第47話 怪しい『演習場』といつでも撃つ女
「それより、アメリア。さっきからおとなしいのは何か言うことがあるんじゃないか?オメエが大人しいとこっちまで不安になる。言いてえ事が有るなら早く言え!アタシとオメエの仲じゃねえか」
アメリアの正面に座っていたカウラはそう言っていつもの真面目な表情でアメリアを見つめた。
「言うこと?何が?別に隠し事なんか……してるけど、色々」
糸目で相変わらずのとぼけた調子でアメリアは返した。
「そうだな今日珍しくちっちゃい姐御が仕事をしてた。久々の演習か?そうでもなきゃあの仕事中には棋譜しか見ていねえあのちっちゃい姐御が仕事をするわけがねえ」
かなめはそう言って静かにグラスに酒を注いだ。
「知ってるんだ……へー……進歩したのね、かなめちゃんも。私としては複雑だけどね。かなめちゃんがこのまま成長していったらかなめちゃんのお父さんが望んでいる通り、うちを離れて政治家になっちゃうものね」
アメリアはそう言いながら周りを見回して誰も見ていないことを確認すると小声で話し始めた。
「かなめちゃんの想像通り、演習よ。しかも今回は参加部隊はうちだけ」
アメリアはあっさりとそう言うがその言葉にかなめとカウラは違和感を感じていた。
「うちだけ?東和陸軍の火力演習に間借りするとかそう言うことではないのか?同行する部隊はないのか? うちの予算では独自に演習を行うような予備費はないはずだが」
カウラは東和陸軍からの出向者なのでそう言う事情に詳しいのだろうと思いながら誠は静かに話を聞いていた。
「違うの。しかも場所は前の大戦の古戦場……つまり宇宙空間での戦闘訓練って訳。ここまで聞けば、察しの良い二人にはその不穏さが分かると思うけど」
そう言うとアメリアはトリ皮串を口に運んだ。
「まあ、運用艦である『ふさ』がある以上、宇宙での作戦行動も想定内だよな……ってオメエ等少しは仕事しろよ」
アメリアの予想に反してなにも察していない調子のかなめがそう言った。
「そう言うかなめちゃんはしてるの?県警の下請けの交通違反の切符を切ったこと位じゃない。この一月でした仕事らしい仕事って」
アメリアに痛いところを突かれてかなめはそのまま黙り込んだ。
「そんなにうちって暇なんですか……って僕が来てからずっと走ってるか遊んでるかしかしていないような気がするのは事実なんですが。県警の下請け仕事ですか。駐車違反の取り締まりなんて、民間企業に委託するくらいですものね。暇なうちに依頼が来てもおかしくないですよね」
誠の言ってはいけない発言に三人の女性上司達は厳しい視線を誠に向けてきた。
「すみません。僕もランニングと暇つぶしの端末を使ったゲームくらいしかしていないもので」
そんなことを言い合っているうちに頼んでもいないのに小夏がビールとカウラ用の烏龍茶を運んで来た。
「追加で焼鳥盛り合わせで」
「アタシはつくねな!」
「はいはい」
アメリアの注文とかなめの威圧を軽くいなした小夏はカウンターの向こうに姿を消した。
「で?古戦場だって前の大戦は遼州の広い各地で戦闘が行われたんだ。色々あるぞ……遼北領か?ゲルパルト領か?外惑星連邦か?それとも……」
一口酒を口に含んだ後、かなめはそう言ってアメリアをにらんだ。
「どれも外れ。甲武領の第二惑星近辺の前の戦争で出来たデブリ地帯……例の『第六艦隊』のいるところって訳」
アメリアの『第六艦隊』と言う言葉でかなめとカウラの表情が突如険しくなった。
「第六艦隊。本間さんのところだな。あんなところに行くのか……ヤバくねえか?」
仏頂面の小夏から皿を受け取りながらかなめが難しい顔でつぶやいた。
「第六艦隊だとなにかまずいことでもあるんですか?うちよりおかしい艦隊なんですか?」
何も知らない誠の顔を三人は複雑な表情を帯びた瞳で見つめた。
「前の戦争で甲武は負けて軍縮を強要されたわけだ。7つあった艦隊は1つ減らして6つになった。しかも、艦船の数も制限されたから、実質、第六艦隊は艦隊の名前はついているが艦隊の
カウラの言葉がいまいち理解できない誠だが、その表情から演習場所がかなり大変な場所だということは予想がついた。
「その第六艦隊の司令が本間中将。海軍の平民出の将軍として期待されている人なんだが、士族がでかい顔をしている海軍が珍しい平民出の本間中将に対する嫌がらせの為にそこに配置したんだろうな」
つくねを口にしながらかなめが話を続けた。
「あの人の信条は『軍は政治に介入すべきでない』ってのがあってね。しかもかなり原理主義的な解釈の仕方をしている人なんだ……結果、他の艦隊で思想的にかなりヤバいことを繰り返した連中が集まる傾向にあるってわけだ。第六艦隊と言う僻地に飛ばしてその過激思想を、本間中将の『軍は政府に関わるべきでない』という思想で矯正しようとする……人呼んで『本間思想矯正院』」
真剣に話すかなめだが、社会人経験の少ない誠にはいまいちその理由が腑に落ちなかった。
「あれなのよ。『軍人が軍服を着て政治活動をするな』というのが甲武の軍部のルールだから。私も聞いてるわよ……民派の過激な思想を持った若手士官が対抗勢力の将官の暗殺を計画して全員流罪にされたのも……あれも甲武海軍第六艦隊所属の将校ばかりだったわよね。本間中将の教育が上手く機能しているとは思えないわね。逆に飛ばされたことで自由になった気分の過激思想の持主がより過激な思想に走ってる。はたから見たらそうとしか見えないわね。あそこには試験運用の名目で甲武国最新鋭の『飛燕』まで配備されているって言う噂もあるし……どうなの?かなめちゃん。甲武国の事はそこで一番のお姫様であるかなめちゃんの方が詳しいでしょ?」
アメリアの言葉に『暗殺』などと言う物騒な言葉が出てきたことで誠はようやく今回の演習に何か裏があることは予想できた。
「そうだ。本間さんは平民だが金持ちの出だからな……金で苦労したことが無いから金でどうにかできる人じゃない。本間さんを買収したり軍の権威をかさに着て脅したところで、あの御仁がその信念を曲げるとは思えねえのにさ。士族や武家貴族出身者しかいない海軍上層部は平民が将軍やってるのが気に食わなくて頭の固い本間さんになんとか失点をつけようと思想的に過激な問題児ばかり所属させる……結果として海軍の貴族主義者の危ないのが何人も所属しているってわけだ。それに『飛燕』の配備も、甲武海軍で一番実戦で使いそうな艦隊だから、というのが上層部の本音じゃねえかな。あそこは年中近くにあるアメリカ海兵隊の基地ともめ事を起こしてる。海軍上層部としては最新鋭機の実戦データが欲しいんだろうな」
かなめはラムを飲みながらそうつぶやいた。
「貴族主義者ですか。身分制度の無い東和共和国生まれの僕には分からないんですけど」
ビールを飲んだ後につぶやいた誠の言葉を聞くと全員が大笑いを始めた。
「そりゃあ貴族が政治をやってる国だもの、貴族主義ぐらいあるわよ。特に甲武国の身分制度は絶対。貴族は一番偉い、士族は軍人か警察官か役人に優先的になれる、平民はその下で貴族や士族の指示に従う。それが甲武国の国の形だもの」
アメリアは誠の言葉がかなりツボに入ったようで大笑いをしながらそう叫んだ。
「しかし、本当に無事で済むのか?西園寺の話だと第六艦隊には過激思想の持主が集まっているんだろ?今回の演習でも過激思想の持主が動かないと言う保証は無い」
砂肝串を手に取るとカウラはそう言ってかなめに目をやった。
「無事じゃあ、済まねえだろうな。叔父貴もランの姐御も何か企んでる。いや、同盟の首脳部だってアタシ等があそこに行けば何かをすると踏んでる……わざわざ予算が無くて演習の予定が組めないアタシ等に独自の演習をして来いなんてポンと金を渡すなんてことは何かあると考えた方が良い。アタシはそう見たね」
かなめはそう言ってつくねを頬張った。
とりあえず問題はかなり複雑で危険を伴うことらしい。誠に理解できたのはそれだけのことだった。
「何かって、何をです?」
誠のボケに三人はあきれ果てたような顔をしていた。
「テメエがその中心になるかも知れねえんだぞ!あの『法術増幅システム』。あれについちゃあアタシも
かなめはラムを飲みながら誠を見つめた。それは拉致された時に敵を撃つときのかなめの狂気に満ちた目だった。
「戦闘になるってことですか!そんなの御免ですよ!」
かなめの言葉を聞いてようやく誠は自分が置かれた立場を理解した。
嵯峨が誠を作為的にこの部隊に入るように仕向けたその目的がはっきりしようとしている。
その事実に誠は気づくと同時に背筋に寒いものが走るのを感じていた。
「誰かが撃つからな……撃つなって言われると必ず撃つ女」
「そうよね。かなめちゃんは撃つものね……いくら人が止めても」
カウラとアメリアがラムを飲むかなめに目を向けた。
「そりゃあ……撃つなって3回言われたら撃てってことだろ?普通」

かなめは平然とした顔でそう言った。
「それはバラエティー番組のお約束であって実際撃つ人はいないと……撃つんですか?西園寺さんは」
誠は小夏からビールを受取りながらカウラに目をやった。
「こいつなら撃つ。間違いなく撃つ」
「撃つわよね……かなめちゃんは」
カウラとアメリアの言葉を無視することを決めたかのようにかなめは葉巻を取り出して吸い始めた。
「撃たないでくださいね……僕は平和主義者なんて……」
あまりに好戦的だと言うかなめに対するカウラとアメリアの評価に怯えて誠はそう口走っていた。
「相手が武装しててそれなりの覚悟があったら撃つだろ?普通……前の任務ではそうしないと死ぬのが当たり前のちょっと変わった任務に就いててね……軍事機密だから深くは言えねえが、あんな地獄を体験したら誰でもアタシと同じ気分になる。そう言う任務だ」
結局はかなめは撃つらしいことを理解した誠は再びこの『特殊な部隊』からの逃走について考えをめぐらし始めた。