第42話 専用機は『動けばいい!?』
「来たぞ!」

背後からの女性の大声に驚いたように誠は振り返った。
「何がですか?一体、何が来たんですか?」
そこはいつもの司法局実働部隊機動部隊の詰め所である。
夕方の西日が厳しい時間帯に、その机でぼんやりとたたずんでいた誠に声をかけたのはかなめだった。
「オメエの専用機だよ!待ちに待った専用機だ!もっと嬉しそうな顔しろよ!」
かなめはまるで自分の待っていた機体がやってきたかのように嬉しそうにそう叫んだ。
「ついに来たか。行くぞ、神前」
端末に何かを入力していたカウラは、かなめの言葉を聞くと素早く立ち上がった。
「僕の機体か……しかも『専用機』……戦場にも出たこと無いのにまるでエースにでもなった気分だな」
誠も少しワクワクしながら立ち上がりかなめとカウラの後に続いて詰め所を出た。
「でもあれか?もう機体に描くノーズアートとか決めてんのか?」
振り向いたかなめは悪戯でもしたかのような笑みを浮かべて誠に尋ねてきた。
「ノーズアート?あれですよね、機体に絵を描く奴……それって普通、エースしかやらないものじゃないですか?」
遠慮がちにそう言う誠の肩をかなめは叩きながら話を続ける。
「そんなのはったりだよ……オメエは操縦が下手だから少しでも強そうな絵でも描いときゃ相手もビビるだろ?その分生存確率が上がる。それにオメエの機体はオメエしかその性能を引き出せねえ特別カスタムだ。ノーズアートの1つや2つ有っても罰は当たんねえよ」
「その操縦が下手な神前に格闘戦オンリーだったとして負けたのはどこの誰かな?それに私としては神前に機体の性能頼みの戦いはしてほしくない。ノーズアートなど無用だ」
珍しくいつもの無表情から皮肉めいた笑みに顔を変えてカウラがかなめに笑いかけた。
「カウラ!テメエ!あれはまぐれだ!次は必ず勝つ!」
誠に向けていた笑顔が急変し、かなめはカウラを怒りの表情でにらみつけた。
「お二人とも……落ち着いて……」
なんとか誠が間に入って二人はそれ以上のいさかいをすることはなく立ち上がった。
「それじゃあハンガーに行くぞ」
まるで専用機が来たのは自分であるかのようなご機嫌なかなめはそう言って誠達を連れて機動兵器『シュツルム・パンツァー』の置かれているハンガーに向かった。
三人がたどり着いたハンガーには、大型のトレーラーが待機していた。
トレーラーの運転席の脇には隣接する菱川重工豊川工場の制服を着た技術者と会話をしている技術部整備班長の島田正人曹長の姿があった。
「島田先輩!」
誠は菱川重工の技術者との会話を終えた島田に声をかけた。
「おう、神前と……まあ皆さんお揃いで」
茶髪の白いつなぎを着たヤンキー風の島田がニタニタ笑いながら声をかけてきた。
「機体……どうなんだ?」
「ベルガー大尉。どうもこうも……神前の野郎の『力』引き出すって言う触れ込みの例の『法術増幅システム』ってのが……ねえ……」
カウラの言葉に島田は少し不機嫌そうにそうつぶやいた。
「『法術増幅システム』……それなんですか?」
島田の言葉が理解できずに誠はそうつぶやいた。
「うちで採用している05式は重装甲が売りなんだ。ともかく装甲が厚い。大きく三つの層で構成されたハニカム装甲がレールガンの直撃を防ぐって寸法なんだが……この神前の専用機の『05式特戦乙型』にはその真ん中の層に『理解不能』な素材が使われてんだ」
島田は少し困ったような調子でそう言った。
「『理解不能』な素材って!オメエは技術屋だろうが!そんくらい理解しとけ!神前は『法術師』だ。その『素質』を発揮するための素材だろ?材質は何だ?言ってみろ!」
いつになく遠回りな言い方をする島田の言葉にキレたかなめがそう叫んだ。
「西園寺さん……そんなこと言われても困りますよ……なにせ、俺の技術屋としての『師匠』に当たる人から『いじんないでね!材質も機能も今は秘密だから!』って言われちゃいまして……『法術』の発動した時の反応については勉強しているはずのひよこちゃんまで『大丈夫ですから。機能は保証します』の一点張りだぜ……そんなに信頼されてねえのかな、俺。西の餓鬼はひよことつるんでそのホ『法術増幅システム』の講習受けてたから何か知ってるかもしれねえけど、その西も俺に隠し事をしていやがる。上司に隠し事をするとはふてえ野郎だ」
島田はそう言いながら困ったような表情でカウラに目を向けた。
「おそらくクバルカ中佐なら知っているだろうが……」
「教えねえ!」
つぶやくカウラの背後から声がして全員がそちらに目を向けた。
そこには小柄なクバルカ・ラン中佐が腕を組んで立っていた。
「中佐……そこを何とかなりませんかね……俺達がいじるんですよ、こいつを。もしその『法術増幅システム』とやらが暴走とかして神前の身に何かあった時にはどう対処するんですか?こいつをいじる俺達がそれを知らなきゃ対策の立てようがない。西の餓鬼一人で何とかなる代物なんですか?何かあった時の責任を取らされる俺の身にもなってくださいよ」
「その心配はねー!それにこいつになんかあった時はオメエじゃなくてアタシが責任を取る!それがアタシの役目だかんな」
そう言い切ると、ランは小柄な体でトレーラーの前に立った。
「こいつはこれまで存在したどの量産を目指したシュツルム・パンツァーにも無い一部の遼州人にとっては『画期的』なシステムである『法術増幅システム」を搭載してるんだ。いずれアタシの機体にも同様の装備をする……まあ、予算が付いたらだけど」
ランはそう言って胸を張った。予算の話が出てくるのがいかにも冷遇されている『特殊な部隊』らしいと誠は納得した。
「それじゃあいつまでたってもつかないですよ!発足以来機体にかける予算が出たことなんて一度も無いじゃないですか」
ランの言葉に島田がツッコミを入れた。
「そう言うわけだ。神前!こいつをカウラの機体の隣に立てろ。空いてんだろ?シュツルム・パンツァーを立てる場所があそこに」
そう言ってかわいい指でランはカウラの電子戦専用機の隣のシュツルム・パンツァー用のエレベーター付きデッキを指さした。
「へ?いきなり僕がやるんですか?」
誠はランの言うことがすぐには理解できずに聞き返した。
「このトレーラーは菱川重工豊川の備品なんだよ。いつまでもここでテメエの機体を載せたまま待機させとく訳にはいかねえんだ。その間の延長のレンタル料……うちの予算で出せって言うのか?」
島田にそう指摘されて誠は仕方なくトレーラー前部の梯子を上り始めた。
「オートでやってもいいぞ……まあ自信が無ければの話だけどな!」
明らかに挑発気味にかなめはそう言った。かなめの無茶な注文に誠は顔をしかめた。
「いや、自信とかそういう問題じゃなくて……普通、こんな大事なことはちゃんと訓練を受けてからやるものでは……?普通、機種転換訓練って半年くらいかけてじっくりやるもんじゃないですか?」
サイボーグで脳に直接操縦方法から機体性能まで入力されることが当然のかなめは肩をすくめて誤魔化しにかかった。
「オメエ、もう乗るしかねえんだよ。腹くくれ」
かなめはいつものかなめらしくまるで他人事の様にそう言った。
「僕の命の扱いが軽すぎるんですけど……」
そう独り言を言いながら誠はそのまま緑色の自分の05式特戦のコックピットのハッチを開けた。
「へー……やっぱりシミュレーターとおんなじ作りなんだな……僕には狭いかな……」
そう言いながら誠はコックピットに乗り込む。
ちょうど天井を見上げるような形で誠はシートに身をゆだねた。
その瞬間、誠の身体に異変が起こった。
脱力感が誠を襲い、シミュレータで見たあの『法術ゲージ』が大きく振れた。
『なんだ……この機体……命を吸い取られるような感覚がする……これが『法術増幅システム』の効果なのか?』
誠はそんな疑問を感じたが状況はそんな疑問の解消の時間を与えてはくれなかった。
『立てんぞ!』
誠が乗り込んでハッチを閉めると島田の声がコックピットに響いた。
「大丈夫です!行けますよ!」
誠はそう言いながら主電源を入れてシステムを起動させた。
「なるほど……エンジンは位相転移式か……まあ歩かせる程度なら蓄電池とモーターでなんとかなりそうだな」
一応は理系大学出身なので起動と同時に全天周囲モニターに浮かび上がる文字を見れば誠にもそのくらいのことは分かった。
そうこうするうちに次第に機体の角度が変わり始めた。
「おう……これが……」
雰囲気に浸りながら誠は自分の機体が直立していく様を想像しながら笑顔を浮かべていた。
『ベルガー大尉の隣のデッキが見えるだろ?そこに立たせろ!』
島田の言葉を聞くと誠はそのまま操縦桿を握る手に汗をかいている自分に気が付いた。
「焦るな……冷静に……どうせ補助システムでうまい事動かしてくれるんだから。これでヘタッピ卒業だ」
自分自身にそう言い聞かせながら誠はゆっくりと自分専用の新品の05式の左足を前に踏み出させた。
「よーし……できるじゃないか……」
右足をトレーラーの台から抜いて何とか自分の機体を自立させた。モニターの下の方では手を叩いて喜ぶつなぎの整備班員の姿が見えた。
「じゃあ……」
そのまままっすぐカウラの機体の前を抜けて機体を反転させて静かに予定地点に機体を固定した。
『オメエ……できるんだな……やれば』
何かアクシデントを期待していたような島田の言葉に反応するには誠の緊張は極限を超えていた。
「やりましたよ……」
わずか数分の出来事だというのに誠は疲れ果てていた。
そのままコックピットのハッチを開けるとそこにはアメリアが当然のように立っていた。
「大したものね……まあ、私は誠ちゃんならやれると思ってたけど」
「本当ですか……」
「嘘だけどね」
誠はいつものアメリアの術中にはまった自分を笑いながら彼女の伸ばした手に引っ張られて機体から降り立った。
「よーし!ばらすぞ!総員、上腕の関節部から外して第一装甲を引っぺがせ!装甲の間に入ってる『訳の分からない板』は触るなよ!材質も分からねえんだ!何が起こるか俺にも分からん!」
島田の叫び声にはじかれるようにしてそれまで野次馬を気取っていた整備班員達が駆け回り始める。
「やるじゃねえか……」
かなめとカウラ、そしてランが地上に降りた誠とアメリアを迎えた。
「オメーの機体は正式名称では『05式特戦乙型』って言うんだ……さっき言ったように『法術増幅システム』搭載の初の実戦型シュツルム・パンツァーなんだぜ」
ランは得意げにそう言って笑った。
「あのー……だからその『法術増幅システム』ってなんなんです?説明してもらわないと使いようがありませんよ」
誠は自分が得体のしれない機体に乗せられることに困惑しながらそう言った。
「今は教えねー!でもさっきオメーはこいつを動かしたじゃないか。動くからいいんだよ!シュツルム・パンツァーなんざ要は動けばいいの!『法術増幅システム』は邪魔にはならねえし、オメエの身体にも害はねえから安心しろ。」
誠は予想通りの反応をして誠に背を向けるランを見送る。
「要は動けばいいか……」
誠はランの言葉を聞きながら自分の命を預けることになる機体を見上げた。
巨大な装甲が西日に反射し、無骨なフォルムが夕焼けの影を落としていた。
これが、自分の機体……。
「こうしてみるとでかいなあ……教習で乗った02式より1回りデカい。そして重そう。本当に、こんなのを動かせるのか……?」
誠は息をのんだ。
「僕の機体……僕専用の機体なんだ……」
誠は感慨深げに自分の『専用機』を見上げた。
ここにとりあえず居る理由にはなるかも知れない。
誠はそんな後ろ向きの考え方をする青年だった。