虹 ~また戻って来る~
ハワイアンカフェの店内には、ヤシの木やカメの絵などが飾られている。
その空間にいて、かつての旅行を思い出した美里が、ため息交じりにぼやいた。
「そういえば、新婚旅行でハワイに行ったときに、また行こうねって言ったのに、結局行けてないね」
「だってさ、世間がここしばらく、海外旅行って感じじゃなかっただろう」
確かになと納得する美里が、しみじみと語る。
「ハワイに行ったときに聞いた話があったけど、本当なんだね」
「ん、なんだっけ?」
小首を傾げる武尊が、何を指しているのだろうと不思議そうな顔をする。
「ハワイに滞在中に虹を見たら、また戻って来られるって言い伝えがあるって、ホテルまで案内してくれたガイドさんが言ってたじゃない。だから私たち、雨上がりにいつも空を見ていたんだけど──」
「そうだった。思い出した。5日間いたけど、最後まで見られなかったんだよな」
「なんか、今となっては感動したはずのハワイよりも、行ったことのない場所に行ってみたい気がするし、言い伝えもまんざらじゃないなって思うな」
「俺、このハワイアンカフェで美里とアサイボウル食べてるだけで満足してるから、近場で十分楽しい気がしてるけど。それだと駄目かな?」
「ふふっ、安上がりでよろしい。私もそれに一票!」
にこっと笑う美里が、賛成した。
「よし! 満場一致だな」
「そうだね! あっ、そのイチゴ狙ってたのに!」
武尊が食べたのを見て、彼女が叫ぶ。
「ははっ、早い者勝ちだから、残念」
そうは言ったものの、渋い顔をする。
「どうしたの?」
「このイチゴ、めちゃくちゃ酸っぱいんだけど」
「よかった~、食べなくて」
くすくすと彼女が笑っていた。
外出中も疲れた顔を見せない美里は、本当に病気なのだろうかと、武尊は疑ってしまうほど元気な姿だ。
美里の病気はきっと治る。武尊はそんな確信を覚えた。
◇◇◇
一人で過ごす孤独な時間を知った今となっては、一緒にテレビを見て笑うだけの時間でさえ、身に染みるほど幸せだった。
新婚のとき以上に二人でいられる時間が楽しくてたまらない。お互いにそう思っているだろうなと、なんとなくそんな気がしていた。
「治療の前に受精卵を作って、正解だったな」
「でしょう。あのまま入院していたら、私なんて今頃息が詰まっていたと思うもん」
「本当、よかったな、一度退院できて」
「うん! わがままを言って大正解だった」
にこにこと笑う妻を見て、彼は自然と口をついた。
「愛してるよ、美里」
「ふふっ、ちゃんと知ってるよ」
くすくす笑う妻が耳元で囁いた。
せっかく二人で観ていた映画のクライマックスだというのに、それをそっちのけで熱く唇を重ね、部屋の中は愛しさに包まれた。