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06th.10『交渉』





 ⸺これに気付いたのは、白女に就いて再整理している時だ。

 トイレ男が白女と出会ったのは、今回、六周目を除けば四回。一回目は一周目、路地裏で追い回された。二回目は二周目、詰所の一階で感覚を奪われた。残る二回は共に四周目、路地裏で追い回された時と裏口を開けた時だ。

 それらの時の白女の格好を整理してみよう。一回目、三回目、四回目は特に変わらない。白いゆったりとした、簡素なワンピースだ。だが、二回目だけが違った。二回目は、服装こそ変わらないが⸺手に、黒いネックレスを持っていた。

 これだけなら、二回目以外はポケットにでも入れていたのだろうと結論付けただろう。しかし、これだけではなかった。更なる情報が四周目に有った。

 四周目、記憶を取り戻した直後。混乱し錯乱し狂乱したトイレ男は暴走し、一階のカウンターを荒らしに荒らした。

 そしてその時に、トイレ男は()()()()()()()を放り投げていたのだ。

 その時は余り気にしていなかったし、その後も『壊してたらどうしよう』と思ったぐらいで、直ぐに忘れてしまっていた。

 だが、よくよく考えてみれば、このネックレスは白女、二回目に会った白女が持っていた物と同じだったのだ。

 そこから、敵の目的がこのネックレスではないかと思い始めたのだ。

「……………………」

 改めて考えてみれば、随分と博打的だった様に思える。

 しかし現に白女は足を止め、その後ろから追い付いた巨女に拘束されていた。

「捕まえたぞッ」

「っ、白姉!」

 先を行っていた黒男が白女が捕まった事に気付き、振り返る。

「先に行って!」

 が、白女がそう言ったので、やや躊躇いながらも去った。

「あっ、待てっ!」

 それを巨女が白女を抱え上げて追おうとする。トイレ男は慌てて巨女の足に抱き着き、しかし巨女は圧倒的な体幹で倒れる様な事はなかった。

「何だ? 何故妨害する! お前もコイツらの仲間なのかッ」

「ち、……違いま、す」

 ⸺頭の中で、白女をボッコボコにする想像をする。

 一度殴れば、白女は錐揉みして吹っ飛んだ。倒れた所に蹴りを追加。白女は転がる。その横腹を踏み付ける。何度も何度も踏み付ける。白女は抵抗しない、できない。こんなひ弱な女の何が怖いというのか。

 否、何も怖くない。

「……彼女と、話をさ、せてください」

 しかし白女への恐怖の一端は不気味な所に有る。よって完全に恐怖を克服する事はできないので言葉は掠れている上にブツ切りだ。しかもあのイメージを保っていないと喋れない。

 しかしそれでも巨女に意志を伝えるには十分だった。

「……? 何でだ??」

「何でも、で、す。それと、黙っ、て聴いて、口を出さないでくだ、さい」

「…………解った。というかよく見ればトイレの人じゃないか。喋れたのか?」

「……………………」

 巨女が白女を降ろしてくれたので、そちらに会話のリソースを割く。巨女への説明は後でさせてもらおう。

「……どこでそれを?」

「…………言えね、ぇな」

 トイレ男は強気に答える。

「教えて」

「嫌だ、ね」

 態々教えてやる義理も無い。

 それに、()()の事も考えると教えるのは色々とマズかった。

「…………どうする積もり?」

 どうやらトイレ男がどうしても喋らないと悟ったらしい、白女が質問を変える。

「……仲、間を連れて、帰れ。でな、いと、」

 こうだ、とネックレスを引っ張る。金属で出来ているのか、ギッ、と鳴った。

「解った。それさえ手に入るのなら、別に構わない」

「……………………」

 ……トイレ男の予想ではもう少しゴネると思ったのだが。どうやら彼女らに取ってこのネックレスは相当大事らしい。

「じゃあ⸺」

「駄目だ。仲間と全、員揃って、全員で帰るって言ってから帰れ」

 『確かに私は帰るけど、他の人達は了承してないよね?』とかいうオチは嫌なので保険を掛ける。

「解った」

 白女はまたもゴネずに飲み込んだ。「…………」、何なのこのネックレス。そこまでする価値の有る物なのか。

 取り敢えず、交渉は成立だ。巨女に「マエンダさ、んの居る所ま、で運んでくださ、い」と言うと、彼女は頷いて、再び白女を抱え上げた。

「後で話は聴かせてもらうからな」

「……………………」

 まぁ、何も話さずに逃げる事などは許されないだろうなとは思っていたので、素直に頷いた。

 白女を肩に担ぐ巨女と二人で、前衛兵の居る詰所正面に向かう。

 ……向かおうとした所で、

「⸺姉様を、返せェェェェェェェェッ!!!!」

 詰所を跳び越えて、何か⸺黒女がやって来た。



     ◊◊◊



「はぁ!? ちょっと何それヤバいじゃない!」

「あぁそうだよヤバいんだよ!!」

 時は少し戻る。

 黒男は白女に逃がされた後、仲間と合流していた。

「直ぐに取り返さなきゃ!」

「あぁ行くぞ!」

「まぁまぁ一回落ち着いて、先ずはターゲットを殺ってからでも」

「いい訳無いでしょッ!」

 仲間の一人、黒男よりも一回り小さい同じ格好の男が諌めるが、黒女と黒男は一顧だにしない。「おぉ」と黒男よりも一回り大きい同じ格好の男が圧される中、黒女は隠れていた路地から飛び出す。

我が論を聴け、世界(エウレカ)! (のみ)その体躯の幾十倍を跳ぶ、如何にか我我が身の幾十倍を跳ぶべからざるや!!」

 言って、跳べばその身は(たちま)ち高く舞い上がった。

 地上に居る前衛兵が気付く前に黒女は建物の上空へ来る。そして、白女とそれを担ぐ巨女を認識した。

「⸺姉様を、返せェェェェェェェェッ!!!!」

 愛しの姉をどうにかしようとしているあの巨女(やろう)、亡ぶべし!!



     ◊◊◊



「待って!」

 黒い砲弾かと見違えそうな黒女の襲来に一度固まった巨女とトイレ男だが、白女の言葉に黒女も固まった。

「え⸺?」

 そして彼女は巨女(ねらい)を逸らし、地面に着地した。

「ッ〜〜〜〜!!」

 痛いのか、悶絶している。というかトイレ男の耳が可怪しくなったのでなければ、骨が折れる様な音が聞こえた気がするが……

「それより姉様ッ!」

 暫く悶絶した後、思い出した様にガバと起き上がる。(やかま)しいなコイツ、とトイレ男は思った。

「待てってどういう事よ!」

「この人達と交渉したの。私達の仕事はもう終わり、帰るよ」

「もうッ何で交渉なんか……えッ帰るッ!?」

 喧しいな、とトイレ男はまた思った。

「うん、帰る」

「何でッ!?」

「実はさっき親から連絡が有って……依頼取り消し、だって」

「はぁ⸺!?」

「落ち着いて、深呼吸」

「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 白女が黒女にネックレスの事を説明しないという事は、彼女はネックレスの事を知らなかったのだろう。黒女に見せなくてよかった、とトイレ男は安堵した。

「……白姉がそう言うならいいけど……」

 深呼吸して、落ち着いたのか、黒女は帰還を了承した。

「取り敢えずアンタ、白姉を降ろしなさいよ」

「……わ、解った」

 黒女が巨女が圧されるまでの剣幕でそう言い付けると、巨女は素直に従い白音を降ろした。

「他の人達は?」

「ハ……はもう直ぐ来ると思う。残りは判らない」

「そう」

 噂をすれば、という奴だろうか。

「白姉ッ!!」

 丁度、そこの角から黒男が跳び出してきた。

「帰るってよ」

「あぁお前ら白姉を離……何て?」

「帰るってよ」

「は?」

「白姉がそう言ってんだから疑問挟むんじゃないわよ!!」

「は、はい」

 黒女が再び物凄い剣幕で怒鳴り付けると、黒男は圧される様にして納得した。自分の事を棚に上げるなよ、とトイレ男は思った。

「残り二人を回収して、戻ろう」

 まだ二人居たのか。トイレ男が確認したのは白女、黒女、黒男、そしてこの場に居ないやさぐれ男だから、トイレ男が見知っていない人物がまだ一人居る事になる。「…………」、黒男ややさぐれ男の様な、理不尽な事をしない人物である事を祈る。

 というか、

【危なくないですか?】

「ん? あ、あぁ、そうだな」

 もう喋らなければならないフェーズは終わったので紙に書いてみせたら、巨女はたじろぎつつも頷いた。

 そう、この場に居るのは敵三人と味方二人。内一人(トイレおとこ)は使い物にならないし、敵の一人は巨女を殺したと目される人物だ。先程と形勢が逆転している。

「……へ、んな真似、した、ら、壊、すか、らな」

「解った」

 まだネックレスを渡してなくてよかった。もし渡していたら、また最初からになる所であった。

しおり