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06th.21『義務貢献処分と彼女の問い』






 巨女曰く、義務貢献処分とは。

「衛兵に対し友好的か敵対的か今一よく判らない立場に居る奴が受ける処分だ。その名の通り、衛兵に対し或る程度の"貢献"をする事が義務として課される。貢献をして衛兵に利する間は特に何も無いが、やらなかった場合は直ぐに衛兵に敵対する存在として罰を課される」

 つまり『衛兵の為に働け! でないと犯罪者として処分するぞ!』という事らしい。

「マエンダ氏に説明させると印象がとても悪くなるので代わりに言わせてもらった」

「『衛兵の為に働け』と言う事の何が悪い?」

「おいおい、彼は一応は一般市民だぞ? 衛兵がそんな態度を執るのは明らかによくないだろう」

「……………………」

 確かに、トイレ男が新聞屋にでも情報を流せば大問題として取り上げられそうである。

【具体的には"貢献"って何をするんですか?】

「犯罪者の捕縛の協力、巡回、何かしらの作戦への参加……まぁ、本人の資質にも拠るが、大体は普通の衛兵がやる事をやらされると思ってもらって構わない」

 トイレ男の問いには巨女が答えた。

【頻度は?】

「必要な時に衛兵の方からあーしろこーしろと指示されるから、それに従えばいい。どうしても都合が悪い時は拒否できる」

 トイレ男は衛兵の人数が足りない時に使われる臨時の衛兵という様な印象を持った。にしてはこちら側の立場が低いが。

【解りました。こっちで何か言って変わる様な物でもないでしょうし】

「あぁ。早速だが命令だ」

 前衛兵がそう言うと、巨女が目に手を当てた。貢献の義務が有るとはいえ一応は一般市民であるトイレ男に『命令』なんて言葉を使ったのだから仕方無い。

「明後日は休みだな? その日の昼食時にここに顔を出せ。そこで最初の"貢献"の話をする」

 トイレ男は頷いておいた。その日は特に予定が無く都合が悪くないので拒否できないのだ。

「それと、これまでと同様監視は付ける。が、路地裏までには入らない。その代わり路地裏に入った時間や出てきた時間、入る頻度は厳密に管理させてもらう。いいな?」

「……………………」

 トイレ男は頷いた。そして一つ質問をする。

【前回の襲撃の実行者達に就いて、衛兵はどんなスタンスなんですか?】

 前衛兵が黒女を見逃した時から気になっていた事である。

「……………………」

「話しておいた方がいいと思うぞ?」

 前衛兵は考え込んだが、巨女のアドバイスを最もだと思ったのか口を開いた。

「背後の存在・規模・正体全てが不明だ。構成員の素性もな。今の所前回の件以外に目立った事もしてないから、厳重警戒という事になっている。迂闊に触れたらどうなるか判らない……周りには余り信じられていないが、正体不明の異能を使う奴らも居るからな。こちら……というか私個人としても関わりたくない」

「……………………」

 衛兵とは街の秩序を守る存在である。

 黒女達は前回の事件で明らかにその秩序を乱した。襲撃は序盤で終わったが、それでも一人(巨女)が記憶処理を受けたし、二〇名以上が傷は無いものの意識を奪われた。それに多くの市民が避難を強いられた。何かしらの法に抵触するのは間違い無い。

 にも関わらず、その犯人に対し、衛兵は静観を決め込んでいる。得体の知れない、少なくとも衛兵に喧嘩を売ろうと思える程の存在を前にヒヨっているのである。恐らく建前では『今の所市民への被害は無い』とか『下手に手を出して消耗すれば市民の平和を守る事ができなくなる』とく言っているのだろう。

「衛兵としては、そちらから彼らに就いての情報を訊くのが正しいのだろうがな。情報を漏らしたそちらが何かされるかも知れないし、知ってしまったこちらも只じゃ置かないかも知れない。それを考えるととても無理に訊き出そうとは思えない」

「……………………」

 まぁ、"約束"で禁じられており言えば一万回殴られて針を一〇〇〇本飲まされるので別に間違った判断ではない。そう言えばこれは誰が殴ったり飲ませたりするのだろう? 約束師(なこうど)だろうか。茶男だろうか。「…………」、好奇心が『試せ』と言うが、それをした場合の被害がシャレにならないので我慢する。

「では、こちらの話は終わりだ。私は退室するが、リーフィア氏から個人的な話が有るらしい」

「?」

 どうやら前衛兵だけでなく巨女からもお話が有るらしい。彼女が居る理由が不明だったが、漸く解った。

 前衛兵が部屋を出ると、巨女がソファを移動させてトイレ男の真向かいに来る。

「改めて自己紹介をしよう。リーフィア・モーヴ・エーだ。個人で衛兵の真似事をやっている」

【ツァーヴァス・ニフロス・アマリア。青果店で店員やってます】

 名乗られたので名乗り返す。

「あぁ、宜しく、ツァーヴァス氏。突然だが、少し私の事を喋らせてもらおう」

 巨女はつらつらと自分の信念に就いて話し始めた。

「私が衛兵の真似事なんてやってるのは、世界から悪を根絶する為だ。夢物語に思えるかも知れないし、実際そうに違い無いが、私はその夢物語を本気で達成する気で居る。今はその手始めとして、この街で悪を滅ぼす事を目標としている所だ。衛兵にならないのは、一つの街に縛り付けられたくないからだな」

「……………………」

 以前⸺トイレ男が最初に巨女に会った時、チンピラから助けられた時にも聴いた話である。が、それを話されたのはその周回だけであり、巨女視点ではまだトイレ男には話していない事なので、黙って聴く事とする。それに、彼女の信念は聴いていてどこか心地好かった。

「だから私は悪には容赦しない。ヒヨり屋の衛兵と違い、私には如何なる悪にも立ち向かう勇気と覚悟が在る。譬え異能の使い手や国家と相対する事になっても、私は諦めない。全て倒して、悪を滅ぼす」

「……………………」

 段々と話が見えてきた。

 前衛兵は流していたが、トイレ男には背後に何かしらの組織が付いているという設定である。トイレ男が別に何か市民や衛兵を害する動きをするでもなく寧ろ今の所は利する事しかしていないという事でこれまでは監視処分となっていた。が、巨女からしたらそうではない。トイレ男が善に居る人間か悪に居る人間か判らないのである。善に居るなら何もしないし、悪に居るなら譬え何に、それこそ白女や黒女と戦う事になろうと対処する……そういう事だろう。「…………」、トイレ男は、巨女の無惨な死体を思い出した。犯人と目される黒女。先ず彼女に勝てない限り、巨女の目的は叶わない⸺そして、残念ながら巨女が黒女に勝てるとは、とても思わなかった。確かに巨女はその圧倒的な肉体で以て敵を粉砕する事はできるだろう。だがしかし黒女は彼女の射程外から遠距離攻撃を放つ事ができるし、何より巨女の攻撃を無効化し兼ねない。次元が違うのである。覚悟は有っても、実力が伴っていなのである。その信念はとても崇高で限り無く尊い物なのだが、とても残念な事である。

 だが⸺とても崇高で限り無く尊い物に違いは無いので、それに対し嘘は吐きたくない。隠し事もしたくない。そう思った。

「だから、教えてくれ⸺君は、どっちだ? 私は、君を倒さなければならないのか? 或いは、そうしなくてもいいのか? 返答によっては、今ここで相手をする事も躊躇わない」

「……………………」

 その問いに、トイレ男は⸺

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