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06th.19『新たなる監視』






「な、んでだ、よ」

 トイレ男は我慢できずに、口でも突っ込んだ。頭の中ではこの為だけに白女がボコられる。

「?」

「何でお、前がこ、こに居、るんだよ」

「? お父様に言われたからだけど」

 黒女は『それが何?』とでも言いた気に首を傾げた。

「……………………」

 トイレ男は茶男の顔を思い出した。

 そして少し考えて、『監視役』という結果に落ち着いた。

 要は、完全に目を離せる程は信用していないという事だ。黒女は『言われたから来ました』という様子なので、恐らく彼女に目的は告げていないのだろう。襲撃の時みたいに。

「……………………」

 そう言えば、何故茶男は白女以外に襲撃の真の理由を言わなかったのだろう?

 黒女達が黒いネックレスに無関心で見ても無反応だった事から、襲撃の狙いがアレであった事は知らない事は確定である。問題は何故茶男はその理由を実行犯である黒女達に教えなかったのかという事だ。

「……………………」

 考えても仕方無いし、今は仕事場に向かわないといけないので、考えるのは止めた。どうしても気になるなら茶男本人に訊けばいい。

「どうしたの? ボーッとしちゃって」

「……ぁ、あ、何で、も無い」

「そう。なら早く行きましょ」

 目的地は押さえてある、と黒女。「…………」、そっか、身辺隈無く洗われたからら、トイレ男が青果店勤務である事もバレているのだ。序でに言えば住所もバレてる。トイレ男は『個人情報を全て知られる』という事を改めて実感した。案外、とても怖い事なのだと思った。

 黒女の先導(?)で、二人は道を歩く。御近所さん達が、トイレ男を連行する見憶えの無い少女を見てヒソヒソと言う。

「(まぁ見てあの子。可愛らしいけど、誰なのかしら?)」
「(さぁねぇ。案外、攫ってきたとかじゃない?)」
「(オホホ、止めなさいよそんな。攫われてきたんならツァーヴァスさんをあんな風に連れ回す訳無いでしょ)」
「(じゃあ姪っ子とか?)」
「(有りそうね〜)」

「……………………」

 いや何の関係も無くありたかった闇の住人です。そう言えたらどんなによかった事か。言えば先ず間違い無くケジメ案件なので言わなかった。言えなかった。畜生。

 それから暫く歩いて、青果店に着いた。

「お、おはようツァーヴァス……くん?」

 女店主のオバさんはトイレ男を見付け、いつもの様に挨拶を……という所で、彼の前を歩く黒女をみて語尾を上げた。何というか、距離感が他人に見えなかったのである。

【■ 友人の娘です。色々有って暫く預る事になりました】

 トイレ男は、咄嗟に隣人達の会話を思い出し『姪』と答えようとした。だがしかし、このオバさんはトイレ男の両親を知っている。トイレ男の家族構成を知っている。そう、トイレ男が一人っ子である事を知っているのだ。トイレ男に兄弟姉妹の娘(めい)など居る筈も無いので、直ぐに嘘だとバレてしまう。なので、咄嗟に友人の娘だと答えた。

「へぇ〜。お名前は何て言うの?」

 どうやら塗り潰した所は普通に書き損じたと思ってくれたらしい。

 トイレ男は然り気無く紙面を黒女にも見える様に向けておいた。

「先ずアンタが誰よ」

「ははっ、こりゃ気の強い子だねぇ。将来はきっといいお嫁さんになるよ。アタシぁアトアさ。ここの果物屋の店主をやってる」

「そう。私はアーニ、ツァーヴァスのお目付役」

「はははっ! アーニちゃんは絶対いいお嫁さんになるよ」

 腰に手を当てて尊大な様子で自己紹介する黒女に、何が気に入ったのか豪快に笑う女店主。彼女は「ちょっと来な!」と黒女を引っ張って裏に入っていった。

「……………………」

 トイレ男はその背中を眺めて、店頭に誰も居ないのはマズいかと思ったので、裏で準備を整えるのは後にした。先にトイレをバッグに入れてカウンターに立っておく。

 客が来る前に二人は戻ってきた。

「どう? 似合うでしょ」

 黒女はエプロンを着せられていた。

「……………………」

 黒い装飾過多のワンピースの上に青いエプロンを着ている。果たしてこれは合っていると言えるのか? と思いつつ取り敢えず頷いておいた。

「今、少し間が空いたでしょ。考えたでしょ」

「……………………」

 え、バレるの?

「似合ってないならそう言いなさい」

「……y、」

【よく判らない】

 問い詰められて、口で答えそうになったのを、この場には女店主も居る事を思い出して慌てて紙に書いた。幸いにして女店主は気付かなかった様だ。

 その女店主は、『何で私の可愛さが判らない訳!?』と突然かつ理不尽にトイレ男の脛を蹴り付ける黒女を見ながら、

「アンタも着替えてきな。それで二人お揃いだよ」

 と言い、トイレ男を押し退ける様にしてカウンターに入ってくる。

「……………………」

 トイレ男は頷いて、裏に入った。

 諸々の準備を終えて戻ってくると、

「えーと、リッペが二つ、ソノンが三つ、ユユヌコが五つだから、二一が二つ、三五が三つ、五六が五つで……四二七?」

「正解! という訳でお客さん、四二七ノルン頂くよ」

「あいよ。可愛らしいね、いつの間に二人目なんて」

「あっはは、私のじゃなくてツァーヴァスくんのさ」

「彼結婚してたの!?」

「おっと間違えた。ツァーヴァスくんの友人の子だ」

「?? 友人じゃない、家族」

「「!?」」

「……………………」

 女店主は黒女を新たな店員として仕立てあげようとしているのだうか。そして黒女、別に茶男と家族になった積もりは無い。どうやら『友人の子』という設定は余り伝わっていなかった様なので、後で言い含めておかなければいけないだろう。

「おっとツァーヴァスくん、戻ったのか。さっき、アーニちゃんが気になる事を言ってたんだけど……」

【真に受けないでください。仲が好いだけです】

「あ、あぁ、そうだよね。ンじゃぁ私はちょっと出てくるから、店は頼んだよ」

 女店主は何を勘違いしていたのか、そそくさと店を出ていった。

「? 何言ってるの、お父様とツァーヴァスは家族でしょ?」

【家族になった憶えは無いし、それ言ってもいいのか?】

 店内にはまだ客が居るので、口ではなく紙で会話する。

「喋らないの?」

【喋ると疲れるからな。お前達と話す時以外は文字だ】

「何で私達の時だけ?」

【色々有るんだよ。それと、お前は俺の友人の娘って設定で通すから、憶えとけよ】

「何で普通にお姉様って言わないの?」

【お前の家族の定義が気になるが、年齢的に一般的な姉弟じゃないからだよ。無駄に疑われたくはないだろ?】

「掛かってくる奴は全員打ちのめせばいいじゃない」

「……………………」

 物騒だった。何よりそれができる力が彼女に実際に有ってしまうのも怖い。

 というか、彼女は何を以てトイレ男の事を『家族』と言っているのだろう? ……少し考えて、同じ組織に入っていたら『家族』であるという結論になった。ボスである茶男の事を『お父様』、白女の事を『白姉』『お姉様』と呼んでいる事からもそう思われる。確か黒男トリオは呼び捨てにていたから、彼女の中では弟扱いなのかも知れない。……という事はトイレ男も弟扱いなのか。年齢的には逆であるが、組織に入っている長さでいえば正しい扱いとも言える。「…………」、でもせめて弟じゃなくて後輩がよかったなぁ、と思わずには居られない。まぁ、黒女の年齢的に後輩という概念がよく理解できないのかも知れない。

 ……と、そこまで考えて、トイレ男は気が付いた。

 黒女達の組織って何?

 昨日は状況に流されて加入してしまったが、よくよく考えるとトイレ男はあの組織のシノギも、名前すらも知らない。一般には存在しない事になっている裏組織という事しか知らない。多分、茶男はまた『どうせこいつなら知ってるだろう』のノリで話さなかったのだろう。知らないのに。

 まぁ後で茶男に……はちょっとリスキーなので、黒女にでも訊いておこう。流石にこの場では訊けない。

「? 急に考え込んじゃってどうしたの?」

【何でも】

 何か最近は考える事が多いなぁ。そう感じて、元々考えるのがそんなに得意である積もりの無いトイレ男は溜息を吐いた。

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