第10話 着替えを平気で覗く女達
先ほどまでの祭りの興奮で寒さを忘れていた誠だが、最高の見せ場の流鏑馬も終わって豆まきの準備に入った人々の中に取り残されると、寒さは骨に染みてきた。テントを出るとさすがに明石も着替えに向かったようで、森の中で談笑しながら鎧を脱いでいる整備班の中に混じろうと誠は歩き始めた。
観光客のあふれた石段の隣の閑散とした生垣の中に足を踏み入れると、誠の前にはどう見ても時代を間違えたとしか思えない光景が広がっていた。木に立てかけられた薙刀、転がる胴丸、烏帽子、小手、わらじそれらの小物が点々と置き去りにされている様はまるで歴史映画の撮影現場のようにも見えた。
「おう!来たんか。西園寺達の着替えを手伝うとったんか?ご苦労なこっちゃ」
黒糸縅の大鎧を着込んでいた明石が技術部の隊員に手を借りながら鎧を脱いでいるところだった。2メートルを超える大男の明石向けの特注の大鎧が地面に置かれる様はさすがに迫力が有ると誠も感じた。
「まるで源平合戦でもするみたいやな。さながらワシは武蔵坊弁慶やな。天下無双の大怪力や!自慢になるで。ワレもガタイはデカいんやさかい、もっと胸を張って天下無双の兵になった気分を味わってみいや」
胴丸を脱ぎ始めた誠に明石はそう言って笑う。裏表の無い彼らしいドラ声が森に響いた。
「西!こっち来い!」
すでに着替え終えている島田が部下の名前を呼んだ。ワイシャツを着込もうとしていた小柄な西が慌てて上官の下へと向かった。
「そう言えばパーラは見えんようやが……どうした?アイツこそ女武者姿が似合うとると思うんやけど……神前も見たいやろ?」
ようやく鎧を外して小手に手を移しながら明石が尋ねてきた。
「ああ、パーラさんは祭りの雰囲気が苦手だとか言ってましたから。例の映画の準備で市民会館に前乗りだそうです」
アメリア達から雑用を言い渡される係のパーラ・ラビロフ大尉はこれから始まる司法局実働部隊が市から委任されたイベントの準備のために市民会館に詰めているはずだった。誠は頷いている明石を見ながら脱いだ胴丸を地面に置いた。しばらく部下達の手で鎧をはずされた明石は自分で次々と鎧を脱いでいく誠に感心したような表情で視線を送った。
「なんや……ワシもあれの凛々しい姿を一目見たかったのう……どうせアメリアに押し付けられてあの作品の最終チェックで隊長が駄目出ししたシーンをいじったりしとるんやろ?アイツもそんなつまらん世話せんでもいい階級やないか。そんなもん部下にやらしたらええねん。まったくアイツの世話焼きにも困ったもんやわ」
そう言いながら小手を外した明石は、部下を制止して自分で脛当てを外しにかかった。
「でも、あれで本当に良かったんですか?市の人はアレの完成版をチェックしたんでしょ?本局にクレームとか入りませんでしたか?」
誠は恐る恐る明石に尋ねた。明石は明らかに『ワシに聞くな』というような表情で目を逸らした。
「おう!自分ひとりでやってる割には早えじゃねえか!」
その声を聞いて振り返った誠の視界にはかなめとアメリア、カウラが制服に着替えて立っていた。その登場に野外で下着状態の男性隊員達の視線が一斉に声のするかなめに向った。
「変態!」
「痴女よ!痴女!」
「スケベ!」
半裸の整備班員がかなめ達に向かって叫んだ。明石と誠はあきらめたというような顔で隊員の顔を眺めていた。
「急いで着替えろよ!上映会まであと3時間無いんだからな!オメエはメインキャラだから舞台挨拶とかするんだと。遅刻するわけにはいかねえだろ?」
そう言って気持ちの悪い罵声を浴びせる整備員達を無視して、かなめは近くの石に腰を下ろして着替えている誠を見つめた。
「あのー」
誠は脛当てを外す手を止めてかなめに目を向けた。
「なんだ?」
「西園寺さん。向こう行っててもらえます?少し恥ずかしいんですけど……」
そう言って誠は視線を落とした。すぐさまその頭はアメリアの腕に締められた。
「何言ってるのよ、誠ちゃん。同じ屋根の下暮らしている仲じゃないの!それに誠ちゃんは飲むとすぐ裸になってご自慢の立派なアレを見せてくれてるじゃないの。確かにあれだけ大きいとかえでちゃんが誠ちゃんの童貞に拘るのも頷けるわね。ゲルパルトアレの長さが自慢のヨーロッパ地球人の連中にだって自慢できるわよ。それこそ地球の黒人男優並みの大きさだもの」
アメリアはぎりぎりと誠にヘッドロックをかます。隣でカウラは米神に手をあててその様子を眺めていた。
「ちょっと!着替えますから止めてくださいよ!これじゃあ脱げません!」
そう叫んだが、誠はアメリアよりも周りの整備員の様子が気になっていた。そこからは明らかに殺気を含んだ視線が注がれていた。ようやく鎧を脱ぎ終えた明石も、その視線をどうにかしろと言うように眼を飛ばしてきた。誠の眼を使っての哀願を聞き入れるようにしてアメリアが手を離した。誠は素早くワイシャツのボタンをかけ始めた。しかし、周りからの恫喝するような視線に手が震えていた。
「大丈夫か?神前。アメリアも余計なことをするんじゃない。今は時間が無いんだ」
小隊長らしく気を使うカウラだったが、その声が逆に周りの整備員達を刺激した。着替え終わって立ち去ろうとする隊員すらわざと殺気のこもった視線を送る為だけに突っ立っているのがわかった。
「おう!皆さんおそろいで……誠さんは着替えとして……皆さんは何をされてるんです?」
そう言って現れたのは女子隊員の制服を着た『男の娘(こ)』のアンと部隊付きの看護師の神前ひよこ軍曹だった。誠は着替えをしている誠の存在は別として、男性隊員から出て行けと言いう視線を浴びているかなめ達が平然とこの場に居るのが不思議な様だった。
「西園寺さん、クラウゼ中佐、ベルガー大尉と一緒だと良い笑顔をするんですね、神前先輩は。やっぱり神前先輩は島田班長が言うようにモテるんですね。僕には冷たかったのに。そんなに女性の方が好きなんですか?やっぱり僕には女性に付いている部分が無いからいけないのか……」
そう不穏当な発言をしながらアンは不器用な手つきで胴丸を脱ごうとした。なんとか胴丸を脱ぎ終えた誠は不器用な手つきで結ばれたひもをほどこうとするアンに手を貸した。
「それにしてもひよこちゃんも付ければよかったのに……鎧」
そう言いながらアメリアは戸惑った表情のひよこに話しかけた。
「ひよこはいざという時動けんと意味ないやろ……看護の手はいつ必要になるかわからんよって。馬っちゅうのは気まぐれな生き物や。いきなり暴れだして落馬すればそれこそ命に関わる。そのくらいの事は分かっとけや」
明石は今日は休暇と言うことで紫色のワイシャツに黒いネクタイと言ういかにも極道風な格好へと着替えていった。
「私はあんまり注目されるのが苦手なので。それと、鎧兜じゃ私の『ヒーリング能力』を使う時に動きが制限されるので邪魔になります」
控えめにひよこはそう言うといつもの気弱そうな笑顔を誠に見せた。誠は何となくひよこの胴丸姿も見てみたいなどと『許婚』のかえでが聞いたら怒られそうな不埒なことを考えていた。