06th.20『衛兵に連行される』
丁度昼過ぎ、昼休憩間近の頃であった。
『呼び込み、してみる?』と女店主に誘われた黒女が店先で元気に叫び人々の微笑みを買っていた頃である。
「……………………」
数人の男達が団体で入店してきた。
いらっしゃいませー! と心の中で言いながら会釈をしようとしたトイレ男だったが……彼らの装いを見て動きが止まった。
彼らが皆一様に着ていたのは、緑色の制服⸺そう、衛兵の正装である。
「四日振りだな」
序でに言えば先頭に立っていたのは前衛兵である。
「突然だが、御同行を願おう」
前衛兵はトイレ男の方を見て言う。トイレ男はキョロキョロしてみたが、残念ながら前衛兵の視界にはトイレ男しか入っていない様だった。
「……………………」
トイレ男は冷や汗を流しながら、
【流石に店主に何も言わないで居なくなるのはマズいんで、彼女が戻ってくるまで待ってもらってていいですか?】
と書く。
「あぁ、解った」
物々しい雰囲気を醸し出していた前衛兵だが、外出中の女店主が戻るまで待つ事は了承してくれる様だ。
「だがその前に一つ」
少し心の準備ができそうだと安堵したトイレ男だったが、その言葉に再び身を固くする。
「彼女は?」
前衛兵が指差すのは、店頭で呼び込みをする黒女である。
【友人の娘です】
「嘘を吐け」
表向きの設定を述べるも一蹴される。
「……………………」
思い出せば、前衛兵は路地裏で黒女と一度遭遇しているのである。詰まり、彼女が詰所襲撃犯の一味であると知っているのである。
そう考えると、いきなり捕縛とかしない辺りこれでも柔らかい対応なのかも知れない。
トイレ男は事情を正直に話す事にした。
【例の奴らからの監視役です。向こうも僕を無視できなかったみたいで】
「そちらは奴らの仲間ではないのか?」
【まさかそんな】
流石に組織に入ったとはとても怖くて言えなかった。
「そうか。……彼女が暴れ出す事は?」
【無いと思いますよ。下手に手を出さない限り】
「そうか。解った」
その文を見て一応納得したのか、前衛兵は店の外に出た。そして入れ替わりに黒女が入ってくる。
「……今の、衛兵よね?」
「……………………(頷く)」
「何したの?」
【衛兵の要監視対象になってるってだけだよ】
そう言えば、今日は監視役の確認をしていなかった。これまで通りなら潰れ鼻だと思うが。
「……何したの?」
【お前が言うか】
そうこうしている内に女店主が帰ってきた。
「只今〜。ツァーヴァスくん、店の前に衛兵居たけど何か有ったの?」
【どうやら友人が事件に巻き込まれたらしくて、僕からも話を訊きたいそうです】
「はぁ……アーニちゃんの親?」
【違います。ちょっと詰所まで行かないといけないと思うんで、昼休憩いつもより長めに貰っていいですか?】
「あぁ、いいよ」
黒女と適当に話しながら考えていた嘘の理由を丁稚上げ、トイレ男は店を出た。
【もう大丈夫です】
「解った」
店の直ぐそこで立って待っていた前衛兵は直ぐに詰所の方へと向かう。その余りの早さにトイレ男は緩めていた速度を上げ直し、エプロンを脱いでいたのか店から出てきた黒女は慌ててトイレ男の背中を追った。
それを見たトイレ男は自分がエプロンを脱いでいなかった事を思い出し、その場で脱いで丸めて脇に抱えた。「…………」、鞄からトイレを取り出し、代わりにエプロンを詰め込む。そしてトイレを脇に抱えた。隣に居た衛兵が嫌そうな顔をした。
歩いていく内に詰所に着いた。いつかみたいに入口が封鎖されていないのを見て何だか感慨に耽りたくなるトイレ男である。
その侭トイレ男と黒女は中に通される……かと思われたが、
「そちらにはここで待機していてもらおう」
「えー」
前衛兵が黒女を締め出そうとしていた。
「……………………」
まぁ、敵を自陣に入れたくないのは判るので何も言わないトイレ男であった。
トイレ男はポケットから小銭を幾つか取り出し、
【昼飯食ってこい】
「はーい!」
そんな紙面と共に渡すと黒女はダッシュで去っていった。
「……本当に監視役か? 監視役があれでいいのか?」
「……………………」
前衛兵の疑問には肩を竦めて答えておいた。
そしてトイレ男は建物内に通された。
その侭二階に連行され、懐かしい質素で殺風景な部屋に通される。
その部屋の中に居る人物を見て、トイレ男は軽く驚いた。
「やぁ」
なんとそこには巨女が居たのである。ムキムキマッチョの正義漢(女)の巨女である。彼女は一人掛けのソファに座っていた。
「……………………」
軽く手を上げて応えておいた。
後ろの衛兵に背中を小突かれたので、部屋内に入り、巨女の向かいに座る。
巨女の隣のソファに前衛兵が座り、彼が合図をすると他の衛兵達は敬礼の後退室した。どうやら彼は密談をお望みの様である。
「さて。君をここに呼んだのは言うまでもない……」
そんな最近聴いた様な台詞から前衛兵は話し始める。
「昨日、君に付けていた監視役の衛兵の記憶が一部抜け落ちていた。丁度、この前のリーフィア氏と同じ様な状況だ」
「……………………」
ですよねー! やっぱそうですよねー! ものすんごい奇遇ですね、僕もそう思ってたんですよー!
トイレ男は予想が当たった事を素直に喜んだ。この後はトイレ男にとって余りよくない話がされるだろうから先ずは喜んでおきたい。
「そこにさっきまでいた黒い女という情報を付け加えると、こちらとしては或る想像をしなければならないのだが……」
「……………………」
【多分それで合ってます】
トイレ男は前衛兵の思考内容を想像し、それで相違無かったのでそう書いた。
「そうか。そちらは昨日例の組織と接触し、それに加入したと」
「!? ! !!(強く首を振る)」
「む?」
どうやら予想とは違う想像をされていた様だ。というか真実である。が、そう思われると明らかにマズい(本当に仲間になったと思われる)のでトイレ男は慌てて否定し、紙に昨日のあらましを書く。
【昨日奴らと接触した所までは同じです。でも別に彼らの組織には入ってないですし、協力の約束もしてません】
「ではあの女は?」
【監視役を付けられただけです】
一部都合の悪い真実を隠蔽改変して伝える。『組織に入った』とでも言ってしまえば問答無用で敵認定され兼ねない。
「……では、もう接触はしないと考えても?」
「……………………」
【ちょくちょく顔を出せと言われました】
トイレ男はそう答えた。
「成程な。ではそちらを『義務貢献処分』とする」
「…………、?」
ぎむこうけんしょぶん? 何それ? とトイレ男は首を傾げる。部分部分は聴き憶えの有る言葉で構成されているが、全体としては記憶に存在しない。
「義務貢献処分とは、」
「それは私から説明させてもらおう。黙っているのも限界だ」
それまで大人しく前衛兵とトイレ男の問答を見聴きしていた巨女が前衛兵の言葉をやや強引に遮る。
どっちに説明されようと特に問題は無いので、トイレ男は頷いておいた。