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第23話 待っていた地獄の『特殊な部隊』の日常

「おはようございます!」

 部隊の本部までパーラに送ってもらった誠は、せめてこの『特殊な部隊』に飲み込まれないためには『元気』だけが必要だと悟りきって元気よくそうあいさつした。

 そんな誠の机の上になぜか大きめの箱が置いてあった。

「なんです?これ……こんなもん頼んだ覚えは無いんですけど……支給品ですか?この『特殊な部隊』の」

 誠は不審そうにすでに出勤してきていたカウラに尋ねた。

「ああ、終業後、クバルカ中佐が昨日の夜に貴様の家に挨拶に行ったときに受け取ったそうだ。神前には必要になるものだ。お母さんに感謝するんだな。まあ、肉親と言うものは私には関係ないが」

 カウラは興味なさそうにそれだけ言うとそのまま端末のキーボードをたたき続けた。

 
挿絵


「母さんからか……何だろう?」

 私立の全寮制の高校の武道教師をしている父のいない誠の実家には、道場を守る剣道師範の母が一人で住んでいた。

 誠はそのまま上のガムテープをはがして中をのぞき見た。中には古びた包みが入っていた。

「クバルカ中佐に急に渡すぐらいだからすぐに必要になるものなのかな?」

 誠が包みを開けるとそこには高校時代のジャージと野球部時代に使っていたスパイクが入っていた。

「なんでだ?こんなのが必要になるの?なんで?」

 高校三年の夏から目にしていないものを目にして誠は母のよくわからない気遣いに困惑した。

「おう、来てたのか?」

 声がするので振り向いた誠の視線の下にちっちゃなランが立っていた。

「なんでこれを?母が用意してたんですか?何か部隊でジャージとスパイクが必要になることがあるんですか?走ることと部隊の運用になんか関係が有るんですか?」

 誠は懐かしいジャージを見て困惑しながら笑顔のランにそう尋ねた。

「母ちゃんにも聞いたが、オメーは体力だけが自慢だろ?野球部のエースだったんだ。当然だよな」

 褒めてくれと言うようにランはそう言って胸を張る。

「僕……体力だけって……確かにパイロットとしては三流以下ですし、文系知識が無いから事務仕事とかはできそうに無いですが……体力だけなんてひどい言い方は無いんじゃないですか?」

 自嘲気味に笑いながら誠はそうつぶやいた。

「いーじゃねーか。事実なんだから。それにこいつがあれば今日一日走っていても大丈夫だろ?だからオメーの母ちゃんに頼んで動きやすい服装を用意してもらったんだ。うちは予算が無いからな。トレーニングのジャージとかシューズとかは用意できないんだわ」

 あっさりとランはそう言ってのけた。

「へ?一日中走る?」

 いい顔で誠を見上げてくるランの言葉に誠は戸惑った。

「まず、パイロットは体力勝負!当然、その基本は下半身にあり!とりあえず走れ!何があっても走れ!テメーは今日一日走り続けろ!なんならうちのグラウンドは照明があるから夜通し走ってもいいぞ!意識限り走れ!良いから走れ!ともかく走れ!オメーにはそれしかねーんだからそれを信じて走れ!」

 ランは腕組みをしてそう言い放った。

「走る……そんな前近代的なトレーニングなんて……トレーニングルームとか無いん……でしょうね、ここにはそんな予算は無さそうですし……でもそんなに走ったらいくら僕でも気絶しちゃいますよ」

 いきなりの命令に困惑する誠の顔をランは厳しい目つきでにらみつけた。

「アタシは『体育会系』の鬼教官だって言ったろうが!さっさと着替えてこい!アタシがぶっ叩いて鍛えてやる!根性見せろ!ガッツだ!ガッツ!社会人に必要なのはまず体力!それをアタシが叩き込んでやる!気絶だ?そんなもん水でもぶっかけて起こせばいい!とにかく走れ!」

 誠は思った。ここは『特殊な部隊』である。

 始終こんな調子ならあの5人でなくとも誰もが一週間で出ていくだろうと。

 しかし、昨日の月島屋での飲み会でランが『法術師』であり、とてつもない力の持ち主だと知ってしまった誠は怖くて言い出せずに、そのまま追われるようにして機動部隊詰め所を後にした。

 

 夏の長い日も夕暮れに染まり、まもなく終業時間を迎えようとしている。

 隊長室を出たランは技術部員情報関係を統括する大尉の最敬礼に見送られて本部の階段を下りた。

 彼女はそのまま建物の玄関を出ると、実働部隊のグラウンドに足を向けた。

 そこには朝彼女から受け取った高校時代のジャージを着た誠がランニングをしていた。
 
 午前中は誠一人が走るだけだったが、午後は部隊全員の体力強化のためにランニングが課せられていた。

 そんな部隊の隊員達の中、体力は人並み以上な誠は圧倒的なスピードで他の『特殊な部隊』の他の隊員を引き離して疾走していた。

 昼休みや午前と午後に1時間あった休憩時間を除いて、もう5時間も誠は走り続けていた。

 その後に続くのは『戦闘用人造人間(ラスト・バタリオン)』で唯一この『特殊な部隊』のカラーに毒されなかったパーラ・ラビロフ中尉が続く。

 考えてみれば、午前中からランニングを続けてきた誠がパーラの前を走っていることがある意味、誠のタフさを示しているとは言えた。

 高校を卒業してから5年のブランクがあるとはいえ、そのタフさは見守るランを十分に満足させるレベルのモノだった。

 一方、他の『特殊な部隊』の隊員の過半数は歩いていた。

 彼等にとって午後に課せられる退屈なランニングは『面倒』そのものなのである。

 パーラと同じ『ラスト・バタリオン』であるはずのアメリアがその先頭を『馬鹿歌』を歌いながら歩いている。

 その隣ではヤンキーの島田が自慢げに話す姿を見てサラが爆笑していた。

 さらにその後ろには島田の『手下』の技術部員が続く。

 彼等がそこにいる原因は島田の前を歩くと、彼に何をされるかわからないからである。

 ランがグラウンドの中央を見ると、残りの女子と技術部の将校達が誠の走る姿を見守るばかりでそもそも歩くことすらしていなかった。

 誠はそんな中をひたすら走り続けていた。

「なんだ、神前もちゃんとトレーニングしてるじゃねーか」

 小さな上司、クバルカ・ラン中佐に駆け寄ってきた誠とパーラに向けてランはそう言い放った。

 ランにとって新人の誠だけ走っていれば、あとはどうでもいいのである。他の隊員がいくらサボっていようがランの関心では無かった。

 一人、誠に付き合って軽いジョギング程度の速度で走っていたパーラはグラウンドに現れたランの姿を見つけると、いつものランの『新人のみ徹底教育モード』を理解しているので、まじめにランニングをした自分を恥じた。

「元気だな!まだ走れるか?」

 満足げな笑みを浮かべながらランは大声で誠に話しかける。

「……クバルカ中佐……僕は長距離はちょっと自信があるので……」

 小さなランの前で誠は息を切らしながらそう言ってほほ笑んだ。

「そーだな。体力は認めてやる。その体力があればどこでも生きていける。『作業員』として」

 ランの前まで来て立ち止まって肩で息をする誠向けて、ランは誠の全く望まない評価を下した。

「僕、『作業員』になるために大学を出たわけじゃないんですけど……もう終わりにしません?」

 ようやく息が落ち着いてきた誠はそう言ってパーラに視線をやった。

 パーラも誠が立ち止まったのを確認すると同じように軽く息を弾ませながらとりあえず立ち止まった。

「クバルカ中佐、私は……水分補給してきます」

 パーラはランにそう言って立ち去る。

 パーラは誠を『偉大なる中佐殿』と呼ばれるクバルカ・ラン中佐にこれから始まるランの大説教の『|生贄《いけにえ》』として差し出した。

 これから始まるであろう誠に対する説教に巻き込まれることだけは避けたい。

 パーラの後姿にそう書いてあるのを誠は見逃さなかった。結局、人間は自分がかわいいのである。

 その小学校低学年と言った体形のランに対して、大男である誠がすまなそうにしている様ははたから見れば異様に見える。

 しかし、ランの鋭い眼光ににらまれた誠はまさに『蛇に睨まれた蛙』と言える状態だった。

「神前。何周走った?」

 『偉大なる中佐殿』はそう言って誠を睨みつけた。瞳は情熱に燃えていた。

「五十周くらいですけど……もっと走らないとといけないんでしょうか……さすがに初日にこんなに走ったら身体が壊れると思うんですけど……」

 仕方がないので誠はそう言った。一周、400メートルのグラウンドである。

 当然二十キロ以上走ったわけである。

「午後の終業時間まであと一時間ある。その間、ずっと走り続けろ!テメーにはそれを出来る体力がある!うちで必要としている力が有る!」

 ランの目は完全に『体育会系』そのものだった。

 助けを求めようと、誠は背後にやってきた、『特殊な部隊』の隊員達に視線を走らせた。

 しかし、誰一人として誠の心の声にこたえてくれそうな人物はいない。

「頑張ってね!誠ちゃん」

 歩いていたアメリアは余裕の表情で自分に火の粉が回ってこないように警戒している調子で誠にそう言った。

 先輩隊員達は完全に誠を『鍛える』と言うことで意見が一致しているようだった。

「そうだ、神前。走れ!飽きたら『うさぎ跳び』。それが飽きたら『千本ノック』。タイヤを引いて足腰を鍛えるのもアリだ」

「そんなことしたら僕の身体でも壊れちゃいますよ!これってパワハラですよね?逃げて良いですか?逃げないと僕死んじゃいますよ!」

 高校時代にも腰に悪いと禁止されていた『うさぎ跳び』を勧めてくるランが『精神至上主義』の高校野球の監督の『孫娘』に見えてきて誠はたじろいだ。

「多少勉強ができるだけの『モヤシ』には書類仕事しかねーんだ。真の戦いの世界は『根性』、『気配り』、そして『体力』。この3つがあればいーんだ!他の事はアタシ等幹部が考える!オメーはただ走ることだけに集中しろ!他の事は何も考えるな!」

 そう言ってランはグッと右手を握りしめて誠に差し伸べた。

「結局……僕って……逃げたい……正直、逃げたい……」

 誠はランに聞こえないように小声でそうつぶやいた。

「いーじゃねーか!オメーにはたぐいまれなる『体力』と言う宝石が眠っている!それを磨け!鍛えろ!その先に道は開ける!普通の人間には眠っていない超能力だ!まさにスーパーヒーローになった気分だろ?走れ!ただひたすら走れ!」

 ランの狂気の励ましに誠はただあきれ果てた後、仕方なくランニングを再開した。

「とんでもないところに来ちゃったみたいだな……逃げたいよ……母さん……」

 誠はそうつぶやくとランの説得をあきらめて再び走り始めた。


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