第51話
「いや無理っしょー」アカギツネが明るくなって来た空を仰いで、ここここ、と笑った。「ディンゴさんには牛は喰えないっすよー」
「馬鹿にするな、喰えるわ」ディンゴはじたばたと大地を踏みしめた。
「無理っしょー」アカギツネはなおも指摘する。「ディンゴさんに喰えるのはー、せいぜいニワトリっしょー」
「うるさい」ディンゴは激しく首を振った。「喰えるわ、牛くらい」
「嘘っしょー」
「あ、あの」レイヴンは二頭から離れた所でおずおずと声をかけた。「もし迷惑でなければだけど、この先、すぐに噛みつこうとするアカギツネに出くわさないとも限らないので、その、同行をお願いすることはできないかな?」
言い争いをしていたディンゴとアカギツネは揃ってレイヴンを見た。
「ああ、いいだろう」ディンゴが頷き、
「いっすよー」アカギツネが軽く頷く。
「貴様が来るな」ディンゴが怒鳴り、
「ぼくしか必要ないっしょー」アカギツネが肩をすくめる。
「ウィルスポーターの癖に何故ついて来るんだ」ディンゴがいきり立ち、
「いやディンゴさん来たってー、噛まれて終わりっしょー」アカギツネが首を振る。
「噛まれ」ディンゴはそこまで叫んだがぴたりと止まった。
しんと静かになった。
「ねー」アカギツネは小首を傾げて勝利宣言をした。「ぼくなら噛まれてもー、まあ平気だしー」
「あ、じゃあ」レイヴンははらはらし通しだったが不意に思い立ったアイデアで場を治められるかも知れないと必死で提言した。「ディンゴさんには同行以外の、さらに重要なお願い事をしてもよいでしょうか」
「む」ディンゴは大急ぎで反応した。「何だ」
「はい、あの、ぼくたちが捜している仲間の動物の情報を、ぜひとも在来種の皆さんに伝えていただきたいんです。マルティコラスという、翼を持つ大型の動物で」
「あー」アカギツネの方がいち早く反応した。「レッパン部隊からなんか流れて来てたっすよー。インドの方に向かってるってー」
「イン」レイヴンはそこまで返事したがぴたりと止まった。
しんと静かになった。
「うちの種族ー、この大陸のほぼ全域に棲息してるからー、そういった外部からの情報もー、ちょっ速でつたわってくるんすよー」アカギツネはご機嫌な様相で説明した。「たぶんもう皆知ってるっすよー」それからディンゴの方を見る。「ディンゴさん以外はー」ここここ、と笑う。
「きっさっまああっ!」ディンゴは自制心を完全に失い、怒鳴ると同時にアカギツネに飛びかかった。
「おっとー、噛まないでくださいよー」アカギツネはぴょんと飛び退る。
なるほど。
レイヴンは、オーストラリアツバメから、ディンゴがアカギツネを嫌っている理由について教示を受けたが、本当の理由はそれとはまたべつのところにあるのかも知れないと思った。
そして同時に、アカギツネが、ディンゴから嫌われるような言動を取ってしまう理由というものも、少し解った気がした。
「じゃあディンゴさんはさ」突然オリュクスが発言した。「ぼくの見張りをしてよ」
「ん」ディンゴがオリュクスを見、
「え?」レイヴンがオリュクスを見、
「見張りー?」アカギツネが訊いた。
「ああ、そうだな」コスが頷き、
「それがいいね」キオスが笑う。
「ぼくがレイヴンから離れて一人で勝手に遠くへ行かないように、隣で一緒に走って行ってくれたら、レイヴンも安心して休めるんじゃない?」オリュクスはわくわくと体を揺らしながら希望を述べた。「お願いしまあす」
なるほど。
レイヴンは我知らず頷いていた。重要といえばそれに勝る重要な『お願い事』はないだろう。
さてそして。
レイヴンは、改めて大きく大気を吸った。「インド、か」
「北へ向かうっすかー」アカギツネが訊く。
レイヴンは頷いた。
かくして、モサヒーから「気をつけろ」と忠告されたまさにその動物に『警護』を頼みつつ、そして本来『警護』してもらおうと思っていたその動物には『保護』を──いや、これもある意味では『警護』といえるのか──頼みつつ、実にあっさりと判明したマルティコラスの行方を目指す旅が、改めて開始されたのだった。