第6話 『萌え』の対象となった『汗血馬の騎手』
「そう言えばクバルカ中佐、見ませんでした?あの人の鎧は特注品だからさっさと片付けちゃいたいんですけど」
島田の言葉にアメリアもカウラも、誠ですら首を横に振った。司法局実働部隊のまさに実働部隊の名の所以である主力人型兵器『シュツルム・パンツァー』を運用する機動部隊最高任者で司法局実働部隊の副長でもあるクバルカ・ラン中佐のちっちゃな姿を誠は思い出した。
重鎮の行方不明に島田は焦ったように周りを見回していた。
「島田、なんだか落ち着かない様子だな。なんかあのジャリがいねえと困ることでもあるのか?」
にやけているかなめがランを『ジャリ』と呼ぶのにカウラは難しい顔をしてかなめをにらみつけた。ランの見た目はどう見ても小学生、しかも低学年にしか見えない。この雑踏に鎧兜姿の小さい子が歩き回っているシュールな光景を想像して誠は噴出しそうになる。
「いやあ、祭りの場には野暮なのはわかっているんですが……急ぎの決済の必要な書類がありましてね。それでなんとか見てもらえないかなあと……」
島田の言葉にかなめは大きなため息をついた。
「仕事が優先だ。神前曹長、探すぞ」
そう言うとカウラはサラに兜を持たせて歩き出す。仕方がないというようにアメリアも島田に兜を持たせた。
「私の勘だと……あの椿の生垣の後ろじゃないかしら?」
明らかにいい加減にアメリアが御神木(ごしんぼく)の後ろの見事に赤い花を咲かせている椿の生垣を指差した。
誠は仕方なく生垣に目をやった。その視界に入ったのは中学生位の少年だった。誠達はそのまま早足で生垣を迂回して木々の茂る森に足を踏み入れた。そこには見覚えのある中学校の校章をあしらったボタンの学ランを着た少年達が数名こそこそと内緒話をしているのが目に入った。
「ああ、西園寺さん達はそのまま着替えていてください。僕がなんとかしますから。どうやらクバルカ中佐のいる場所が分かってきました」
そうカウラ達に言うと誠は少年達の後をつけた。
常緑樹の森の中を進む少年達。誠は彼のつけている校章から司法局実働部隊のたまり場である焼鳥屋『月島屋』の看板娘、家村小夏の同級生であるとあたりをつけた。
「遅いぞ!宮崎伍長!ちゃんと買ってきただろうな!」
そう言って少年を叱りつけたのは確かに小夏である。そして隣にメガネをかけた同級生らしい少女と太った男子生徒が立っていた。そしてその中央にどっかと折りたたみ椅子に腰掛けているのは他でもない、緋色の大鎧に派手な鍬形の兜を被ったランだった。喉が渇いているらしく、誠がつけてきた中学生からコーラを受け取るとランは急いで飲み始めた。
「クバルカ中佐!何やってるんですか?」
声をかけられてしばらくランは呆然と誠を見ていた。しかし、その顔色は次第に赤みを増し、そして誠の手が届くところまで来た頃には思わず手で顔を覆うようになっていた。
「おい!」
そう言うと120センチに満たない身長に似合わない力で誠の首を締め上げた。
「いいか、ここでの事を誰かに話してみろ。この首ねじ切るからな!アタシが小夏のおもちゃになってたなんて隊にバレたらアタシの面子が丸つぶれだ。いーな!絶対言うなよ!」
凄みを利かせてそう言うランに誠は頷くしかなかった。彼女には遼州人が持つ特殊能力である法術を使うことが出来、ランの身体には常に『身体強化』能力が発動しており、その怪力は誠の首をねじ切ることなど簡単にできるほどのものだった。
「それと小夏!あの写真は誰にも見せるんじゃねーぞ!これはあくまでサービスだ。こんなこと二度としねーかんな!」
ランは念を押すように小夏に向けてそう言い放った。
「わかりました中佐殿!」
そう言って小夏は凛々しく敬礼した。彼女の配下らしい中学生達も釣られるようにして敬礼した。
「もうそろそろ時間だろうとは思ってたんだけどよー、どうも餓鬼共が離してくれねーから……」
ランはぶつぶつと文句を言いながら本部への近道を通った。獣道に延びてくる枯れ枝も彼女には全く障害にはならなかった。本殿の裏に設営された本部のテントが見えた。そこに立っている大柄な僧兵の姿に思わずランと誠は立ち止まった。