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第36話 英雄になる道を捨てた『英雄』

 機動部隊詰め所は、がらんとして人の気配がなかった。

 誠はそのまま誰もいない部屋に入ると、事務椅子に体を投げた。

「疲れた……」

 誠は、今日の出来事について考えてみた。

 それを仕組んだのは嵯峨だという。

 だが、誠はこの部隊に配属になる前から何者かの監視を受けていた。

「おそらく……僕がここを辞めても……アメリアさんが言ってた『監視』は続くんだろうな……今回拉致られたことで僕自身僕に地球人に無い『力』が眠ってることは裏社会では常識だってことを知っちゃったし」

 誠はもはや自分は普通では一般社会には戻れない存在であることは自覚していた。

 でもそれ以上にその事実を認めたくない自分が居た。

「そうよ」

 突然の声に振り返るとそこにはアメリアが立っていた。

「なんですか、いきなり」

「今回拉致されたことで、よく分かったんでしょ?誠ちゃんは誰だかわからない監視の目から逃げることはできない。つまり、それから逃れるにはここに残るしかないのよ」

 そう言うとそのままアメリアはカウラの席に腰を下ろして誠を見つめた。

 アメリアの糸目に見つめられて照れを感じた誠はそのまま視線を逸らす。

「確かに、僕は他に行っても監視されて……場合によっては拉致される」

「今回は運がいい方よ。もし、地球の諜報機関や『法術』研究機関に捕まっていたら、今頃、仮死状態にされて地球の研究機関に送られてたかもしれないわね。そしてその機関で『実験動物』として一生を送る……そんな展開、嫌でしょ?」

 軽くそう言うアメリアに誠はムッとなって彼女の糸目をにらみつける。

「そんな怖い目で私をにらみつけても現状は変わらないわよ。誠ちゃんが安全に暮らすにはうちの監視の下にいるのが一番よ。相手が正規の特務機関なら失敗して外交問題に発展すれば厄介なことになるから、今回みたいに隣の工場に押し入るなんて危ない真似はしないでしょうし、これからは私も島田君も誠ちゃんには監視をつけるから安全は確保できるわ」

 アメリアは確信を持って誠にそう言った。

「でも籠の鳥じゃないですか、そんなの。僕は一生この『特殊な部隊』で飼われるんですか?そんなの御免こうむります」

 誠は思わず弱音を吐いた。

 アメリアはため息をつくと前の時のように突然目を少し開けて誠を見つめた。

「誠ちゃん。でも、もうすぐ状況は変わるわ。『法術』が公然の秘密ではなくなる……その時は近づいているの……もしかしたら、誠ちゃんがその扉を開けることになるかもしれないわね。」

「僕が、ですか? 僕はただの士官候補生ですよ……しかも、出来損ないの。それに、僕自身『法術師』について何も知らされていないし、僕がどんな力を持っているのかも分からない……いい加減教えてくれても良いんじゃないですか?僕が何者なのかを。知ってるんでしょ?アメリアさんは部長だから」

 自虐的にそう言って苦笑いを浮かべる誠をアメリアの瞳が見つめていた。

「話は変わるけど、だいぶ以前にある男が……目覚めたの……巨大な『災厄』をもたらすある男が……」

「ある男?」

 誠はアメリアの珍しい悲壮感漂う口調に引き込まれて彼女に目をやった。

 彼女が言う巨大な『災厄』が何なのかわかりかねて誠は途方に暮れた。

「そう、その男は……遼州人。しかも、『法術師』としての能力は格段に高い……その男が目覚めたことを隊長が知った時から、この『特殊な部隊』は設立される運命にあったの」

「そんな、いくら超能力者でも一人の力で何ができるんですか?」

 誠は持ち前のロマンの無い理系脳にまかせてアメリアの言葉を切って捨てた。

「そうよ、一人でできることには限界がある。いつも言ってるじゃない。『組織』こそが強さだって。その男も当然そのくらいの常識は持ってるわよ。彼とその男の封印を解いた連中はひそかにこの遼州系で『災厄』をもたらす機会をうかがっている……着実に組織を拡大させて、他の組織と連携して……」

 静かなアメリアの言葉に誠は引き込まれていた。

「もし、そんな男がいるとして……何をしたいんですか?力があるんでしょ?何か目的があって……その目的を阻みたいから隊長はこの部隊を作ったんでしょうし。具体的に『災厄』ってどんなものですか?教えてくださいよ」

 誠の言葉にアメリアは再び目を糸目にして笑いかける。

「その『災厄』がどんなものになるかは……分からないわ……今のところ」

「分からない?じゃあ、こんな部隊無駄じゃないですか!シュツルム・パンツァーなんて兵器まで抱えて!こんなに大げさに動かなくても!」

 少し苛立ちながら吐き捨てるように誠は叫んだ。

「分からないけど推測はできるわよ。おそらく……力あるものの支配する世界を作りたいのよ、その男はその過程で遼州は巨大な『災厄』に見舞われる」

「力あるものの支配する世界?」

 アメリアの言葉を捨て置いて立ち去ろうとしていた誠の耳に明らかに邪悪な思惑が存在することが告げられた。

「そう。選ばれた『法術』を持つ可能性のある遼州人を頂点とする宇宙の秩序を再構築すること。それがその『廃帝ハド』と呼ばれる男の望むもの……かつて帝を廃されて、遼大陸の大地に封印されたときに『ハド』が望んだ世界の理想がそれだもの……あの男はそんな世界を作ることを望んでいる……」

 アメリアの真剣な言葉は誠にはあまり響かなかった。

 確かに、その考えがゆがんだ理想に基づいていることは分かるが、誠のように普通に市民として生きてきた人間には突拍子が無さ過ぎて理解できなかった。

「……その男が目覚めた今、何が起こるんですか?」
 
 誠は知らず知らずのうちに、喉を鳴らしていた。

「さあ、なにがおきるのかしら?それは『ハド』のみが知ると言ったところかしら?」

 アメリアはまるで他人事のように落ち込む誠に向けてそう言った。

「まさか、戦争になるとか……?」

「戦争?そんな生ぬるいもので済めばいいけど……」

 誠の問いに答えるアメリアの姿にも誠は誠意を感じなかった。

 その態度に覚悟を決めた誠は立ち上がった。

「どうするの?誠ちゃん」

 穏やかに尋ねてくるアメリアに誠は頭を掻きながら冷静を装って笑いかけた。

 アメリアの言葉を聞くまでも無く、誠の心には1つの結論が出ていた。

「僕はそんな異能力者の野望を|挫《くじ》く英雄にはなれませんよ。(がら)じゃないです。今日はこのまま寮に帰って、明日実家に帰ります」

 それが誠の出した結論だった。

「そう、寂しくなるわね。地球で飼い殺しにされる危険にさらされる方が、うちにいるより気が楽ってことね」

 そう言うアメリアの言葉は珍しく本音が含まれているように聞こえた。

「僕がいなくても組織は回りますよ。誰かが代わりを務めてくれるんじゃないですか?それにその『法術師』って僕一人じゃないんでしょ?」

 誠は少し嫌味を込めてそう言ってみた。

「確かに遼州人にある程度の割合で『法術師』の素質を持つ人間はいるわ。でも、誠ちゃんほどの『素質』を持つ存在となるとそう代わりはいないのよ。少なくとも今のところは私の知る限りいないわね」

 そう言うアメリアの言葉にはどこか諦めた調子があった。

「じゃあ、これから探せばいいんじゃないですか? 僕が見つかったなら、きっと他にも適した人材が見つかりますよ。意外と近くにいたりするかもしれませんよ」

 誠は投げやりにそう言い返した。

「誠ちゃんも冗談を言うのね。ツッコミしかできないと思ってたのに」

 アメリアの言葉を耳に聞きながら誠はそのまま機動部隊の詰め所を後にした。

「冗談のつもりは無いんですけど……何度も言いますけど、僕は別に英雄になりたいわけじゃないんで。それじゃあ、失礼します。」

 廊下に出た誠は自分自身に言い聞かせるようにそう言ってみた。

 ふと振り返ってみたが、アメリアは誠を追ってくる様子もない。

 誠の言っていたことがある意味的を得たものだったと自分では思っていた。

「僕は英雄になんてなれない。それに……英雄になったところで、何が変わる?どうせ僕がいなくたって、誰かがやるんだ。それなら、僕じゃなくていいだろ……?」
 
 自分自身にそう言い聞かせるように誠はそうつぶやいていた。

 除隊の意志を固めて寮に帰った誠は身の回りの物を片付け始めた。

 一週間に満たない経験だというのに、誠にはあまりに多くの出来事が起きていた。

 ちっちゃな『英雄』クバルカ・ランとの出会い。自分の就職活動が無駄だったことはすべて『駄目人間』嵯峨惟基の差し金だったこと。アメリア達、『戦闘用人造人間(ラスト・バタリオン)』の女性士官には散々小馬鹿にされた。情熱的に歌い上げるかなめの歌と銃器への愛が脳裏に残っている。真面目でありながらギャンブル依存症のカウラはどこか黙って見ていられなかった。気のいいヤンキー島田がことあるごとに絡んでくることにはうんざりした。なんだか不思議ちゃんのポエマー神前(しんぜん)ひよこはどうも苦手だった。

「本当にたった一週間の出来事なのにな……」

 誠はアメリアへの別れの言葉を少し後悔しながら布団を片付け、私服をバッグに詰め、プラモの道具を段ボールに詰めた。

「それじゃあ行こうかな」

 そう言って立ち上がった誠は背後に人の気配がして振り返った。

 そこにはカウラ・ベルガーが立っていた。

 その表情はいつものように人工的で、感情がこもっているようには見えなかった。

 エメラルドグリーンの髪が開け放たれた窓から入ってくる夏の風になびいていた。

 
挿絵


「止めるんですか?」

 ぶっきらぼうに誠はそう言った。

 カウラは黙って首を左右に振った。

「出ていくんだろ?うちを貴様が決めたことだ……それで間違いはないだろう。人は選べるときに選んだ方が良い。人工的に作られた存在として『ロールアウト』してから私が学んだ唯一のことだ」

 冷静にそう言うカウラに誠は少し肩透かしを食ったように立ち尽くした。

「『法術師』として何を考えているか分からない超能力者集団と戦うなんて僕にはやっぱり向いていません。軍も辞めるつもりです……しばらくはバイトでもしようかななんて……それから先のことは後で考えます」

 誠は無理やりな笑みを作ってカウラに笑いかけた。

「すまないな。貴様の人生を壊してしまった。それが最善だと隊長は考えた。だから私達は従った。それが貴様を傷つけたなら謝ろう」

 寂しそうにカウラはそう言う。

 感情の起伏の少なさは戦闘用人造人間らしいが、誠にはそんな彼女に同情する心の余裕は無かった。

「いいんですよ。僕の友達でももう転職している人はいますから。まあ、来年までに大学に戻って教職でもとろうかな……とか考えてます」

「教師か、貴様に向いているかもしれないな。私は学校には通ったことが無いからよくわからないが……パーラが体育教師になりたいとか言って色々調べているのは聞いている。やりがいはあるようだな」

 カウラの淡々とした口調に誠は少しばかり感傷的な気分になった。

「カウラさんも軍以外に行く場所があるんじゃないですか?『ラスト・バタリオン』に生まれたからって戦いだけが向いているとは限らないじゃないですか」

 さみしさからか、そう誠が言うとカウラは静かに首を振る。

「そうかもしれないが、私には……私は戦うために作られた存在だ。戦いを離れて生きていけるほど器用では無いんだ。他の『戦闘用人造人間(ラスト・バタリオン)』の面々よりも戦いに特化した性格だからシュツルム・パンツァーパイロットに選出された。それは認めざるを得ない」

 カウラは乾いた笑みを浮かべた。

 誠はそんな彼女を見て感傷的な気分になりながらも手にしたバッグを肩にかけて歩き始めた。

「カウラさん。ここにある段ボールは宅急便で着払いでうちの実家まで送ってください。島田先輩は気がいいんで頼めばやってくれると思います。原付も……ほとんど新車ですから。売っていいですよって。あの人バイクに相当つぎ込んでるみたいだからいい小遣い稼ぎにはなるでしょ」

 それだけ言うと誠は寮の私室を後にようとした。

「……そうか」
 
 カウラは自分を見上げて来る荷物を片付ける誠にわずかに視線を落とした。
 
 風が彼女のエメラルドグリーンの髪を揺らした。
 
「貴様が決めたことだ……それで間違いはないだろう」

 カウラはそれだけ言うと廊下を歩いていく誠の背中を見送った。

「これで……僕は自由になれた」

 そう言いながらも、誠の胸の奥に、拭いきれない違和感が残っていた。
 
 まるで、見えない何かに囚われたままのように……。
 



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