第2話 馬に乗れない士官
「しかし、カウラさんは本当に馬と相性が悪いんですね。近づいただけで馬が威嚇して来るなんて……馬ってそんなに獰猛な動物でしたっけ?」
誠はそう言うと一人の大鎧を着た女武者に目をやった。
「なんだよ……て、あれか?オメエが気にしているのは。アイツはしょうがねえや。うちでは将校は馬に乗るのが必須科目だってのにそんなこともできやしねえ。そんな奴が小隊長とは、第一小隊も終わりだな」
タレ目のかなめの目じりがさらに下がった。
二人の視線の先には桜色の紐でつづられた盾が目立つ大鎧に鉢巻を巻いたエメラルドグリーンの髪をなびかせている第二小隊隊長、カウラ・ベルガー大尉が椅子に座って麦茶を飲んでいた。すぐにかなめは優越感に浸りきったような表情でカウラに向かって歩み寄っていった。
「そんな格好で馬にも乗らずに時代祭りの行列か?もう少し空気読めよ。乗馬ぐらい簡単だろ?普段は人型機動兵器シュツルム・パンツァーなんていう素人が乗ったら歩かせるのさえ難しい兵器に乗ってるパイロット様が馬の一つも乗れねえなんて笑いもんだな。いつもは偉そうな顔してアタシに説教垂れてるのに今日は逆に笑われる身か?どんな気分だ?立場が逆転した感想は」
誠の所属する遼州同盟の司法局実働部隊は、豊川八幡神社の節分の時代行列に狩りだされていた。士官は基本的には馬に乗り、嵯峨の屋敷にあるという色とりどりの大鎧を着こんで源平合戦絵巻を演出していた。
伝統を重んじる遼州星系第二惑星のコロニー国家の甲武国出身で上流貴族出身の嵯峨やかなめにとっては乗馬など余技に過ぎないものだが、カウラ達東和出身組には乗馬は難関であった。
「でも、本当にカウラちゃんは馬と相性が悪いわね。私だって轡(くつわ)を取ってくれたら初めてだって簡単に乗れたわよ。それが、カウラちゃんが乗るとなると馬が暴れだしちゃってどうしようもなくなる……馬ってパチンコが嫌いなのかしら?同じギャンブルとして競馬馬を応援したい馬の魂がそうさせるのかも」
そう言って近づいてきたのは司法局実働部隊運用艦、『ふさ』の艦長代理、アメリア・クラウゼ中佐だった。しかし、彼女の鎧姿には他の隊員のそれとは違って明らかに違和感があった。かなめはアメリアの頭の先からつま先までに視線を走らせた後大きなため息をついた。
源平合戦の武将を髣髴とさせる大鎧や胴丸、鳥烏帽子を着込んだ隊員達の中、一人で戦国末期の赤備えの当世(とうせい)具足(ぐそく)に十文字槍という姿は明らかに違和感があった。さらにその桃成兜の前面には六文銭の細工が際立って見えているのがさらに場の空気とは隔絶したものに誠からも見えた。
そんな格好をアメリアがしている理由はわかっていた。
アメリアにそう言う知識が無いわけがない。誠は年末のコミケで彼女が原作を書いた源平絵巻物のBL漫画の絵を描かされていたのでよくわかっていた。自分の作品となれば小道具や歴史監修にすさまじいこだわりを見せるアメリアである。絵を描けと言われて教えられた平安武具のサイトの緻密なこだわりで頭がとろけそうになったことも、今の違和感しかない格好がわざとであることを証明していた。
アメリアは要するに目立ちたいのである。場の雰囲気をぶち壊しにして大笑いしたいのである。日常生活からアメリアのそんな傍迷惑(はためいわく)な性格は誠達『特殊な部隊』と揶揄される司法局実働部隊の隊員達を振り回してきた。
現在も、アメリアは有るきっかけからあまりにマニアックなエロゲームの原画を描くことをアニメ調の絵を描くことが得意な誠に強要していた。
階級がすべての軍隊や警察と言う世界である。誠はアメリアの指示には逆らえなかった。
その『特殊な部隊』の中にあってさらに『特殊な』趣味のある実在の隊員をモデルにした、あまりにも汚物表現の多いエロゲームの内容に誠はそんなゲームを誰が買うんだとアメリアに言ったが、その汚物表現の多いプレイを実践している本人達から取材したのだから確実に売れると言って一歩も譲らなかった。
仕方なく誠はこのところ汚物をペンタブで描くのが休日の日課となっていた。そして、最近では隊で金曜日に必ず出る寮の特製カレーを食べるのが苦痛になるような日々を過ごしていた。