柊木周斗①
「勘介、待たせたか?」
「めちゃくちゃ待ったよ、周斗」
四月上旬、高校に入学してから少し経った頃の放課後、周斗の部活終わり。
周斗は小走りでいつものファミレスに入ってきた。そのまま反対側の席に座ると、待っていた俺よりも先にグランドメニューを開きやがる。
「何頼む?」
「俺ポテト。周斗は?」
「じゃあ僕もソレ」
ここは高校から少し離れたところにあるローカルチェーン店のファミレス。高校と周斗の家のちょうど中間に位置することもあり、中学の時からの溜まり場となっていた。
「奏と鏡子は?」
「さっきまで待ってたけど、二人とも用事だから帰るって。周斗にヨロシクとか言ってたよ」
「何をヨロシクするんだか」
「俺が知るかよ」
周斗はクスクスと笑っていた。
こうしてグダグダな時間を過ごすのが俺達の日課になっている。正確に言えば、周斗達の日課に俺が加わった形ではあるが。
アツアツのポテトを貪りながら、改めて周斗を見てみる。
イケメン……ぶっちゃけそれ以外の言葉が出てこない。
人間ってのは、他人でもDNAの99.9%が同じなのだという。つまりDNA上では、全ての人間はほとんど同一人物と言えるのかもしれん。
しかしながら、目の前にいる嫌味なくらいのイケメンと俺がほぼ同一人物とは到底思えん。周斗だけ他人とのDNA配列が50%違うと言われても一切の疑問もなく「そりゃそうだ」と即答することだろう。
「何見てるんだ?」
「お前の顔面。不条理と不公平の権化だよ」
「何を言ってんだか」
そんな周斗に、今日も今日とて渡すものがあった。
「喜べ周斗。今日も預かってるぞ」
「えええ……また?」
贅沢にも不満を漏らす周斗に、一通の手紙を渡す。白地に可愛らしいシールが付き、丸みを帯びた文字で名前が書かれたそれを見るなり、周斗は大きなため息を吐き出した。
そう、いわゆるラブレターというものだ。
「この情報化社会でラブレター貰うなんてお前くらいのもんだぞ。羨ましいぞ。その幸運を少しは俺に分けやがれ」
「欲しいならあげるけど?」
笑いながらそう話す周斗であるが、実際に俺にくれてやることなどない。誰からのものであれ、柊木周斗という男は、こういった手紙をテキトーに扱ったことなどなかった。
いつもと同じだ。
じっくりと静かに手紙を読む。そして翌日には相手に会いに行き、自分の口でしっかりと返事をしつつ手紙を返すことだろう。
もてあそぶことをせず、誤魔化すこともせず、相手の言葉には自分の言葉を以て応える。
口で言うのは簡単だが、他人からの告白に対してそれほど誠実な対応をするイケメンが果たしてどれだけいるものか。
こういう誠実さが周斗のイケメン伝説を形成している要因なのかもしれん。
「……今回はどんな感じ?」
「いつも通り。読んでみる?」
「やめとく。送り主に恨まれそうだし」
「……いつも悪いな。配達員やってもらって」
「いいんだよ」
長く一緒にいるせいなのか、周囲から俺は周斗のマネージャー的な立ち位置で認識されているらしい。
中学三年くらいの時から、こうした周斗宛の手紙だのチョコレートだのプレゼントだのを預けられるようになった。
「この子も、僕に直接渡してくれればいいのに……」
「そんな恐れ多いことできんから俺に託けるんだろうよ。言っておくが、いきなりお前に話しかけるのってけっこう勇気いるんだからな」
「そんなことはないだろ」
「そんなことあるから、俺がこんなことになってんだよ。少しは自覚しろよイケメン」
「イケメン、ね……」
周斗は手紙を優しくバッグに入れた後、ポテトを一本ポリポリと食べる。
「……勘介は、僕みたいになりたいって思うのか?」
「そりゃそうだ。三日に一度くらいに告白されるとか、全男子生徒の夢だろ」
「でも、相手は知らない子ばっかりなんだ。この手紙の送り主だって初めて見た名前だし、顔すらもわからない。……それでも羨ましい?」
「……断って欲しいのか? これからは貰わないようにするか?」
「いや、それは……」
その先の言葉を口籠らせ、苦い薬を飲んだかのように周斗は顔を下に向けた。
周斗は、優しい奴だ。
相手が誰であれ、告白には誠実に答えようとする。せっかく書いてくれた手紙を受け取らないことに申し訳なさがあるのだろう。しかし告白を断ることにはなる。きっとその度に、更なる申し訳なさを感じているはずだ。
「こういうことを受けないようにしたいのなら、簡単な方法があるだろ」
「どんなの?」
「彼女を作る」
「それ、一番難しいやつだろうに……」
「いやいや、お前が難しいんなら俺なんて不可能領域じゃねえか」
周斗は、ふいに窓の外に目をやる。
「僕なんて、ただのヘタレだよ。胸の中にある本音なんて誰にも話したことないし、話す勇気もない。本当はわかっているんだ。このままじゃいけないって。このままじゃいられないって。いつか必ず、覚悟みたいなものを決めなきゃならない時が来るって。……今はそれを考えるのが、けっこう、怖い」
「…………」
十中八九、楠原と杠葉のことだろう。
二人との関係を大切にしているからこそ、足を踏み出すことが出来ないのかもしれない。
俺からすれば贅沢な話だ。全くもって羨ましい。
……でも、周斗にとってはそうでもないのかもしれない。
周斗は優しい奴だ。
断る相手のことまで気にして、勝手に感傷の情を受ける。自分で自分を追い詰めていく。
それが幼馴染であれば尚のこと。
だから周斗は、優しいんだ。
「……まぁ、大いに悩めよイケメンストライカー。愚痴くらいならいくらでも聞いてやるよ」
「聞くのは愚痴だけか?」
「当たり前だろ。相談されても的確に答える自信なんてない。……でも、愚痴くらいは聞いてやりたいって思うんだよ。俺はお前のこと、友達って思ってるから」
「……悪友の間違いだろ」
そして周斗は笑う。
相変わらずのイケメンスマイルだが、少しだけ、表情が柔らかくなった気がした。