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第46話 『特殊な部隊』隊員のそれぞれの過去

「そんな爺さんの跡を継いだ親父だが……まあ親父はよくやってると思うよ……今の甲武の体制よりは少しはましな身分に関係ない民主主義の実現に向けて頑張ってる……褒めてやってもいいかな」

 かなめはそう言うと銃をホルスターに収めた。

「ふーん。かなめちゃんはお父さんを尊敬してるんだ」

 アメリアが冷やかすような調子でそう言った。

 戦闘用人造人間である彼女に両親などいないことは分かっている。

 誠は少しばかりかなめの答えが気になって視線をかなめに向けた。

「尊敬ねえ……たいしたものだとは思う。前の戦争中は謹慎処分だったのに、ひとたび腰を上げると簡単に戦争を止めちまった伝説の外交官として甲武じゃちょっとした英雄だ。貴族の最高の位をアタシに譲って『平民宰相』を目指して『普通選挙』実現のために頑張ってるのも人気取りと言えばそれまでだが、なかなかできることじゃねえ。でもなあ……尊敬ってのとはちょっと違うんだよな」

 かなめはそう言いながら再び葉巻をくわえた。

 どこか釈然としない。

 どこか父親と微妙な距離を取っている。

 誠にはかなめの言葉がそんな風に聞こえてならなかった。

「こいつの家族はどれも個性的過ぎて理解不能だ。神前、貴様は家族はどうなんだ?」

 それまで静かに話を聞いてきたカウラがそう話を振ってきた。

「僕の家は……父さんと母さんと僕の三人家族ですよ。普通です……って父さんが全寮制の私立高の体育教師をしているので、ほとんどうちにいないことくらいですかね、特徴は」

 誠は珍しくまともな話を振ってきたカウラに笑顔でそう答えた。

「親父が教師で、母ちゃんが主婦か……普通だな」

 かなめがつまらなそうにそう言った。

「主婦っていうか……うちの母は剣道道場を経営していまして、そこの師範なんです。『|神前《しんぜん》一刀流道場』って言うんですけど……まあ町の子供達を集めて剣道を教えているんです。父と母とどちらを尊敬しているかと言われると……やっぱり母さんかな……父はあまり家にいる印象が無いですし、僕に剣を教えてくれたのも全部母ですし」

 誠は得意げに自慢の母の話をした。

「あれ?誠ちゃんはマザコン?」

「男はみなマザコンだと物の本に読んだぞ」

 両親の居ない『ラスト・バタリオン』コンビであるアメリアとカウラがそうツッコんできた。

「そう言われると……否定できないような……申し訳ありません。僕はマザコンです」

 誠はズバリ『マザコン』かと聞かれると否定することが出来なかった。

「マザコンねえ……うちのお袋もあれはあれで個性的なんだわ。言いたくねえから言わねえけど。あれか?親父の体育も科目は剣道か?」

 家族の話に感心無さそうにかなめはラムを舐めながらそう言った。

「そうですけど……なにか問題でも?一応全国大会に出たこともありますし……剣道も六段ですし。」

 確かめるように聞いてくるかなめに誠は少し不満そうにそう答えた。

「出会いも剣道。話題も剣道。仕事も剣道……なんだかつまんねえ家だな」

 吐き捨てるようにかなめはそう言った。

「なんですか!テロリストに狙われる家よりよっぽどましじゃないですか!それにうちでは剣道の話題はほとんど出ませんよ!」

 ムキになって誠はそう反論した。

 カウンターには次の焼鳥の盛り合わせが並べられた。誠はまず砂肝を手に取るとビールを飲み干した。

「まあまあ、いろいろあるのよ、かなめちゃんも。それと、誠ちゃん。島田君には家族の話題は振らない方がいいわよ」

 アメリアが誠の空いたグラスにビールを注ぎながらそうささやいた。

「なんでですか?別に家族の話題くらい振っても良いじゃないですか」

 少し妙な言い方をするアメリアに誠はぼんやりと尋ねた。

「まあ、ヤンキーの家庭なんて複雑に決まってんじゃない。アタシが知ってるのは両親は家にいなくて、年の離れたお兄さんに育てられたってこと。しかもお嫁さんとはかなり相性が悪くて、大学入学以来一度も実家に帰ってないって話くらいかな」

 アメリアは寂しげにそう言うとサラとパーラを隣に侍らせて大爆笑している島田に目を向けた。

「家族とは……いろいろあるんだな」

 華族を持たない『ラスト・バタリオン』であるカウラは豚串を食べた後、そうつぶやいた。

「まあな、それぞれ色々あるんだわ。その点、オメエ等『ラスト・バタリオン』は気楽でいいな、そんなめんどくさそうなのと無縁で。親父やお袋なんて家借りるときの保証人くらいの役にしか立ってねえぞ、うちなんか。後は被害ばっか」

 かなめは相変わらず悠然と葉巻をくゆらせながらそう言った。

「でも、一応産んでくれた恩とか、育ててくれたこととか」

「アタシが頼んだわけじゃねえよ。特にこんな身体になってからは特にそうだ。それにアタシは実家の屋敷の見物収入がでかいのと、さっき言った貴族の最高位になると貰える荘園の収入で好き勝手やれんの。まあ、『無職』になるとそれもパーになるから仕事はしてっけど……両親に育てられたなんて自覚はねえよ」

 なんとか取り繕うとする誠の言葉にかなめはつれなくそう答えた。

「私も……家族ってほしいとは思わないわね。まあ、うちの部隊で家族にいい思い出があるのは少数派なんじゃないかしら。運航部の女子は全員『ラスト・バタリオン』で人工的に作られた存在だから家族なんていないけど……技術部の連中も聞いてみるとあんまりいい話は聞かないわよ。家族にいい思い出があるならうちみたいな『特殊な部隊』には来ないんじゃない?」

 アメリアはそう言いながらビールを飲み干した。

「注ぎますよ!」

 誠はそう言ってビールを注ぐ。

 いつの間にか島田達が馬鹿話をやめて誠達の方に目をやっていた。

「いいんじゃねえの、家族なんていたっていなくたって。『家族は最初の他人』だぜ。世話になったのは事実だが……それに縛られる義理はねえわな」

 かなめはそう言って最後のねぎまを食べ終えた。

 サラと島田の馬鹿笑いとパーラのツッコミが店内に響く。

 誠は黙って皿に置かれた竹串をいじりながらビールを飲み干していた。

「そう言えば……話は変わるけど、誠ちゃんはなんで野球をやめたの?かなめちゃんの話じゃ高校時代は『都立の星』って呼ばれるエースだったんでしょ?プロからスカウトされたりしなかったの?」

 ビールを飲みながらアメリアは突如何気ない調子で誠に語り掛けた。

「そんなの投げ過ぎで肩を壊したからに決まってるじゃないか」

 そう言ってカウラは微笑みを浮かべる。

 カウラの視線の先で誠はうなだれつつ話始めた。

 その暗い表情にいつもは明るい面々も誠に何か過去があることくらいは察した。

「実は……僕……後輩のキャッチャーを殴ったんです……試合中に……それで公式の試合には出場できなくなったんです」

 誠の突然の告白にカウラとアメリアの表情が曇った。

「うちの高校……都立の進学実験校だったんで……ほとんどの生徒が帰宅部なんですよ」

 ビールのグラスを手に誠は話を続ける。

「僕の居た野球部も三年が僕と別のキャッチャーをやっていて主将だった奴と二人っきりだったんです。二年と一年生を合わせても十二人しか部員が居ないんです……しかも一年からほとんどの生徒が予備校に通ってるんでほとんど練習には出られないんです……練習試合もできない有様でしたから」

 暗い誠の表情に聞いてきたアメリアさえ少し寂しげな表情を浮かべていた。

「3回戦の日なんですけど……相手は……坂東(ばんどう)一高って言う学校でして……」

「坂東一高!その年の全国大会優勝校じゃないの!」

 さすがに野球をやっているだけあってアメリアは全国大会出場確実な学校名ぐらいは知っていた。

「うちのキャプテンだったキャッチャーの奴が、その日大学の推薦入試の面接だったんです。」

 誠はそう言って遠い昔のことのようにその光景を思い出していた。

「ずいぶんと悪趣味な日に面接の予定を入れるわね」

「そいつは海外留学希望があって夏季入試の日程に合わせて受験したからその日になったそうです。……そのゲルパルトにある医大も九月入学のための入試が七月にあるんです」

「そう言えば……四月入学の国って同盟では東和と甲武くらいだものね」

 アメリアは納得したというようにシシトウを口に運んだ。

「知ってるよ。二番手キャッチャーのその日のパスボールが八個。他にも内外野のエラーが合わせて二十二個……5回コールド負けの試合で、240球も投げたら肩も壊れるわな。」

 かなめはラムを飲みながらそうつぶやいた。

「知ってたんですか?」

 少し驚いたような誠の顔を見てかなめはやさしく笑いかけた。

「1回戦は完全試合、2回戦は三安打失点0の『都立の星』の最期にしちゃあずいぶん間の抜けた話だってんで調べたんだ。あれだろ?その正キャッチャーの奴はその後、医科大学に進んで今じゃあ母校の監督をしてるって話じゃねえか……うちの野球部にも欲しい人材だ。うちのチームのキャッチャーはあてにならねえからな」

 かなめは表情も変えずにラム酒をあおった。

「ええ、アイツは……大学なんてどうでもいいって言ったんです。全国大会に出るためならゲルパルトの医大は諦めて東和の医大を受けるって。でも僕が止めてアイツはそのままゲルパルトの医大を受けたんです。実際、その推薦入試は落ちて、その冬に都立医科大に合格して、そっちに進学しましたから。けど……僕には言えませよ、お前が居ないとゲームにならないなんて……アイツは医者になるつもりで高校に来てたんですから。野球をやりに来てたわけじゃありませんから」

 誠はうつむきながらジョッキに口を近づける。

 そんな仕草の中に少し感傷的になっている自分を感じていた。

「でも殴るなんて……」

 さすがに笑いの為には暴力も辞さないアメリアも誠の意外な行動に言葉を詰まらせた。

「僕も自分で殴るなんて思っていなかったんです。パスボールを詫びに来た後輩を気が付いたら殴ってたんです。正直、天狗になってたんですよ、その時の僕は。マスコミに『都立の星』とか呼ばれて、その試合もプロのスコアラーとかが山と来て……それが試合が始まったらワンサイドゲーム。それも自分のせいじゃないと思ったらなんだか怒りがわいてきちゃって押さえられなかったんです。それまで『もんじゃ焼き製造マシン』とかバカにされて生きてきた反動ですかね……急に注目されたあの時の僕はどうかしてました。生まれて初めて人を殴ったのがそれです。でも、暴力はいけませんよね。即座に僕は退場になり、それ以来、公式試合から永久追放されて……野球はやっていないんです」

 アメリアに言われるまでも無い。

 それに誠はそれ以降も人を殴ったことは無かった。

「オメエが来るって聞かされて実は当時の映像を見たが……全国大会優勝チーム相手に外野まで飛んだ当たりがほとんど無かったのは事実だしな……キャッチャーがまともなら勝ちはしねえがいい試合になったろ」

 そう言うかなめの慰めの言葉も今の誠にはあまり意味は無かった。

「でも三振もほとんど取れませんでしたよ。やっぱり全国レベルの選手は違いますよね。ボールになるスライダーやフォークは見向きもしないし、カウントを取りに行ったストレートはセンター返しで、カーブは……いい勉強になりました。僕にはやっぱり勉強と絵とプラモしかないのかなって……」

 そう言って誠はジョッキのビールを飲み干した。

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