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第5話 事件関係者たちがみんなで叙述トリックを完成させようとしててつらい

 ここにいる皆さんはよく知ってると思うんですけど、ミステリーって色んなパターンありますよね?

 叙述トリックってあるじゃないですか。読者にサプライズを仕掛けるっていう、あれです。読んでる側としてはガチッとハマるとびっくりして名作っていわれる作品もたくさんあるんですよね。

 でもね、ちょっと考えてみてくださいよ。自分がその現場にいたとしたら? 叙述トリックなんて現場にいたらはっきり言ってモロバレなわけですよ。

 この前もいつもみたいに事件現場に居合わせたんですけど、マジでしんどかったんです……。


〜 〜 〜


「|楓《かえで》!」

 みんなで鍵のかかったドアを破って、中で倒れてる赤毛の女の子──楓ちゃんを発見したわけなんです。楓ちゃんのお父さんたちと一緒に駆け寄ったんですけど、ぐったりしてんです。動かないの。死んでるわけです。

 楓ちゃんのお父さんが遺体のそばで悲しげな声を漏らしてます。こういう瞬間はさすがの私も何も言えなくなっちゃうよ。

 ついさっきこの部屋の中から小さな悲鳴が聞こえたんで、みんなで強引に入ったんですけど、私、この時に気づいたんですよ。ここ、密室だったよねって。だから、いつもの癖で部屋の中を見回して、天井付近の通気口が一部壊れて穴が空いてるのを見つけたわけなんです。

「これは……毒だ!」

 たまたま一緒にいた医者が声をあげてました。私、事件に出くわすことが多くて、わりと鋭い方だと思うんですよ。だから、ピンときちゃったわけなんです。

「あの、これって、あそこの通気口から毒ヘビが入り込んだんじゃないでしょうか」

 もう密室の謎も犯人も分かったと思うじゃないですか。

「これは……密室における毒殺だね」

 説明が遅れたんですけど、この現場にもイケメン系の探偵がなぜか居合わせていて、そいつが私の話を無視して、割って入ってきたんですよ。いや、もう私、真相に迫ったよね?

「密室……!」

 関係者たちが震えた声で応えるんですけど、私が2、3歩くらい先に進んでて理解できなかったのかな?

 イケメン探偵が深刻そうな顔して、さっき私が気づいた、ここが密室だよってポイントを懇切丁寧に説明してんです。私びっくりして、尺稼ぎでもしてんのかなって思いましたよね。ほら、事件って速攻で解決すると味気ないじゃないですか。世の中の事件の8割くらいは尺稼ぎされてますからね。

 ここで、なんで私がさっき毒ヘビなんて言ったかっていう理由を紹介したいんで、次の私のセリフを聞いてください。

「いや、あの、ほら、ちょっと前に近所の毒ヘビ博士のところからヘビが1匹盗まれたか逃げ出したかって話してましたよね。そいつが犯人ですよ」

 まあ、毒ヘビ博士ってなんだよって感じなんですけど、その人の研究施設が近くにあるって前提が示されてたわけです。伏線ってやつですね。

 それなのに、イケメン探偵はじめ、関係者のみんながうーんうーんって唸ってるんです。で、

「部屋の鍵は外からでは開かない……」
「窓も内側から施錠されてます!」
「人が通れる隙間もどこにもありません!」
「悲鳴が聞こえてから部屋に入るまで少しの時間しかなかった……」

 とか言って必死に難事件ですみたいな顔してんですよ。

「いや、だから、ヘビが──」

「これは迷宮入り確実な事件だ……!」

 イケメン探偵が私の声を掻き消すような大声でそう言うんです。いや、分かるんですよ? 自分が担当する事件がめっちゃ難しいって思い込みたいんですよね。でも、人の話はちゃんと聞こうや。


※ ※ ※


 しばらくして、新事実が明らかになります。毒ヘビ博士のところから消えた毒ヘビの名前が「|支倉《はせくら》さん」っていうらしい。なんでそんな名前つけたんだよって思ったら、その博士、カタカナの名前が覚えられないらしい。その脳みそでよく博士やれてるな。

「んーとね、あのね、たぶんね、支倉さんはね、薄暗いところに隠れてると思うんだよね」

 楓ちゃんが毒でやられてたっていうんで、急遽きてくれた毒ヘビ博士が毒ヘビを捜索して、部屋の通気口の中から1匹の毒ヘビを見つけ出しました。

 これで事件は解決……って思うじゃないですか。まあ、皆さんはこのエピソードのタイトルで分かってると思うんですけど、ここから現場の空気が一変したわけなんです。私、その瞬間がめっちゃ恐ろしかったよ。

 イケメン探偵がなにやら思いついたように言うんです。

「皆さん、僕の考えを聞いてください」

 やっと解決編かっていう私の淡い期待はすぐに打ち砕かれました。

「毒ヘビの名前は支倉さんです。毒ヘビを人間だと思わせられることができるんじゃないでしょうか?」

 皆さんも耳を疑ったことと思いますが、私は自分の正気すら疑いましたよ。意味が分かりませんでしたもん。恐る恐る訊いてみました。

「人間に思わせる……とは?」

「ああ、鈴木さんはこういうの初めてですか? 毒ヘビを人間と思わせておいて、最後に実は人間でした、という感じでネタバラシするんですよ」

「ええと、それは誰に向けてやるんですか?」

「ということなんで、鈴木さんもご協力を」

 なんかもう、そう言うイケメン探偵の目つきが7人くらい殺してそうな感じだったんで、これは深追いしちゃいけないなって思いましたね。っていうか、叙述トリックの現場の人たちってこんな感じの空気感でみんなで協力して読者に仕掛けてんのかなぁ? まあ、そうでもしないと、私みたいなのがいたら、速攻でバレるもんね……。


※ ※ ※


 捕まえた支倉さんは無事にケースの中に収まったんですけど、みんなが集まる場所の椅子の上に置かれてるんです。

 確かに、これなら、支倉さんは椅子の上で黙ってるっちゃ黙ってる。ヘビだってことを除けば、登場人物の一員ってわけです。あとは著者の腕で隠してもらえばいい……いやいや、納得しかけてたけど、著者ってなによ?

 イケメン探偵が推理の準備をする間、関係者のひとりが支倉さんの隣に来て、

「支倉さんはどう思うんですか? …………ふん、ノーコメントってことですか。まあ、いいですよ」

 とか言って、読者を騙すポイント作ろうとしてんです。いや、そんな現場で生まれましたみたいなアイディア要らねーのよ。そのクリエイティビティ他で使いなよ。っていうか、読者ってさっきからなんなんだよ。頭痛くなってきたわ……。

 イケメン探偵が情報の整理をしてるんですけど、いかにも支倉さんを人間に感じられる雰囲気に持ち込んでました。

「支倉さんは事件当時、毒ヘビ博士の研究所から外に出ていました……。つまり、アリバイはないわけです」

 ヘビだからね。すると、医者が難しい表情を浮かべてるんです。

「でも、現場は密室だった……。誰も出入りできなかったのだよ」

 この医者、さっきからイケメン探偵の肩持つ感じで積極的に場をかき乱してくるんですよね。絶対ヤブ医者だろ、こいつ。

 イケメン探偵が思わせぶりな顔でニヤリと笑います。たぶん、真相の核に迫るんでしょう。私が小1時間前に説明したけどな!

「──……通気口の一部が壊れていました。つまり、現場は完全には密室ではなかったということなんです!」

「だからなんだというのだ! そんな隙間があったとしても、我々の中には……」

 医者が白々しい感じでリアクションしています。この空気感、学生時代に演劇サークルでなんかやってたな、こいつ。初めてとは思えないよね。

 イケメン探偵が不敵に笑います。……マジでこの時間なんなの? 私たちは誰に向けてこの茶番繰り広げてんの?

「犯人が人間だといつ言いましたか?」

 関係者たちがハッと息を飲んでます。バカバカしいと思わないのかな? 私だったらちょっと笑っちゃう、絶対。

「鈴木さん、何か気になることでも?」

 いきなりイケメン探偵が話を振ってきやがった。一瞬……、ホントに一瞬だけぶち壊してやろうかと思ったけど、私って基本的には波風立てたくないタイプの人じゃないですか。普通に対応しましたよ。

「に、人間じゃないって、どういうことですか……?」

 ぎこちなかったかな? ってちょっと心配してしまった自分が情けない。なんでこんな茶番に緊張しなきゃいけないの。

「犯人は支倉さんです!」

「支倉さんが?!」

 もうね、白々しすぎて見てらんない。しかも、イケメン探偵がニヤッとするんです。

「支倉さん……僕の推理の前には手も足も出ないんじゃないですか?」

 いや、支倉さんがヘビだからって全然うまくねーから! なに思いついちゃってんだよ。この茶番にアドリブの肉づけなんていらないんだよ。

「この事件の犯人は通気口を出入りできる存在。犯人は支倉さん……つまり、ヘビ以外にはあり得ないんですよ!」

 ビシッと指をさす。カッコつけてんじゃないよ。

 で、まあ、事件は解決しましたよ。無駄に時間かけてね。

 イケメン探偵はちょっと清々しい表情してたし、関係者もみんな、なんか戦いを共に生き抜いたみたいな達成感を抱いて、「やりましたね」とか言い合ってるんです。え、私だけなんか冷めてて可愛くない女子みたいじゃん。疎外感がハンパない。

 っていうか、ホントに誰に向けてやってんだよ。ふざけてんなら最悪だよ。

 だって、犬が1匹死んでるんだよ!

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