バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第189話 カウラの嫉妬

「これはおいしそうですね」

 誠はごく普通に見えるカレーが好きだった。ごろっとした肉、野菜、ジャガイモが食欲をそそった。しかもどこで用意したのかは分からないが、そのルーから香るスパイスの芳香は寮の特製カレーのそれにあまりに似ていた。

「さあ、遠慮なく食べてください。お分かりになると思いますが、皆さんのお住まいの寮のカレーを参考にして、うちのシェフが腕によりをかけて作りました。きっと楽しんでもらえると思いますよ」

 かえでは気取らない調子でそう言うと率先して匙を手に取った。ただ一人、かなめだけは明らかにそのカレーが何を意味しているのか理解しているようでげんなりした顔でかえでを見つめていた。

「じゃあ、いただきます」

 誠はそう言って早速ジャガイモに匙を入れた。匙を入れると抵抗なく崩れるその柔らかさにうっとりしながらご飯に混ぜて口に運んだ。

 辛さと言い、香りと言い、どちらも誠好みの『特殊な部隊』の男子寮特製カレーとそっくりの味だった。

「おいしいわね。でも本当に。でもいつものよりも作った人の腕が良いのか、よりおいしく感じるわよ。本当にありがとうね、かえでちゃん」

 アメリアもこのカレーが気に入ったらしく匙を伸ばす速度が上がっていった。そんな中、一人カウラだけは匙に手を伸ばすことなくカレーを眺めていただけだった。

「どうしたんだね、ベルガー大尉。何か気になることでもあるのかな?」

 いつものさわやかな笑顔でかえではカウラに向けてそう尋ねた。

「日野少佐は神前の『許婚』だと聞いていますが……」

 カウラは遠慮した調子でそう切り出した。

「そうだが、この前は薫様にも気に入っていただけた。このまま順調にことを進めて来年中にも結納を済ませたいと僕は思っているが……神前曹長はいかがだろうか?」

 突然、急な結納などと言う言葉を聞かされて誠は面食らった。

「そんな!急に決められても困りますよ!それに僕達会ってからまだ半年たってないじゃ無いですか!こういうことはもっと時間をかけて……」

 誠は気の早い話を繰り広げるかえでに向けて、なんとか嫌われない程度の断り方をしようと心がけてそう言った。

「神前曹長。人生は短いんだよ。僕はプレイとしてじらされるのは好きだが、物事を決める時は迅速に決めたい質なんだ。僕の心は決まっている。確かに、僕の心の中にお姉さまへの思いがあるのが気になると言う君の気持ちも分からないではない。でも、決めるべき時は早めに……」

「神前の意向は無視ですか?日野少佐」

 誠の決断を促そうと早口に話し続けるかえでを遮ってカウラがそう言った。匙を置いて静かにかえでを見つめるその目つきは真剣そのものだった。

「僕を嫌いになる男性はいないよ。僕が嫌いになる男性はほとんどだがね。ただ、神前曹長は僕の眼鏡にかなう稀有な存在なんだ。僕としてはこの機会を逃したいとは思わない。それにこれは僕のお母様と神前曹長のお母様が決めたことだ。僕のお母様の決定は常に正しい。そして僕の感覚からしてその決定は正しかった。だから僕は神前曹長を選んだ。ベルガー大尉に何か思うところでもあるのかな?もしかしたら神前曹長に惹かれているとか……」

 カウラの言葉に自信たっぷりにかえではそう言った。その視線はカウラの胸にあった。

 かえでは巨乳である。確かに誠の好みから言えば貧乳よりも巨乳なのでかえでの言うことは間違ってはいない。誠もかえでにその変態性があまりにひどいことを除けば好意を持っていた。

「カウラちゃん……もしかして嫉妬?でも私も賛成。かえでちゃんは急ぎ過ぎ。誠ちゃんがまだ早いって言うんだからちゃんと待ってあげないと。いくら母親同士が決めた話だとしても本人の意思を尊重するのが当然でしょ?それと……かえでちゃんの大事なお姉さんはどう思っているのかしら?」

 アメリアはそう言うとわざと無関心を装ってカレーに集中しているふりをしているのが見え見えのかなめに声をかけた。

「神前とかえでの決めることだ。もしうまく二人がくっ付いてくれればアタシがかえでから食らうセクハラや、貴重な時間を使って毎月この屋敷に来てやらなきゃならねえ調教もしなくて済む。結構な話じゃねえの」

 かなめはそう言う割に明らかにその口調は動揺していた。

「どうやら、皆さんは僕と神前曹長が『許婚』であると言うことを認めないとおっしゃりたいんですかね。少なくとも僕にはそう聞こえるんですが」

 かえでの笑顔はさわやかさよりも冷たさが増したものへと変わった。

 雰囲気は一気に冷たいものへと変わりつつあった。

しおり