06th.16『"約束"』
どうやら茶男は『コイツの事だから知ってるだろう』と思い込み、
「んぁんぁ、兄ちゃんでも知らん事有ったんやな!!」
「んじゃアンタさんだけ知らんのも
「……?」
「但し、絶対に破られへん」
破うたらバチが当たる、と
「……………………、?」
約束破りがバチ当たりなのは、何と無く解る。
が、茶男がここにそれだけの事を持ってくるのか? また、只の約束を交わす為だけにこの男を呼んだのか? ちょっと色々判らない。解らない。
「んぁんぁ〜、兄ちゃんよぅ解ってなさそーな顔やなぁ」
「……もう少、し説、明してくれ」
「おぅ解た解た。もう少、し説、明したるわ」
「……………………」
トイレ男の言葉が途切れ途切れなのをイジってくる
「ワテの"約束"はやる事その物は普通の約束と違い有らへん。破らへん限りは只の約束や。しかし、一度でも破ぶいたら……」
「…………あぁ」
何と無く解って……否、判ってきた。
詰まる所、この男は常識外⸺黒女や白女の様な、そういう奴らと同じ所に分類できる存在なのだろう。そしてその能力の内容は『
「……だとし、たら『約束』っつ、うと何か軽い、な。何かこう、『契約』と、か『誓約』とか、そ、ういうのの方がお似、合いじゃねぇの?」
「んぁんぁ、ンなん要らん要らん。大仰な言葉で飾た所で結局は只の約束や。口約束や。罰が有るから言うて書面に何か書く訳でも無しに、ンな大袈裟な言葉要らんわ」
ワテも『
「…………そうか」
何だか釈然としないトイレ男であった。
「んぁんぁ、早くやりましょ。ジエクラはんもえぇか?」
「……あぁ」
隣でずっと二人の会話を黙って聴いていた茶男はそう頷いた。
「うにゃ、先にジエクラはんから内容を言ってもらおか」
「解った。こちらの要望は『俺、俺の組織、そしてそのメンバーに手を出さない』『組織の情報を漏らさない』『俺の組織に入る』『内容を曲解しない』だ」
「んぁー、了解や。ツァー・ヴァスはんはこれに何か疑問有るかー?」
「……大有、りだ」
トイレ男は非常に困惑した表情で言った。
最初の『手を出すな』、次の『情報漏洩禁止』は、解る。だが続く『組織に入れ』は理解できない。最後の『曲解するな』は、何だか解るような解らないような、あやふやな感じである。
「んぉ、大有、りなんか。ほな何でも質問してなー、ジエクラはんに。ワテ聴かれても何も判らんがなー」
「……………………」
茶男は黙ってトイレ男の方を見ていた。何だか腹の裏を探ろうとする様な視線でゾッとする。
「……何、で俺がお、前の傘、下に入る必、要が有る?」
それを押し込めて、トイレ男は問うた。
組織に入る、それはそのボス(?)である茶男に従うという事である。今の所、トイレ男にはそんな積もりは無かった。……命の危機が迫れば別であるが。
「別に貴様を従えようという積もりは無い」
茶男は誤解だとでも言わんばかりに手をヒラヒラ振る。
「組織に入るのは名目上だ。別に俺の命令や組織のルールを無理に守る必要は無い……できるだけ守って欲しいが、強制はしないさ」
「……どうし、てそん、な事を?」
どうやら別に組織に入っても茶男の忠実なる下僕にはならなくてよいらしい。
が、それならそれで目的が気になる。
茶男は、
「部下達が貴様の事を不思議に、怪しく思っているからな。体面だけでも貴様を従えたという事にして安心させてやりたい」
「ジエクラはん?」
「……貴様という不確定因子から目を話したくない。できるだけ目の届く所に置いておきたいんだ」
と、表面上の理由を述べたが、
「……………………」
だからと言って自分の組織に入れるまでするのか?
トイレ男は考えてみた。自分の近くに、どういう訳か自分の事をよく知っている、自分に害を及ぼすかも判らない存在が現れたとする。彼は基本的に自分の意思では動かず、背後に居る何者かの命令で動くとする。トイレ男はこの場合どう対処するだろう? 「…………」、遠ざけ……たくはなるが、それだといつ襲われるか判らない。だが、近くに居れば、襲われる予兆ぐらいは判るかも知れない。「…………」、こういう事か? 取り敢えずそう納得する事にした。
「……それは解、った。じ、ゃあ曲解す、んなってのは?」
「それはワテから説明しよか」
「……………………」
貴方、さっき『ワテに訊かれても判らんがなー』とか言ってませんでした? という疑問は飲み込んだ。
「"約束"破いたらバチが当たるんは言うた思うけど、"約束"破いたかどうかの判定てどうやって出ると思う?」
「…………、相手が破、られた、と思、ったとか」
「んぁんぁ、それもえぇんやけどなぁ。正解は『自分が破いたと思たら』や」
残念賞、いぇーい! と
「やからのー、自分が『俺は破いてない、俺は"約束"をちゃんと守っとる』思うとる限りバチは発動せーへんのやー。そしたらどーなってまるか言うたらな、"約束"の内容を曲解に曲解してもう何してもバチが当たらん、無敵な奴が出てきよるんや。それを防ぐにはもう曲解のしようが無い程にガチガチに内容固めるんもいいけど、めんどいからなー。こうして曲解する事を禁止する事で楽に曲解を防ぐんや」
「……成、程」
何とか内容を曲解しようにも、『曲解しない』の条項に抵触しアウト。『曲解しない』を曲解して回避しようにも、その時点で曲解しているのでアウト。そういう事だろう。
「他に質問有るかー?」
「……いや、無い」
「そかー。んじゃツァー・ヴァスはんの方からも何か言ってーなー。この侭やと一方的に条件押し付けられた侭やけんのー」
トイレ男の方からも条件を出せるらしい。それに因っては、茶男を従えたり白女や黒女にアレコレ言ったりできる様になるかも知れない。
「……………………」
いや、流石に過度な事を要求すれば拒否されたり向こうからも追加の条件が出されるだろうが。
トイレ男は少し考えて、
「……俺か、らの条件も三、つだ。一、『俺と、俺の周、囲に手を出さな、い』。二、『人殺、しやそれに準、ずる事をや、らない』。三、『曲解しな、い』だ」
「……………………」
「ほぉ?」
トイレ男の発言に目を細めたのが茶男で、興味深そうな声を上げたのが
「ワテから訊いてええか?」
「……どうぞ」
「『知り合い襲うな』はまぁ解るんやけど、『人殺すな』は何でや?」
やっぱり訊かれた。
「……………………」
トイレ男はどう答えたものか、と黙った。
トイレ男は前回の件で、巨女が殺されたのを見た。前衛兵が死んだという話も聴いた。どちらも、確証こそ無いものの、襲撃犯⸺黒女や白女達が、目の前に居る茶男の命令で殺したのだろうという事は明らかである。彼らは少なくとも命令されれば平気で人殺しをする、そういう連中だ。ヒラの衛兵は殺している様子が無かったが、それも必要と有れば殺すだろう。
彼に何でも言う事を聴かせられると聴いて、真っ先に思い付いたのがこれだった。バックに巨大闇組織が居るという設定と矛盾しそうだという懸念も有ったが、ここは賭けに出る事にしたのだ。
それはそれとして、そんな本音を口に出す訳にも行かないので表面上の理由、建前が居る。
結局、
「……殺人の禁、止に理由が要、るか?」
と苦し紛れに言った。
「んぁ〜、そら道理やなぁ。ジエクラはんはどうや?」
しかし
一方の本丸たる茶男は、
「……あぁ、解った」
と意外にも了承を見せた。意外過ぎて目が点になった気がしたので慌てて欠伸をして誤魔化した。……誤魔化せただろうか?
「だが、全く禁止するというのは止めて欲しい」
そんな事を気にしていたら、放たれたその言葉に思わず欠伸の途中で手を止めた。