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第41話 職場は『生態系』

 機動部隊詰め所の電話が鳴った。

 下っ端である自覚のある誠が電話をすぐに取る。

「はい!司法局実働部隊!」

 とりあえず最低でも元気だけは周りの女性陣に見せつけようと、誠は受話器に向けて元気よく叫んだ。

『あのー、こちら千要県警豊川警察署刑事課なんですけどね……』

 誠の叫びにうんざりしたような調子で中年男性の声が誠の耳に届く。

「豊川署?警察ですか?」

 突然の県警からの電話にうろたえながら誠は答えた。

『そちらにクバルカ・ランさんと言う方が居られると思うのですが……いつもの件だと話していただければ分かると思うんですが……』

 遠慮がちな警察官と思われる声に誠はハッとして機動部隊長の机で将棋盤をにらんでいるランに目を向けた。

「神前。ああ、また豊川署か?代われ。どーせいつもの件だ……あの馬鹿、またやりやがった」

 まるで相手が分かっているかのようなランの態度を不審に思いながら誠は内線の転送ボタンを押した。

「また……島田だよ」

 かなめはあきれ果てたように頼まれた報告書作成などせずに銃を磨きながらそうつぶやいた。

「アイツには学習能力と言うものが無いのか?今度は何をしたんだ?どうせろくでもないことをしたんだろ。いつもの事ながら呆れ果てるしかないな」

 カウラは誠の受けた電話の要件が分かっているかのようにそうつぶやいた。

「島田先輩……警察に知り合いでもいるんですか?それとろくでもない事って……あの人何をしてるんです?いくらヤンキーだからってそんな毎度毎度警察のお世話になることはしないでしょ。うちは一応『武装警察』ですし」

 誠の間抜けな問いに二人は大きくため息をついた。

「まあ、いるというか……島田の野郎には『私有財産』という概念がねえんだ」

 かなめは銃のスライドの動作を確認するように何度も動かしながらそうつぶやいた。

 かなめには島田の行動は特に驚くようなことでは無いようだった。

「『私有財産』と言う概念が無い?それってどういう意味なんですか?」

 誠はかなめの言葉の意味が分からずオウム返しでそうつぶやいた。

「アイツは必要なものは必要な人が使って当然という考え方しかできないんだ。島田の手癖の悪さは一級品だからな」

 カウラもまた机の上の端末から目を離すこともせずに、特に驚くことでもないと言うように淡々とそう言った。

「それって万引きでもしたんですか?まあ、ヤンキーですからね。でもあの人ももう大人でしょ?中学生や高校生の不良でもあるまいしそんな事ばかりしてるわけないですよね?」

 誠は信じられない表情を浮かべて、平然と仕事を進めているカウラにそう尋ねた。

「万引きは出来るだけ控えているそうだが……バイクとか自動車とかをだな……必要があると自分で使ってしまうんだ」

 とんでもないことを口にする割にカウラの口調はまるでそれが当たり前のような調子だった。

「バイク?自動車?そんなものを必要だからって盗んだって言うんですか?犯罪ですよ!それ!うちは一応武装『警察』ですよね?警察官がそんなことして許されるんですか?あの人まだ免職になって無いですよね?今朝も寮でサラさんと一緒にプリン食ってましたよ」

 コンビニでガムやジュースを盗むのならいざ知らず、盗むものがバイクや自動車となってくるとさすがに大事だと思って誠はそう叫んでいた。

「違法駐車のバイクや自動車を『移動してやった』と言って……」

  誠は呆然とした。

「……え、つまり『持ち主が困っているバイクを助けてあげた』くらいのノリなんですか?」

「そんなところだな」
 
 平然とそう言うカウラに誠は天を仰いだ。この『特殊な部隊』では社会に近そうなカウラにさえこんな理論を展開されたら、もはや反論する気も失せた。

「その度にちっちゃい姐御が身元引受人として出向くわけだ……アイツのピッキング技術と量子コンピュータ内蔵ポケコンを駆使したロック解除はプロ級だからな……どんな車だろうが簡単に盗むことが出来る。アイツなら軍の施設に置いてある飛行戦車でも盗みかねない」

 カウラは島田の責任を責めるどころかその腕前に感心しているようにそう言った。

「そんなわけないじゃないですか……」

 さすがの誠もカウラの言うことを信用できなかった。
 
「実際、1回盗んだことあるぞ。東和陸軍に07式が配備された時、『05式に勝った機体の性能を見てやる』と言ってここまで乗って来た。ああ、アイツはパイロット教育も受けているからな。たいていのシュツルム・パンツァーの操縦はできる」

 平然とカウラはそう付け加えた。
 
「あのー、操縦が出来るとかそう言う問題じゃないと思うんですけど」
 
 さすがにそれは誠の理解を超えていた。

「でも窃盗ですよね?普通そんなことを社会人がすれば職を失いますよね?なんでうちではそれが許されるんですか?」

 カウラにそう言ってみるがこの『特殊な部隊』ではそんな社会の常識は通用しないようだった。

「おう、じゃあ豊川署に行ってくるわ!あの馬鹿の世話をするのも後見人であるアタシの責任だ。これでちょっと焼きを入れてやれば、アイツもしばらくは大人しくしてるだろう」

 警察官との会話を終えたランがそう三人に話しかけた。

「あんな素行不良のヤンキーは普通の会社ならとっくに|解雇《くび》だわな。でもうちは『特殊な部隊』なんだ。今のところは叔父貴が東和警察との間に入って何とかなってるが……そのうち本当に起訴されんぞ。アイツ。そうなったらいくら叔父貴でもどうしようもねえぞ」

 かなめの言葉にランは半分呆れながら詰め所を出て行った。

「そんなにしょっちゅう盗むんですか?」

 誠はあまりに日常的な光景としてこの一連の事件が処理されていくのを不審に思いつつそう尋ねた。

「豊川署で揉めたのはこれで五度目だ。他にも税関や水道局と揉めたこともある。毎回、隊長の口添えと中佐の『機転』で何とかなってるが……」

 誠は警察ばかりでは無くなんで税関や水道局と揉めるのか分からなかったがあまり事情を複雑にしても面倒なのでカウラの言葉の一番気になる部分だけに話題を持っていくことにした。

「『機転』?どんな『機転』を利かせれば窃盗事件を揉み消せるんですか?」

 カウラの言うランの『機転』が想像もつかず、誠は首をひねった。

「取調室に怒鳴り込むなりぶん殴ったり蹴ったりして『落とし前をつけろ』とか言って|鉈《なた》を借りようとするんだ」

 かなめはようやく銃のセッティングに納得がいったように銃をホルスターにしまいながらそう言った。

「鉈なんて……何をするんです?取調室から脱走でもしようと言うんですか?」

 ランの『機転』の話題になるとそれまでの関心の無さそうな表情を変えてニヤニヤ笑いながらそう言うかなめに、誠はひたすら困惑した表情を浮かべていた。

「悪事に対する落とし前を付けるために小指を落とすんだと。『けじめをつけろ!小指(えんこ)出せ!』とか『今回は手首で勘弁してやる!』とか言って大芝居を打つと県警の連中も姐御のあまりの迫力に負けて大体そのまま釈放になるわけだ……被害者の方は、元々違法駐車で警察に見つかったら高いレッカー代や違反金を取られるところだから。その分金が浮くから意地でも起訴するって言う被害者が居ねえんだ。車やバイクには傷1つついていねえわけだからそっちの方が得だって訳」

 かなめはそう言いながら腕組みをして頷いた。

「そんな事情があったとは……島田先輩がクバルカ中佐の下でしか働けない理由が分かりました。でも大変ですね、クバルカ中佐」

 誠は島田の尻拭いに奔走するランに同情するようにそう言った。

「そうだろ?まあ、職場はどこでもそうかもしれないけど、うちは特に一種の『生態系』を形成しているんだ。一人欠けても機能しない。ちなみにクバルカ中佐も……」

 この『特殊な部隊』の奇妙な常識にこれまでの認識の甘さを恥じながら誠はカウラがランの非常識行動を知ることになる自分の運命を呪って恐る恐る口を開いた。

「中佐が何を?中佐の場合は人でも殺すんですか?うちは『殺人許可書』があるってこの前言ってましたよね……もはやそこまで行くと、うちは社会の敵……犯罪者集団じゃないですか?」

 カウラの言い得て妙な言葉とランのことが気になって尋ねる誠にかなめは首をすくめた。

「ああ、そんな物騒なはなしじゃねえよ。ランの姐御は被害者の方、あれ……『特殊詐欺』ってあるじゃん」

 かなめの言葉で誠はとりあえずあのかわいらしい中佐殿が加害者でないことに胸をなでおろした。

「家族に成りすましたりするアレですか?誰があんなのに引っかかるんですか?お年寄りでもあるまいし」

 驚きの表情を浮かべながら誠はかなめに尋ねた。

「普通はそうだな。でも、中佐のおつむは……『義理と人情の2ビットコンピュータ』だから引っかかるんだな、これが」

 かなめは皮肉めいた笑顔を浮かべながらそうつぶやいた。

「『義理と人情の2ビットコンピュータ』?なんですそれ?」

 カウラの奇妙なラン評に誠は思わず身を乗り出していた。

「電話で人情がらみの泣き落としとかされると一発で騙されるんだ。家族に成りすまして会社の金をなくしたなんて言うのは一コロだな。妊婦を車で轢いただの言う電話がかかってくるとこれもまた一発だ……自分は家族もいないのにな。『現場では敵に情けをかけるな!』とかいつも抜かしてるくせに、自分のこととなると人情だけで動いて騙される」

 かなめはそう言いながら苦笑いを浮かべた。

「それって……単なる『馬鹿』ってことですよね」

 いくら社会常識の欠如した誠でも自分の上司がそんな雀並みの脳味噌の持ち主だとは思いたくなかった。

「ランの姐御に言わせると『義理』と『人情』の間で悩むのが人間なんだと。だから姐御の携帯には登録した番号以外着信拒否する設定になってんだ……他にも叔父貴が色々と手をまわして何とか特殊詐欺の被害にあわない工夫をしてるわけ。だから姐御も叔父貴の部下しか務まらねえの。以前勤めてた東和陸軍のシュツルム・パンツァー教導部隊では何度か特殊詐欺で多額の借金を抱えて寮でガス管くわえて自殺未遂してたところを見つかって大騒ぎになったし」

 
挿絵


 ガス自殺と聞いて誠はさすがに顔色を変えた。
 
「どんな詐欺にあったんです?そのガス自殺の時は」
 
 深刻な表情の誠にかなめが苦笑いしながら答えた。
 
「例えば……『あなたの甥っ子が誘拐されました』とかだな」
 
「甥っ子いないですよね!?あの人身よりは一切いないって聞いてますよ?なんでそんなのに引っかかるんですか?」
 
「それがな……『甥がいるかもしれない!』って、疑うこともなく身代金を払おうとしてたんだよ」
 
 誠は頭を抱えた。ここはどこまで行っても『特殊な部隊』なのだと誠は確信した。
 
「そんなもんですか……しかし、特殊詐欺被害の借金でガス自殺って……怖いですね、特殊詐欺」

 ランの意外な弱点を知って誠は彼女が嵯峨の保護の下でしか生きていけない弱い存在なのだと理解した。

 誠はこの会話の流れを思い出して、ふとつぶやいた。

 「つまり……この部隊って、まともな人間がいたら逆に機能しないんですね?」

 それを聞いたかなめが笑った。

「そういうことだな。ウチは『社会不適合者の寄せ集め』なんだよ」

 それが冗談ではなく、本当にそうなのだと誠は悟った。

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