第1話 探偵が推理の進行を事前に打ち合わせしてきてネタバレ食らった
先日、私がいつものように事件に巻き込まれた時の話なんですけどね、山奥のホテルで殺人が起こって、犯人も誰なのか分からない状況だったんです。
現場には、ご都合主義的に探偵がいたんですけど、この人がめっちゃ変な人で……。
〜 〜 〜
「あの、事件解決する時の裏回しお願いしたいんですけど」
いや、一瞬、自分の耳を疑いました。真面目そうな人だなーとは思ってたんですけど、推理の打ち合わせすると思わないじゃないですか。
ちなみに、裏回しっていうのは、最近バラエティ番組でもよく聞くようになった役回りで、MCのサポート役みたいなものです。進行の潤滑油みたいな感じ。
まあ、当然疑問に思いますよね?
「ええと、なんで私が……」
「お姉さん犯人じゃないんで」
知らないうちに容疑者候補から外れてたみたいです。こんな面倒になるなら容疑者のままでよかったんですけど。
「まず、僕がみんなをラウンジに集めるんで、『急にみんなを集めてどうしたんですか?』って訊いてください」
あの役目って指名制だったの……?
「誰よりも先にそういうこと言う人がたまにいるんで、なるべく先制してください」
最初からめっちゃ難しいこと言うじゃん、この人……。っていうか、私まだ承諾してないんですけど。
※ ※ ※
しぶしぶ打ち合わせしてたんですけど、探偵が急に言うんです。
「そうしたら、ここで僕が『犯人は佐々木さんだ』って言うので、驚いたっていうリアクションを──」
「えっ、佐々木さん犯人なんですか!?」
ちょっと口は悪いけど、アリバイの関係で容疑者候補から外れてた人なんです。私、めっちゃびっくりしちゃって。でも、この探偵、チョー事務的なんですよ。
「あ、そうですそうです。なので、今みたいな感じのリアクションを──」
「それ本番に取っといて欲しかったんですけど。その時に今のリアクションしろって言われてももう無理ですって……」
探偵は台本に何か書き込みながら目も合わせてこないんです。っていうか、いつ台本作ってたんだよ。
で、思い出したんですけど、みんなでホテルの停電を直すのに汗水かいてた時、こいついなかったんですよ。
「あ、まあ、そこは相槌というか、反応があればいいんで、なんか声出してもらえれば先に進めるんで、正直細かい部分はどうでもいいですよ」
「いや、コール&レスポンスをフォーマット化しすぎですって……。最後に絶対アンコールやるアーティストみたいな感じになってますから。『アンコール!』っていうのが義務みたいになるとダレますよ」
「段取り大事なんでね」
「あの、意外な犯人の時にこれやんない方がいいと思いますよ。驚きがグシャグシャ〜ってなるんで」
「進行の方が大事なんでね」
ダメだこりゃ。
と思ってると、さらにおかしなこと言い出したんです、こいつ。
「で、今から佐々木さんとも打ち合わせするんですけど──」
「本人と打ち合わせすんの?!」
「はい。なので、一緒に来てもらえます?」
「私も行くの!?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、探偵が私を見つめてくるんですけど、絶対に私間違ってないよね?
「万が一、打ち合わせの時に襲われたら怖いじゃないですか」
「あ、そういう常識はあるんだ……」
※ ※ ※
まあ、ここまでくると、さすがに探偵の推理の信憑性も怪しくなってきたわけなんです。
世間の人たちは知らないと思うんですけど、こういうシチュエーションで探偵役の人が推理外すってわりとよくあることなんですよ。あれ、実際に起こるとめっちゃ気まずくなるんで、探偵役の有志の人はマジでちゃんとやった方がいいです。
それはともかく、佐々木さんの部屋に入れてもらうと、探偵が推理の打ち合わせを〜とか当たり前のように言い出すんで、佐々木さんも呆気に取られてました。
探偵が佐々木さんの戸惑いもシカトして打ち合わせを始めるもんだから、佐々木さんも言われるがままになっちゃってんの。実際のテレビマンもこういう感じなのかなぁ?
で、やっぱり、探偵が言うわけなんです。
「で、ここで犯人を指摘するんですけど、あなたの名前言うんで、なんか言い逃れしてください」
かなりの間が空いて、佐々木さんが苦笑いしてます。ぶん殴られなかっただけ探偵は感謝しろとかこの時は思ってましたね。
「いや、俺犯人じゃねえから……」
「あ、そう! そういうやつでお願いします!」
「そういうやつで、じゃなくて、俺じゃねーから。なんか証拠でもあるのかよ?」
「そうそう、いい感じです! で、ですね……」
「こいつどういう神経してんだ?」
佐々木さんは呆然として私に助けを求めてきました。
「私も分かんないです……」
めっちゃ帰りたかった。でも、土砂崩れでホテルからの道が寸断されてたんで、めっちゃイラついてました。探偵の後頭部に蹴りを入れなかった私を褒めてあげたい。
「で、ここで、僕がハシゴ使ったトリックの話をするんで、悔しそうな顔でなにか一言お願いします」
「いや、笑点の大喜利コーナーじゃないんだから……。っていうか、あのトリックバレてたのかよ?」
佐々木さんがうなだれるので、私はまたびっくりしちゃいました。ホントに佐々木さんが犯人だったなんて……。さっきまでのツッコミはどういう気持ちで入れてたんだ、この人?
どうしても信じられなかったのと、探偵が間違ってる気しかしなかったので、確認しちゃいますよね、そりゃあね。
「あの、やっぱり佐々木さんが犯人なんですか……?」
「……こういう形でバレたくなかったんだけどな。みんなの前で『お前が犯人だ』ってなるイメージしてたからな」
「あー、分かります」
すると、探偵が包丁を取り出してテーブルに置いたんです。
「推理がいい感じのところまで行ったら、この包丁をそこのお姉さんに突きつけていただけるとありがたいです」
なーに言ってんだ、こいつ?
さすがの佐々木さんもドン引きです。この人、殺人犯のはずなんですけどね。
「いや、そういうのは事前に決めてやるもんじゃねーだろ」
そういう問題じゃないんだけど。その時の気分次第ではあり得んの? でも、探偵に疑問があるみたいなので、私は佐々木さんを応援してた。がんばれ、殺人犯!
「でも、まあ、ずっと僕の話が続いてる想定なんで、この辺りでアクションパートをですね……」
「お前さぁ、こういうことやると無駄に怪我人出すことになるんだからさぁ……」
「僕が佐々木さんの気をそらせること言うんで、佐々木さんは僕が指差す方を向いてくださいね。そしたら、僕が包丁奪うんで、それで一件落着って感じで……」
「いまどきそんなんで騙されるピュアな奴なんかいねーだろ……」
探偵は納得がいかない様子。私たちはその100倍くらい納得いってないんですけど。
「うーん、でもなあ……」
佐々木さんが頭を抱えていました。もはや言い逃れできるかどうかじゃなくて事件の締め方に悩んでるみたいで、いつの間にか事件解決してた。
で、佐々木さんが私に訴えかけるんです。
「おい、こいつに任せておくのはなんか悔しいから、あんたの言う通りにするよ!」
「えっ、私ですか!?」
探偵が不満そうに立ち上がります。いや、こっちの方が1000倍不満なんですけど。
「ちょっと、打ち合わせ通りにいきましょうよ! もうすぐ解決編始まるんですから」
ところが、もうすでに佐々木さんに包丁を渡してたんで、それを突きつけられて動けなくなってるんです。アホなのかな、こいつ?
「おい、近づくんじゃねーぞ! 俺はこの姉ちゃんに促されて自首するってことにしたんだからな!」
犯人が探偵に包丁突きつけて自首するって言ってる……え、もうこれどういう状況?
「姉ちゃん、あんたの名前なんだっけ?」
「あ、鈴木です」
「よし、鈴木ちゃん、俺をラウンジに連れて行ってくれ!」
「ええ、私が……?」
めんどくさ、と思っただけで口に出さなかったんです。えらいでしょ?
佐々木さんが熱い眼差しで私を見るんです。
「じゃあ、鈴木ちゃん、俺をラウンジに連れて行ったら、『犯人を捕まえました!』と言ってくれ! そうしたら……おい、そこの探偵、お前が『佐々木さんは犯人じゃない!』と言え!」
「ぼ、僕がですか……? ま、まあ、いいでしょう。これ以上、血が流れるのはいけませんからね」
一丁前に正義感だけあるのがなんかイラっとした。さっき私をダシにして事件終わらせようとしてたよね、こいつ?
「では、僕が『佐々木さんは犯人じゃない!』と言ったら、鈴木さんはさっきのハシゴのトリックを──」
まーた、打ち合わせ始まったよ……。