8話 適職?
「よーしよし」
「きゃっきゃ」
一階の端。
空いている席に座り、私はシンシアをあやしていた。
今日の彼女は機嫌がいい。
よく笑い、こちらに手を伸ばしてくれている。
天使の笑顔。
あぁ……可愛い。
とても可愛い。
私の娘、可愛すぎ問題。
こんなにも可愛いなんて、この子は本当に人間だろうか?
もしかしたら天使なのでは?
いや、天使なんて生易しい。
女神様の生まれ変わりかもしれない。
「まったく、親ばかだねえ」
通りかかるビアンカが苦笑していたものの、事実なのだから仕方ない。
シンシアは、世界で一番可愛いのだ。
「うーん」
あやしつつ、今後のことを考える。
わりと生活は落ち着いてきた。
ビアンカに色々と助けられて、よくしてもらって、うまくやっている。
ただ、甘えてばかりではいられない。
以前、店を手伝ってくれないか? と頼まれた。
シンシアも少しずつ落ち着いてきたから、もう少し落ち着いたら、手伝うことにしよう。
でも、それだけでいいのか?
ビアンカに頼り切りにならず、自分の力で稼ぐ方法を得た方がいいのでは?
できればそれは、ビアンカに恩を返すようなものであれば、なおいいのだけど……
さて、どうしたものか?
「た、大変だ!」
冒険者らしき人が血相を変えて駆け込んできた。
「どうしたのよ、騒がしいわね」
「ケイツのパーティーが討伐に失敗して、全員、大怪我を……!」
「なんだって!?」
「ビアンカは、友達だろう? だから、知らせておかないと……って」
「ケイツ達は!?」
「今、治癒院に運び込まれたけど……」
「っ!」
そこまで聞いて、ビアンカは店を飛び出した。
話を聞く限り、ビアンカの友達が怪我をしたようだ。
たぶん、私の知らない人だろうけど……
「恩返しをするチャンスかも」
なら、この機会を逃す手はない。
「えっと、えっと……ジークさん、シンシアをお願いできますか?」
「……」
無口なビアンカの旦那に娘を預けて、私も店を出た。
――――――――――
「うっ、あぁ……痛い、痛いよ……」
治癒院のベッドに寝る男は、全身が血で濡れていた。
うわ言を繰り返して、視線も定まっていない。
それもそのはずだ。
片腕がなくなり、今も出血が続いている。
ショック死していないのが不思議なくらい。
ただ、即死でないというだけで、死の運命は避けられないだろう。
医師が魔法や投薬で必死の治療を試みているものの、男から生気がどんどん失われていく。
「ケイツ! しっかりしなさい、ケイツ! こんなところで死ぬんじゃないわよっ、あんた、幼馴染と結婚するんでしょう!? 聞いているの、ケイツ!!!」
「あぁ……ビアンカ……」
ビアンカの必死の呼びかけに、男はわずかに意識を取り戻したようだ。
助かるかもしれない?
ビアンカや彼の仲間達は明るい顔をするが……
しかし、医師はゆっくりと首を横に振る。
「すまない……もう、処置の施しようがない。誰にも彼を助けることは……できない」
「そんな……!」
男は震える手を差し出して、側で見守る女性を見る。
「カナ……すま、ない……俺は、ここまで、だ……」
「いや、いやよ! そんなこと言わないで、私を置いていかないで!」
「本当に……ごめ、ん……」
「やだやだ、いやよぉっ!!!」
女性は涙を流して、愛しい人の無事を願う。
しかし、その願いは届かないだろう。
誰がどう見ても、男は助からない運命だった。
それほどの酷い怪我を負っていた。
男の仲間が悔しそうに言う。
「くそ……どんな怪我も病気も治すっていう、伝説の霊薬、エリクサーがあれば……」
「そんなもの、あるわけないだろう……もう、どうしようもないんだ……」
場が絶望に包まれて、悲しみが連鎖して……
そんな時、
「私に任せてくれませんか?」
――――――――――
現場は大変な有様だった。
片腕をなくした男性が瀕死の状態で横たわっている。
医師は治療を諦めて、誰もが諦めていた。
でも……
私なら、なんとかすることができる。
男性を治療することができる。
そうすることで聖女ってバレるかもしれないけど……
このまま見過ごすわけにはいかない。
追放されたとしても、プライドは残っているし、人としての心をなくしたつもりもない。
「あんたは……?」
「えっと……そう、確か、ビアンカの店で……」
「……君に一体なにができるというんだね? 残念だが、この人はもう……」
医師は肩を落としているが、私は諦めていない。
「代わってください」
「あ、おいっ」
強引に医師の場所を奪う。
まずは、男性の負傷箇所をチェック。
外だけではなくて、中……臓器なども痛めているかもしれない。
「ダイアグノス」
男性の体を淡い光が通過した。
体の損傷、病などを調べる魔法だ。
「……ふむ」
右腕の欠損の他に、肋骨が折れて、肺に突き刺さっている。
他にも、骨にヒビが入っていたり打撲があったり……よくこれで生きているものだ。
思わず感心してしまう。
「でも……生きているのなら、生かしてみせます。それが、私の役目ですからね」
集中。
魔力を収束。
右手でそっと患者に触れて、力を解き放つ。
「ヒール」
治癒魔法。
キラキラと輝く光が男性を包み込む。
血が止まる。
折れた骨が元通りに。
破れた肺も、同じく元通りに。
さらに、欠損した腕も再生。
服までは無理だけど、何事もなかったかのように、右腕が元に戻った。
「ふぅ……これでよし、ですね」
「「「……はぁっ!!!?」」」
周りの人達、全員が驚いていた。
医師も目を飛び出さんばかりの様子だ。
「お、おいっ、嘘だろ……あれだけの怪我を一瞬で治したぞ?」
「腕も再生しているぞ……いったい、どれだけの魔力があれば、あんなことが可能なんだ……?」
「き、奇跡だ……まさに奇跡だ、そう言うしかない……」
ふむ?
皆、驚きすぎのような気がするのだけど……
いや、待て。
それは当たり前か。
私は聖女として、致命傷を負った人を何度となく助けてきたが……
それは、常識で考えるとおかしなことであって、当たり前のことではないのだ。
そうすることが日常になっていたため、疑問を持つことはなかったのだけど……
なにも知らない、普通の日常に身を置いている人からすれば、奇跡と言うしかないのだろう。
……やりすぎた?
「……まあ、いいですね」
この人が死ぬよりはマシだ。
私は周囲の驚きに気づかないフリをして、男性の恋人らしき人に声をかける。
「この人はもう大丈夫ですよ」
「ほ、本当に……?」
「はい。さすがに、失った血や体力までは元に戻せないので、しばらく入院することになると思いますけど、もう命の心配はないかと」
「あぁ……よかった、本当によかった。ありがとう、ありがとうございます……!」
「どういたしまして」
よかった。
こういう時は、聖女をやっていてよかったな、って思う。
あ。
元聖女、か。
「「「おぉおおおおおっ!!!」」」
「わっ、わっ。な、なんですか?」
いきなり場が湧いて、私は驚いた。
見ると、この場の全員が歓声を上げて、湧き上がっていた。
「嬢ちゃん、あんたすげえよ! すごすぎるぜ!」
「みんな、あなたに感謝しているよ! 本当にありがとう!」
「よーし。この子に最大級の感謝を! ありがとうー!!!」
「えっ、ちょ……わわわっ!?」
街の人達に担ぎ上げられて、そのまま万歳三唱。
いや、まって。
私、どういう扱いをされているの……?
「「「ばんざーいっ、ばんざーいっ!」」」
「えっと……び、ビアンカ……」
「はは……まったくもう、あんたっていう子は、本当に……」
「笑ってないで助けてくださいよぉ……ひゃあ!?」
……その後、街の人達の熱狂は続いて、私は、酔うまで担ぎ上げられるのだった。
でも、おかげで私のやれることが見つけられた。