3話 優しい出会い
赤子を拾った後、私は迅速に行動した。
転移魔法を使い、近くの街へ飛ぶ。
転移魔法は、一度行ったところでないと飛ぶことはできないのだけど……
魔王討伐の際にあちらこちらを旅していたため、今の私は、ほぼほぼ全ての街へ飛ぶことができる。
飛んだ先は、王国の隣の国。
その端にある、小さな街だ。
あまり大きな街だと、私の顔を知っている人がいるかもしれない。
なるべく騒動になるのは避けたいので、小さな街を選んだ。
街へ飛んだ後、すぐに宿へ。
幸いというか、夜遅くにも関わらず開いていて、食堂もやっていた。
「温かいミルクをください」
あんなところに捨てられていたのだから、お腹が減っているに違いない。
そう思った私は、赤子の食事を最初に考えた。
本当なら母乳がいいのだろうけど……
さすがに、そんなものは出ない。
「はい。温かいミルク、おまちどうさま」
若く綺麗な女将らしき人がミルクを持ってきてくれた。
ありがとうございます、とお礼を言ってミルクを受け取り、赤子に飲ませようとして……
「え、えっと……?」
ど、どうやって飲ませれば……?
コップに入ったものを、そのまま飲ませるなんてこと、できるわけがない。
ちょっとずつ流し込もうとしても、この子の限界を知らないから、流し込みすぎて窒息させてしまうかも。
哺乳瓶があればいいのだけど、そんなものは持っていない。
「もしかして、ミルクはその子の分なのかい?」
女将が不思議そうに尋ねてきた。
「は、はい……ですが、どう飲ませていいものか……あ、あの、哺乳瓶などはありませんか?」
「うーん、さすがにないわね」
「ですよね……」
「そうだね……ちょっと待ってて」
女将が奥に消えて……
ややあって、小さなスプーンを手に戻ってきた。
「これを使って、少しずつ飲ませてみたらどうだい?」
「あ、ありがとうございます!」
さっそく、スプーンでミルクすくう。
間違って大量に流れ込まないように、あくまでも少量だ。
スプーンを赤子の口元に近づけると……
「んぅ」
「あ……の、飲んだ! この子、飲みましたよ!」
「なんで、そこまで驚いているのやら……ほら、あんたが喜んでいるヒマはないよ。もっと欲しい、って言っているじゃないか」
「あ……」
見ると、赤子は両手をこちらに伸ばしていた。
お腹が減っていたのだろう。
もっともっと、と催促している。
「ご、ごめんなさい。すぐにおかわりをあげますからね。はい、あーん」
「あぅ」
その後、三十分くらいかけて赤子にミルクを与えたのだけど……
その間、私の胸は、なにかよくわからない温かいもので満たされていた。
――――――――――
「すぅ……すぅ……んぅ」
お腹がいっぱいになって眠くなったらしく、赤子はすぐに寝た。
私の腕の中で穏やかな寝息を立てている。
あんなところに捨てられていたから、怪我や病気、衰弱を気にしていたのだけど……
どうやら、その心配はいらないみたいだ。
「食事は終わったみたいだね」
再び女将に声をかけられる。
他に客がいないから、ヒマなのかもしれない。
「はい。あの……ありがとうございます」
「あたしは大したことはしてないよ、スプーンを貸しただけさ」
「それでも、ありがとうございます。私には、その発想はなくて……本当に助かりました」
「いいさ。それよりも、こんなことを聞くのもなんだけど……あんた、ワケありかい?」
「そ、それは……」
「どう見ても、血の繋がった親子には見えないからねえ」
女将の視線が赤子から私に映る。
追放時に全財産を没収されたから、着ているものはボロボロ。
半日くらいさまよい歩いていたから、汚れもひどく、まるで灰をかぶったかのよう。
そんな女が赤子を連れてきたら、何事かと怪しむのが普通だろう。
なによりも、私はエルフだ。
普通に考えて疎まれてしまうだろう。
まずい。
問題が起きないうちに、すぐにここを出て……
「よし! ウチに泊まっていきな」
「え?」
「幸い、部屋は空いているからね。いくらでもいるといいさ」
「え? え? えっと、でも……」
なにかの罠だろうか?
ついつい、そんなことを考えてしまう。
「私、ミルク代くらいしか持っていないんですけど……」
「出世払いってことでいいよ」
「私、見ての通りエルフですよ?」
ピンと尖る耳を指先で弾く。
「かわいいから問題ないさ」
「自分で言うのもなんですが、ものすごく怪しいと思うのですが……」
「そうだね、怪しいね」
「うっ……」
「でも、悪人じゃないだろ? あたしは、こう見えて人を見る目はあるつもりなのさ。断言してもいい。あんたは悪人じゃない」
カインに裏切られて。
エリザに罠にハメられて。
色々な人が私を悪女と言う。
それなのに、この人は私を善人と言う。
大して話したこともないのに、どうして?
「勘が……理由なんですか?」
「勘っていうものは、わりとバカにできないものよ。それに、理由ならもう一つあるわ」
「それは……?」
「あんたが良い母親だからさ」
「私が……」
「色々な事情を抱えているみたいだけど……その子のために、必死にがんばっていただろう? だから、あんたは間違いなく良い母親だ。そんな人に悪いヤツはいないさ」
思わず、腕の中で眠る赤子を見る。
私は……この子に助けられたのかもしれませんね。
「……ありがとうございます。その、お世話になっても……?」
「ええ、任せておきなさい!」
女将は、どんと胸を叩いてみせる。
「っと、そういえば自己紹介がまだだったね。あたしは、ビアンカ・ステイシアよ。夫もいるんだけど、ちょっと今、手が離せなくてね。後で紹介するよ」
「私は、アリ……アリサ・ライズです」
それなりに名前が知られているため、さすがに本名はまずいと思い、その場で思いついた偽名を使うことにした。
その瞬間、なんともいえない解放感を覚える。
カイン達に心が囚われていた私は消えて、この子と共に生きる、新しい私が誕生する。
そんな感じがした。
「あーうー」
赤子が私を見て、笑う。
私も笑顔を返した。
うん。
改めて、この子と一緒に生きていこう。