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第48話 予定された望まない殺人者による『殺人』

 次の日の朝、誠がいつもの時間に着替えを済ませて機動部隊詰め所に入ると、かなめがランの机の前で腕組みをしている後姿が目に飛び込んできた。

「おはようございま……す?」

 少しその様子を気にしながら誠が席に着く。

 かなめはランの副隊長室の大きな机の前で難しい表情で、とぼけた調子のランをにらみ付けていた。

 すでにカウラはいつも通り端末に何かを打ち込んでいた。

「カウラさん。なんかあったんですか?」

 誠はにらみ合って黙り込んでいるランとかなめを見ながらカウラに尋ねた。

「なんでも今回の演習から貴様を外せと西園寺が言い出したらしい」

 手も止めず表情も変えずに、カウラはそう答えた。

「僕を外す……下手だからですか?」

 カウラの意外な言葉に誠は戸惑った。

「それもあるが……西園寺の奴、何か知ってるんだろ?アイツは甲武国陸軍からの出向者だ。甲武国の事情については私やクバルカ中佐より詳しいはずだ……それと、たぶん……まあ、それは聞かぬが花か」

「なんです?それ?」

 相変わらず画面から視線を外さずにカウラはそう答えた。

 その言いよどんだ言葉の意味が理解できずに、誠は立ったまま言い争うランとかなめに目をやった。

「……あそこにはヤバい連中が多いって言ってんだろ?今回はやめといた方が良い!叔父貴のことだ。あそこを選んだのは明らかに戦闘が起こるのを知っててのことだ。戦闘になれば神前も出撃することになる。神前はまだ人を殺せるようにはなってねえ……いくら『素質』があってもだ!」

 珍しく真剣な表情でかなめはそう言い切った。

「分かってるよ。それに今回の演習の話だが隊長から上に上申したわけじゃねえ。上からの指定なんだ。あそこで演習をしろってのは。それにわざわざそこに神前が参加するようにと『指名』が入ってるんだ……分かるだろ?いつかバレるの!神前の『素質』なんざ!アタシや隊長にも立場があんだ。察しろ」

 昨日聞いた話の通り、今回の演習は相当にヤバいものだ。それだけは誠にも分かった。

「……おい、神前」

 かなめの強情ぶりに飽き飽きしたというようにランが誠に声をかけてきた。

「用ですか?」

 誠が立ち上がるとかなめが明らかに不服そうな顔をして自分の席に戻っていった。

 ランに呼ばれるがままに誠は彼女の機動部隊長の大きな机の前に立った。

「昨日……聞いたらしいな……アメリアの奴、口が軽くていけねーや」

 ランの机にはいつも通り将棋盤が置いてあった。

「聞きましたけど……なんでも甲武で反乱を企てそうな人が飛ばされる先が演習場なんですよね。確かに遼州同盟の仮想敵であるアメリカ軍の基地に異様に近いのが気になりましたけど……それ以外に何か問題でもあるんですか?」

「まーな。場所が場所なのは演習要綱にあるとーりだ。アメリアがどんだけオメーを煽ったか知らねーが、あそこに居るのはクーデターを『企てそうな人』であって『企てている人』じゃねーんだ。この違いが分かるか?」

 禅問答のような問いに理系脳の誠は首をかしげた。

「つまりだ。クーデターが起きそうな兆候はまだねーんだ。だから、あの近藤とか言う野郎も……」

「近藤!」

 かなめが叫び声をあげたときにランは明らかに自分が余計な言葉を漏らしたことに気づいた。

「アイツはヤバいなんてもんじゃねえぞ……甲武の軍の裏金の|捻出《ねんしゅつ》を担当している『影の金庫番』って呼ばれてる男だ……アタシもアイツの麾下(きか)で動いたことがあるから分かるんだ。アイツはヤバい。生ぬるい手段を選ぶような男じゃない。敵対非正規部隊の壊滅作戦、無関係な民間人の略取作戦、とどめは警察幹部の暗殺だ。そのすべてを実行してきたアタシが言ってるんだから、間違いねえ。アイツのヤバさは普通の軍人さんのそれじゃねえんだ」

「裏金?何のために軍が裏金を?」

 誠はかなめの言葉が理解できずに、ただならぬ雰囲気をたたえて立ち上がった彼女に目をやった。

「神前よ。戦争はな、きれいごとばかりじゃねーんだ。存在していないはずの施設が突然中立地帯に立ってたり、いるはずの無い輸送艦が物資を運んでたりする……そんな『秘密』を自軍にも悟られないために各国政府は『裏金』をねん出しようとするんだ。大体が非合法的な手段でその裏金は捻出される」

 ちっちゃなランからそんな戦争の裏事情を知らされる誠だが、今1つピンとこなかった。

「まあ、近藤の旦那は『白い粉』と遼帝国の豊富な『金』を中立の東和に売りつけるルートを開発した『賢い軍人様』だからな……今はその金がどこでどう回ってるかはアタシも知らねえがな」

 かなめは吐き捨てるようにそう言ってランをにらみつけた。

「白い粉って……『薬物』ですか……それに『金』の密輸って……確かにあそこの金鉱山は良質で知られてますけど『金』の輸出には、厳しい統制が敷かれているはずですよね?」

 かなめの言葉に誠はようやくことの重大性に気づいた。

「国際法で禁止されてるはずか?……なんで『武装して警察官より強い』兵隊さんがそんな貧弱な武装の民間警察が守っているルールを守るんだ?戦争にルールなんてねえんだよ……勝った方がルールを作り敗者を裁く……勝敗が決まらなきゃそれが永遠に続くわけだ」

 静かに椅子に座るとかなめはそう言ってたれ目で誠を見つめた。

「裏金のルートを握っていて……しかも今の政府に反抗的な指揮官のいる演習地……」

 誠は自分が汚れた世界に生きているという自覚を生まれて初めて持つことになった。

 ランの説得をあきらめたように、かなめはそのまま自分の席に置かれたホルスターを手に取るとそのまま詰め所を出て行った。

「そんな裏金作りのプロが消えてくれればいいと考える人間もいる……そう言うことなんだろ。今回は甲武国の現在の主力シュツルム・パンツァーである『火龍』対策の対230|粍《みり》砲の回避プログラムが更新されたが、それも定時のシステム更新のタイミングだ。なにもおかしなことは無い」

 カウラはそれだけ言うと再び目の前の端末のタイピングの速度を上げた。

 明らかに動揺しているかなめに比べて、彼女の様子にいつもと変わるところは誠には見えなかった。

「そんなもんですか……」

 落ち着いたカウラの態度に流されるように誠もそれだけ言うとただ電話の子機だけが置かれた机に座り込んだ。

 この演習は演習で済むわけがない。

 その事実だけは誠にも理解できた。

 その割には落ち着いたカウラの態度が何も起きないのではないかと言うような気分にもなった。

 それでは自分無しにこの演習は成り立つのか?

 この前、隊を逃げ出した時の事を思い出して誠はそんなことを考えていた。

 それにしては誠の専用機である『05式乙型』の搬入のタイミングが良すぎることは鈍い誠にもそのおかしさを理解できた。

 この演習は『特殊な部隊』とこの世界が自分に与えた最初の試練なのだと誠は誠なりに理解した。


 
「言っちゃったらしいねえ……第六艦隊の近藤を狩るのが今回の目的だって」

 司法局実働部隊隊長室の机で嵯峨は扇子で顔をあおぎながら目の前に立つランにそう言った。

 そのあおぎ方や言った言葉と反比較してその表情は涼しいモノだった。

「遅かれ早かれ口の軽いアメリア経由で伝わる話だ。問題ねーだろ?」

 ちっちゃなランはそう言って目の前のやる気のなさそうな嵯峨をにらみつけた。

「それはそうなんだけどさあ……せっかく神前がうちに居つくって決めたところじゃん。このまま戦闘が予定されてます、人を殺すかもしれません……なんてことになったら、またアイツ辞めると言い出すぞ」

 嵯峨はそう言うと扇子を閉じて上目遣いにランを見つめた。

「『殺すかもしれません』じゃねえか。『殺させる予定』なんだもんな」

 嵯峨はそう言うと薄気味の悪い笑みを浮かべた。

「悪い顔してんぜ、隊長」

 そんなランの指摘に嵯峨はすぐにいつもの『駄目人間』の表情に戻った。

「かもな……」

 嵯峨はそう言うと頭を掻きつつ机の上のタバコに手を伸ばした。

「俺は思うんだよ……俺は正しいのかなってな」

 タバコに火をつけて一呼吸した後、嵯峨はそう言って天井を眺めた。

「今回は無かったとしても、うちにいる限り神前はいずれ『人殺し』になるんだ……いくら『廃帝』の歪んだ望みを止めるためとはいえ……それは良いことなのか?アイツは軍人向きじゃねえのは百も承知。でもあの力は……欲しいねえ……喉から手が出るくらい」

 嵯峨は、自分自身に言い聞かせるように、つぶやいた。

「アタシが言えた話じゃねーが……隊長、アンタは正しいと思うぞ。アイツはうちに引っ張らなければいずれ勝手に『覚醒』する。そーなれば地球圏の連中が何を企てるか分かんねーかんな」

 お子様にしか見えないランがまるで自分より小さな子供をあやすような調子でそう言った。

「それは分かってんだよ……でもその方が良いかもしれないと思うんだよね。そうなればアイツは少なくとも『無罪』だ。人は殺さずに済む。たぶんその時点でアイツの覚醒を望まない誰かに逆に殺されるだろうけどな。これまで俺は間違いばかりしてきたからな……ここに来てかなり迷ってんだよ」

 そう言うと嵯峨はまだ一口しか吸っていないタバコを缶コーヒーの空き缶に落とした。

「何言うんだよ。あの時も……遼南内戦で『人殺しの機械』に成り果ててどうしようもなくなったアタシを止めてくれたのはアンタじゃねーか!」

 はっきりとした強い口調でランが叫んだ。

 その口調に嵯峨はタバコに伸ばそうとしていた右手を止めた。

「いや、お前さんはいずれ止まったよ……『遼南内戦』……遼南共和軍の狂気はその中枢にいたお前さんが一番よくわかってたじゃないの。それに、お前さんを止めたのは俺じゃないよ。遼州の『女神』が止めたんだ。俺は『最弱の法術師』だからな……『人類最強』のお前さんの敵じゃねえよ」

 そう言うと嵯峨は視線を窓の外に向けた。

 真夏のうだるような暑さを想像してか、再び嵯峨の手の扇子が動き始める。

「ああ、その『女神』が言ってたよ……『廃帝を止めるには私が出た方が?良いか』って」

 ランは笑顔を浮かべて後姿をさらしている嵯峨にそう言った。

「力の限界の知れた『人間』同士の無益な争いに無縁な『女神様』を巻き込むわけにはいかねえだろ?……ああ、お前さんを倒すときには御出馬願ったな……でも……」

 再び視線をランに戻した嵯峨の表情に迷いが浮かんでいることをランは見逃さなかった。

「隊長、迷うんじゃねーよ。もう事態は動き出したんだ。『廃帝』は倒す!『ビッグブラザー』とその信者には御退場願う!そのためのこの部隊じゃねーか!」

 力を込めたランの叫びに嵯峨もようやく目が覚めたように真剣な表情を浮かべた。

 そんな嵯峨を見て安心したのか、ランの幼い顔が笑顔になった。

「それにだ、アタシの前ではいいが、他の連中には、アンタが迷ってるってことを悟られるなよ……勝てる|戦《いくさ》も勝てなくなる。」

 ランのまるで年長者のような言葉を聞きながら嵯峨は扇子で額を叩きながらしばらく考えを巡らせた。

「そうだな……泣き言はこれで最後にするよ。それとだ、神前には敵を撃って涙を流さねえ『クズ』にはなって欲しくねえな。お前さんみたいに敵に涙を流せる立派な戦士になって欲しいもんだ」

 そこまで言うと嵯峨は静かにタバコの箱に手を伸ばした。

「アタシは立派じゃねーよ。ただ『(じょう)』のねー人間が嫌いなだけだ」

 
挿絵


 ランはそう言って嵯峨に背を向けて隊長室を出て行った。

「人の上に立つってのは……疲れるもんだ……辞めたいのは神前じゃなくて俺の方だよ」

 タバコに火をともしながら嵯峨はそう言ってランの消えた隊長室の扉を見つめていた。


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