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1話 婚約破棄

「アリシア、キミには心底がっかりしたよ。この日、この時を持って、私とキミの婚約を解消させてもらう! 庶民ごときが皇妃になれると思うな!!!」

 結婚前夜。
 愛する人といよいよ結ばれることができると、胸をドキドキさせていたのだけど……

 大事な話があると、急に謁見の間に呼ばれた。
 私を待つのは、勇者であり、この帝国の皇子でもあるカイン。
 私の愛する人で、大事な婚約者だ。

 魔王討伐の旅を一緒にして……
 その中で互いを想い合い、恋に発展。
 そして、婚約をするに至った。

 そんなカインの隣には、同じく、魔王討伐の旅を一緒にした賢者のエリザが。
 なぜかカインと腕を組んでいて、彼に寄りかかり、そして……勝ち誇るような笑みを浮かべていた。

「えっと……え? 今、なんて……」

 なにを言われたのかわからなくて、ぽかんとしてしまう。
 そんな私の反応を見て、カインは露骨に舌打ちをしてみせた。

「聞こえなかったのか? キミとの婚約は解消だ!」
「……えっ!?」

 ここにきて、ようやくカインがなにを言っているのか理解できて……
 私はおもいきり慌てる。

「ど、どうしてそうなるんですか!? そんな……明日、式を挙げるというのに、どうして前日になって、いきなりそんなことを……」
「どうして? ……か。そんなことを平然と……ふ、ふふふ。はっ、ははははは!!!」
「か、カイン……?」
「決まっているだろうっ、この卑しい雌豚めっ!!!」
「きゃっ!?」

 カインは、指輪をおもいきり投げつけてきた。
 それは、私を一生愛して幸せにすると約束してくれた時の婚約指輪だ。

「ど、どうして……」

 理由はわからない。
 でも、彼は本気だ。

 カインの愛を失ったことを理解して、私は愕然とした。
 全身の力が抜けて、床に膝をついてしまう。
 涙がこぼれて、勝手に体が震える。

 ただ、そんな私を見たカインは、さらに苛立たしそうな顔になる。

「ふんっ、白々しい演技を……私が気づいていないとでも思っていたのか? 貴様の本性はすでに知っているのだぞ!」
「私の本性……?」
「魔王討伐の旅の時、貴様は孤児院などへの寄付金を集めていたな?」
「え、ええ……だって、私は聖女ですから。魔王討伐だけじゃなくて、子供達の未来を守ることも使命の一つなので……」
「ふんっ、綺麗事でごまかすな。それらの寄付金は、全て懐に収めていたのだろう? 私としたことが、まんまと騙されたよ」
「そんな!? そのようなことは、一切していません!」
「それだけではない。共に旅をして、命を預ける仲間であるエリザに数々の嫌がらせをしていたな?」
「えぇ!? そ、そのようなこともしていません!」
「そして、極めつけは……私という婚約者がありながら、他所の男に股を開いたことだ! くっ……腸が煮えくり返るとはこのことか! この淫売め!!!」
「そんな!? そのようなことは決してしていません! どうか、私を信じて……」
「黙れっ、クズめ!!!」

 必死で訴えるものの、カインは信じてくれない。
 それだけではなくて、さらに見に覚えのない罪状を次々と並べていく。

 曰く、聖女という立場を利用して私服を肥やした。
 曰く、婚約者がいるにも関わらず複数の男と関係を持った。
 曰く、地位を手に入れるためにカインと婚約をして、愛なんてない。

 曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く曰く……

 見に覚えのない罪状が次々と挙げられていく。
 その度に、カインは怒りに顔を歪ませていた。

 その隣でエリザは楽しそうに……とても楽しそうに笑っている。

 それを見て確信した。
 全て彼女の仕業だ。
 その目、その表情、その口元……全てが私に対する悪意で満たされている。

 思えば、彼女はカインに対して想いを寄せている節が見えた。
 だから、カインと婚約した私を妬み、恨み、怒り……
 私を陥れるという今回の計画を立てたのだろう。

 仲間に対してこんなことは言いたくないのだけど……
 彼女の力はとても素晴らしいものだけど、性格は、少々難がある。
 思い通りにいかないと癇癪を起こす癖があり、旅の途中、何度か困らされたものだ。

 でもまさか、こんなことをするなんて……
 ここまでのことをするなんて……

「カインっ、それらは全てデタラメです! 私はなにもしていません、本当に悪いのは……エリザです!」
「ほう……アリシアは、エリザが全ての元凶と言うか?」
「はい、その通りです。きちんと調べてくれれば、必ず証拠が出てくるはずです。全て彼女が企んだことで、私はなにも……」
「愚か者がっ!!!」
「っ!?」

 落雷のような怒声が響き渡る。
 あまりの迫力に恐れ、ついつい言葉を止めてしまう。

「怒りしか湧いてこないな……エリザ、全てキミの言う通りの展開になっているよ」
「はい……このようなことになり、仲間として、とても残念に思います」
「アリシアの悪事の証拠なら山程出てくるが、エリザがそれに関わっていたなどというものはゼロだ。欠片もない」
「苦し紛れなのでしょうね……かわいそうな人」

 エリザが泣く真似をしてみせるが、その口元は、私から見ると笑っていた。

 やはり、間違いない。
 全ては彼女が仕組んだこと。

 しかし、その計画は完璧なのだろう。
 どんな手段を使ったのかわからないけど、どこからどう見ても、100パーセント私が犯人であるように細工をして……
 完璧な証拠を用意したのだろう。

 でも。
 だからといって。

 カイン、あなたも信じてしまうなんて……
 私は、あなたの婚約者なのに。
 それなのに、私ではなくてエリザを信じるなんて、それはあまりにも残酷です。

 私の心のなにかが、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。

「貴様のような女に、一時でも愛を囁いていた自分がとても愚かしい。黒歴史だな」
「カインさま、落ち込まないでください。人間、誰にでも誤ちはありますわ」
「おぉ、エリザは優しいな。さすが、私の妻だ」
「……妻……?」

 愕然とうなだれていた私だけど……
 ありえない単語を聞いて、再び顔を上げる。

 カインとエリザは……私に見せつけるかのように寄り添い、互いを抱きしめていた。

「エリザが妻とは……どういう、ことですか……?」
「私は真実の愛に目覚めたのだ。アリシアのようなまがい物の愛ではない」
「そうですわ。カインさまは、あなたではなくて、わたくしを妻としたのです」
「……」

 今度こそ、完全に言葉を失う。

 カイン……私を愛していると、甘くささやいてくれた、あの言葉は?
 優しく抱きしめてくれた、あの時の笑顔は?

 全て偽物だと……
 まがい物だというのですか?

 だとしたら、私は、いったいなんのために生きてきて……
 カインのために、あなたの力になろうと、今までがんばってきたというのに。

 聖女に選ばれて、魔王討伐の旅に出ることを命令された。
 恐ろしかった。
 それまでの私はただの庶民だから、魔物と戦った経験なんてない。

 でも、カインは、怯える私に「私が一緒にいるから」と励ましてくれた。
 すごくうれしかった。
 カインにとっては何気ない言葉だったのかもしれないけど、でも、私にとってはそれが全てで、この人の力になろうと思ったのに。
 そして、カインも応えてくれたと思っていたのに。

 それなのに……全部、ウソだと言うなんて。

 私は……
 私はぁっ……!!!

「アリシア、貴様の罪は明白! 白々しい演技に騙される者は、誰一人いない!」
「……」
「貴様の顔を見ていると、吐き気がしてくる。おぞましい……貴様は人ではあるが、その心は魔物と変わらない。私が倒した魔王の方が、まだ人らしい心を持っていただろう」
「……」
「貴様のような悪女を妻としていたら、同盟国であるクリスタルレイク王国に笑われるところだった。いや。それだけで済まず、貴様の悪行でクリスタルレイク王国が敵に回るかもしれないという、最悪の展開が訪れていたかもしれん。かの王国は帝国よりも力は上、敵対されればタダでは済まなかっただろう」
「……」
「本来ならば、牢へ放り込み、裁判にかけてやりたいところではあるが……魔王討伐の旅にまったく貢献していないとは言えない。その功績だけは認めてやる」
「……」
「元仲間として、最大限の温情をかけてやろう。アリシア・オーライザー。全ての財産を没収、後に国外追放とする!」
「……」

 カインが怒りの表情で、叫ぶように言葉を並べていた。
 その隣で、エリザがほくそ笑んでいる。

 でも、私にはどうでもいい。
 なにかもが、どうでもいい……

 私の心は完全に打ち砕かれて、バラバラになり、なにも考えることができなくなっていた。

「アリシア・オーライザー、貴様を国外追放処分とするっ!!! 今すぐにこの国から出ていき、私の前から永久に消え失せろっ!!!」

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