第3話 元殺し屋っぽいおじさん、隠してるけどなんか語りたがっててうっすらバレてる
私、初めて入る店で飲むのが好きなんですよ。別に出会いを求めてるわけじゃないんですけど、初めて会う人とそこで話したりするとなぜかストレス発散になるんですよね。
で、先日もちょっと路地裏を入ったところにお店を見つけたんで飛び込みで行ってきたんです。
そこにマジで変なおじさんがいたんですよ。
〜 〜 〜
「あれ、お姉さん、初めて見る顔だね」
その店は立ち飲み屋だったんです。隣にいた白髪混じりのおじさんがコップの中の琥珀色の液体を揺らしながら声をかけてくれたわけなんです。
「飛び込みで飲み屋に入るのが好きなんですよ」
「まだ若いのに、いい趣味をしてる」
「いえいえ、そんな……。何を飲んでるんですか?」
私、この質問よくするんです。自分が飲まないお酒を飲んでる人がいたら、試しに飲んでみるんですよ。それがきっかけでアイラモルトを飲むようになったんですけどね。
「これ? これは烏龍茶」
「え? あ、もう酔いを醒ましてる感じですか?」
「いや、酔いすぎると手元が狂うからね」
「手元が……?」
「いや、なんでもないよ」
これを読んでる皆さんは、もうタイトルからこの人が元殺し屋っぽいおじさんだって分かってるじゃないですか。この時の私はまだそんなこと思いもよらなかったんですけど、もうここから始まってたってわけなんですよ、におわせが。
「お名前は?」
おじさんが尋ねてきたので鈴木だと名乗って、名前を聞き返したんです。
「わたしは、ブラックラビット──ああ、いや、いまはただの宇佐美か……」
「ええと、宇佐美さんですか?」
「ああ、こうして平穏な世界で名前を言えるというのは幸せなことだよ、鈴木さん」
「はあ……、まあ、そうですね」
この時点でかなり怪しいじゃないですか。しかも、この店、カウンターに向かって立つと、後ろに丸テーブルの席もあって、そこに他のお客さんがいるんですけど、おじさんの後ろを誰かが通るたびに、いちいち鋭い目でチラッとやるんですよ。背後に立たれるのを警戒してるんです。
ここら辺で、私はかなりの疑いを抱いてたんですけど、さすがに露骨すぎてそんなわけねーかって思ってたんです。あまりに露骨すぎて女子中学生かと思いましたもん。
「よく来られるんですか?」
「ああ、そうなんだよ。部屋に一人でいると、今まで奪った──……いや、別れを告げた人たちのことを思い出してしまうからね」
「ええと、ご家族はいるんですか?」
私がそう訊くと、めちゃくちゃ意味深に首から下がったロケットペンダントをぎゅっと握りしめるんです。絶対その中に女の人の写真が入ってて、何かしらに巻き込まれた結果、死に別れたっていう過去があるじゃん!
しかも、質問に答えないまま、静かにロケットペンダントにキスとかし出すから、めちゃくちゃ事情を聞かれたがってるようにしか見えないのよ!
私、こういう時、一回泳がすの好きなんです。いや、我ながら捻くれた性格してると思いますよ? でもね、相手の思うように事を運ばせたくないって対抗心も人並みに持ち合わせてるわけですよ。
「すいません、変なこと聞いちゃって。もう聞かないので、心配しないで──」
「わたしが足を洗うと決意しなければ……。ああ、いや、なんでもないんだよ」
めちゃめちゃその女の人の死んだ原因作ってるやん、この人。っていうか、まだロケットペンダントの中に写真があるって決まってないけど、十中八九あるやつじゃん、これ。
いまさらだけと、コードネームがブラックラビットってどういうセンスなんだよ? 宇佐美のウサからきてるだろ。なんでコードネームに本名の要素ぶち込んでるんだよ。バレるだろ。…………だから、死に別れたんだよ!
「あ、じゃあ、ここには夕食も兼ねて来てるんですね?」
「そうだね。ウチには調理器具どころか家具ひとつないからね」
「へー、なんか殺し屋みたいな生活してますね」
「そんなわけないさ。そんなわけ──ないさ」
めちゃくちゃそんなわけありそう。遠い目で烏龍茶飲んでもカッコよくないから!
しばらく、いちいち意味深なことを言ってくるしんどいおじさんとの会話を楽しんだんです。楽しんだってことで記憶を改竄しないことには、あのモヤモヤした時間が浮かばれないので、そういうことにしといて欲しいんで、そこは見逃してください。
「長々と話してしまったね」
「猿から人間に進化するよりは全然短かったですよ」
おじさんはおもむろに首からロケットペンダントを外して、私の前にそっと置いた。
「これを託すのに、あなたは相応しいと感じたよ」
「え、話聞いてただけなんですけど……」
「その慈しみ深い心がわたしを動かしたのだよ」
なんか勝手にストーリーが進んでるんですけど? 壁に向かって話してたら壁にこれを渡すのかよ?
「いや、でも、これは大切な物なんでしょう?」
「そのロケットの中の写真を外すと、裏にSDカードが隠されている。それがあれば──」
店の主人が大袈裟に咳払いをすると、おじさんは残った烏龍茶を飲み干して、足早に店を出て行ってしまいました。お願いだから全部説明してから行ってよ……。
店の主人が訳を知ってそうだったので、訊いてみました。
「あの、さっきのおじさんは……」
「あ? 誰かいたっけ?」
私、一瞬、おばけと話してたのかと思ったんですけど、おじさんが飲み干したコップは残ってるし、そもそも、ガヤガヤした飲み屋に出る陽キャおばけなんて聞いたことないので、そんなホラーに巻き込まれてる訳じゃないんですよ。店の主人がしらばっくれてるんです、絶対。
置いて帰るなよみたいに店の主人が見てくるんで、仕方なくロケットペンダントを掴んで店を出て、しばらく歩いてたんですけど、だんだんイライラしてきちゃったんですよね。
明らかにSDカードっていうのがやばそうな空気醸し出してる訳じゃないですか。しかも、殺し屋から足を洗って何かに追われてそうな雰囲気バンバン出してたし、あのジジイ。
絶対これ持って帰ったらめんどいことになると思ったんで、そばのドブにぶん投げて速攻で帰りましたけどね。