレ男への協力』。トイレ男が巻き戻った直後、彼は記憶が無い。常識も一部欠けているから、どんな行動を起こすか判らない。それが何か大きな問題を引き起こしてしまう事も有るだろう。どうせやり直せばならなかった事になる、という考えもできるが、トイレ男はなるべくその思考に身を委ねたくはなかった。巻き戻る事へのハードルを下げるのが良い事だとはとても思えなかった。なので、巨女にはそんな事にならない様に手助けをしてもらいたいのである。
「それぐらいなら構わない」
巨女は深く考える事無く了承をした。
「だが、一つだけ訊かねばならない事が有る」
が、直後に剣呑な雰囲気を出しながらそんな事を言うものだから、トイレ男は覚えず体を硬くしてしまった。
「
【僕悪人違う】
慌てて書いたので少し可怪しく、汚い文章になったしまった。
「証拠は?」
「……………………」
【何を出せばいいんです?】
「さぁな?」
「……………………」
肩を竦められ、トイレ男は困った。
それを見て、巨女は急に笑い出す。
「?」
「いや、君は悪人じゃないよ。悪人なら私に補助なんて求めない。それに……あんな事を言いはしたが、実の所悪人ではないだろうなとは確信していたんだよ」
悪い奴とそうじゃない奴は雰囲気で大体見分けられる、と巨女。「…………」、なら何故問うた? とトイレ男は半目で睨む。
「まぁそんな怖い目をするな。勘も絶対じゃないからな、それで決め付ける様な事はしないというだけだ。さて、話は終わった。解散しよう」
巨女はそう言いながら立ち上がる。トイレ男も続く。
「あぁそれと、これは単なる疑問なんだが」
巨女は軽く雑談を振る積もりで訊く。
「そのトイレに不思議な力が有ると思っているのは知ってる。だが、それはそれとして君はそれが好きなのか? 不思議な力を抜きにしても持ち歩くのか?」
「……………………(頷く)」
【当然、当たり前じゃないですか。そもそもこのトイレは素晴らしき芸術的な価値を持っており、】
「あ、もういい」
トイレ男がその紙を巨女に押付けて二ページ目を書き始めたので、巨女はやんわり止めた。
そしてトイレ男の目がとても冗談を言っている様には見えなかったので、今後この話題を話すのは止めようと決めた。