第22話 戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』
誠は『特殊な部隊』の二日目を迎えた。
「二日目か……」
誠は下士官寮の二階の自室の窓を開けて空を見上げた。
どこまでも広い空が続いている。
「とりあえずシャワーだな」
大きく深呼吸をした誠はカバンに入った実働部隊の制服を手に、そのまま部屋を出て一階の食堂に向かった。
「おう!神前。着替えなかったのか……さっさとシャワーを浴びて制服に着替えろ!」
掃除の行き届いていない階段を下りて入った食堂では明らかに上座とわかる場所で寮長の島田がプリンを食べていた。
その正面にはなぜか二人の制服姿の女子隊員が腰かけて誠の方に視線を向けていた。
「あのー……ここって男子寮ですよね?」
そう言いながら近づく誠を見て二人は笑顔を浮かべた。
「神前君。昨日はどうだったの?」
水色のショートカットの女性隊員が笑顔を向けてきた。
「どうって……楽しかったですよ」
「ホント?アメリアやかなめちゃんにいじめられたでしょ?」
今度はピンクのロングヘアーの女子が誠の顔をのぞき込む。
「こいつはお前は俺の舎弟だ、逃げられると思うな。だからいじめを受けることなんかねえだろ……あの三人もわかってるって」
島田はテーブルに足を投げ出してヤンキーらしく首に下げたちょいワルを気取った金のネックレスを光らせている。
「うちは馬鹿しかいない『特殊な部隊』だから。早く逃げといた方がいいと私は思うわよ」
そう言うと水色の髪の女性は、隣に座った誠に手を差し伸べた。
「私はパーラ・ラビロフ中尉。運行艦『ふさ』の総括管理担当。つまり、アメリア達の『馬鹿』をフォローする『疲れるお仕事』担当……をやらされてる」
パーラはそう言って立ち上がり、前に見た誠の前のパシリだった少年下士官から朝食のプレートを受け取って誠の前に置いた。
『この人……まともだ……今まで会った人の中で唯一の常識人って感じ』
そのどこか人工的な表情を見ながら誠はそう確信した。
「ラビロフ中尉……となりのピンクの髪の人は?」
「はーい!私はサラ・グリファン少尉です!正人の彼女なんですよ!」
「へー……彼女ですか」
誠はそのまま白けた瞳を島田に向けた。
「俺は……『硬派』だかんな!清い交際を続けてる訳!つまらねえ|詮索《せんさく》するとグーパンチだかんな!」
「正人!カッコいい!」
少し照れながら島田は食べ終えたプリンの容器を先ほどの下士官に渡した。
サラは朝からわけもなく盛り上がっている。
誠はとりあえず部隊で一番『まとも』そうなパーラにこの部隊の真実を聞こうと思った。
「ラビロフ中尉。この部隊って……」
「ああ、いいわよ、『パーラさん』で」
パーラはそう言ってほほ笑んだ。
誠はシャワーを浴びる前にこの『特殊な部隊』の真実を目の前にいる部隊で数少ない常識人から聞き出すことを決めた。
「その顔は聞きたいことは山ほどあるって顔ね。でも、その前に私達の髪の色、変でしょ」
落ち着いたパーラの言葉に誠はどういう反応を返せばいいか迷っていた。
水色とピンクの髪。髪を染めることが厳禁の軍の関連部隊であるこの『特殊な部隊』にはその自由が認められているのかと誠は思った。
「そう言えば皆さん染めてるんですか?東和宇宙軍は髪を染めるのは厳禁でしたから」
誠は戸惑いつつパーラに尋ねた。
「染めてるんじゃなくて、遺伝子をいじられてこういう色にされているの。うちの女子の九割は『ラスト・バタリオン』と呼ばれる存在なのよね。『ゲルパルト第四帝国』……今の『ゲルパルト連邦共和国』が『第二次遼州大戦』の末期に生み出した『戦闘用バイオロイド』つまり『戦うために作られた人工人間』なの。だから普通の人間と区別をつけるために髪の毛の色が変な訳。戦闘用とある目的で女性しか作られなかったけど、その女性型の『ラスト・バタリオン』の身体能力は男性のアスリートのそれを軽く凌駕する力が有る……まあそんなことを言っても神前君には分からないでしょうね……どうせこの前来た5人も結局は理解できないみたいだったし」
パーラはとんでもないことをさらりと言った。
まるで誠が『知っていて当然』と言うように言う姿に、誠はやはり彼女も『特殊な部隊』で思考回路が『特殊』になってしまったんだと思った。
「『戦闘用人工人間』なんですか?お二人とも。僕には普通の『人間』にしか見えませんが……」
顔を引きつらせながら誠はそう言った。
誠が横を見た。
そこには島田とサラは何故か窓の外を指さして立っていた。
お互い誠にとっては意味不明な言葉をしゃべって、感涙にむせび泣いている。
とりあえず誠はこいつ等は無視することにした。
「他にもいるわよ。運航部はアタシとサラを含め全員女子で、全員『ラスト・バタリオン』。あと、機動部隊の部屋の誠ちゃんの前に座ってる娘。あの子も視力は8.0。普通じゃあり得ないでしょ?でも『ラスト・バタリオン』としては普通かな……」
機動部隊の部屋の誠の席の前には二人の女性が座っているが、どう考えても『西園寺かなめ中尉』の方が戦闘的だった。しかも、『ロボ』である。
「あ、たぶん神前君の想像の逆。かなめちゃんは『甲武国』で一番のお姫様だったりする人だけど、本人が『それを知った人間は全員殺す』と言ってるから知らない方が良いわよ」
かなめではないことはパーラの人の良さそうな言葉から分かった。
同時に、『かなめに確実に殺される』方法を知ってしまった誠は青ざめた。
「神前君!顔色が青い!面白い!」
誠を見たサラが大爆笑している。
誠はこの女に『戦闘用人工人間の悲劇』と言う過去があるとは信じられない。
そこで誠は改めて彼女を『無視』することに決めた。
『戦闘用人工人間の悲劇』と言うと……誠はひたすら考えた。
そうなると、当然誠の脳裏には『偉大なる中佐殿』ことクバルカ・ラン中佐の萌え萌えフェイスが浮かび上がる。
きっとクバルカ・ラン中佐だ、そうあってくれ!その方が安心して『萌え』られる!
そう思いながら誠はパーラを期待の目で見つめた。
「これも私の予想だけど神前君の期待には沿えられそうにないわね。クバルカ中佐は『遼南共和国』の元エースよ。ゲルパルトで製造された私達『ラスト・バタリオン』とは無関係よ」
誠は心底がっかりした。
この2つの消去法の結果に誠は驚愕した。
残りは……どう考えてもあの第一小隊小隊長、カウラ・ベルガー大尉しか残らない。
彼女の髪の色が緑な時点で気づくべきだった。
自然には有り得ないエメラルドグリーンの髪の色はまさに『ラスト・バタリオン』の条件を満たしていた。
「カウラさんは確かにどこか人工的なところがありますからね」
誠の言葉にパーラの表情が曇った。
自分が使った『人工的』という言葉が彼女を傷つけたことに気が付いて誠はハッとした。
誠の不用意な言葉に意外にもパーラは傷ついていないようだった。
パーラはそんな誠の心情を悟ったように、にこやかにほほ笑むとそのまま話を続けた。
「『人工的』ねえ……初対面の人はそう思うかもしれないけど私はそうは思わないわよ。あの娘、意外とパチンコが好きだったりするのよ」
「パチンコ……ですか?」
思わず声が裏返る。誠はあの氷のような表情でパチンコ屋の開店を待っている姿を思いえがいて少し驚愕した。
冷静沈着なカウラが無表情でパチンコを打っている姿は誠には想像もつかなかった。
「まあ、うちに配属された当初はかなりの依存症だったのよ。それこそ給料全部つぎ込んじゃうぐらいのひどいもの。だけど今はクバルカ中佐の『
パーラは何気なく『依存症』などと言う言葉を口にした。
「そんなに……あの堅そうなベルガー大尉がパチンコ依存症だったなんて想像もつかないですけど……ギャンブル依存症は隊長だけで充分でしょ」
正直、誠にはあの真面目そうなカウラがそんな過去を持っていたなどとは想像もつかなかった。
「人は見かけによらないものよ。カウラちゃん『パチンコの無い生活は想像できない』とか言ってたわよね」
島田とじゃれあうのに飽きて振り向いてきたサラの言葉が誠のカウラ感の崩壊に追い打ちをかけた。
そして以外にもあの無表情なカウラにそんな一面があることを知って誠はなぜか親近感を覚えている自分を見つけた。
「そんな『パチンコの無い生活は想像できない』って言ってるんですよね。パチンコチェーンがあるんですか『ゲルパルト』には」
好奇心に駆られて誠はそう言った。
パチンコ屋だらけのここ東和共和国ならいざ知らず、外惑星のドイツ文化圏のゲルパルト連邦共和国にパチンコ屋が存在するのが想像もつかなかった。
「ああ、私達の『製造プラント』は大戦末期に私達を製造した『ゲルパルト第四帝国』と敵対する『連合軍』に接収されたから。私もサラも、当然カウラちゃんも、前の戦争では中立だった『東和共和国』で『ロールアウト』したのよ。『ロールアウト』なんて言うと分かりずらいわね、いわゆる社会に出たって言うこと。だから出身国や国籍は『東和共和国』よ。カウラちゃんが『ロールアウト』した施設の周りには、当然ながら『パチンコ屋』が周りにいっぱいあったでしょうね。あの子は後期覚醒体だから施設を出たら何もかも珍しかったんでしょ?そこにたまたまパチンコ屋があったら……それこそ生活を投げうってはまり込むのも無理は無いわよ」
パーラが言う『ロールアウト』の意味が『出荷』という意味らしいことは分かった。
そして、カウラの出荷先がどうやら『パチンコ屋』の近くだったことは想像がついた。
「でもパーラさんはパチンコやらないですよね?」
ギャンブル依存症の気配の無さそうなパーラに誠はそう問いかけた。
「ギャンブルなんて胴元が儲かるようにできてるもの。初期覚醒体の私やサラはそこら辺の教育はちゃんと受けてから『ロールアウト』したの。でも後期覚醒体のカウラがどんな教育を受けて『ロールアウト』したかは知らないし、今はカウラの唯一の趣味なんだから。邪魔しちゃだめよ」
パーラはあくまで常識人だ。誠の確信はさらに深まった。
そこでパーラは突如、目を潤ませて誠に寄り添ってくる。
「そんな過去や生まれを気にしては駄目よ。私だって好きで『ラスト・バタリオン』に生まれたわけじゃないんだから。それより……」
『悲劇的な生まれの過去を持つ』女性。パーラ・ラビロフ中尉の心からの救済を求める視線を感じた。
「神前君……一緒に逃げましょう……この『特殊な部隊』から……昨日一日で分かったでしょ……この部隊は変なのよ……少しでもまともでいたかったら逃げるしかないわ!神前君の前に来たまともな補充人員だってこの異常な部隊から脱出できたんだもの。諦めたらだめ。逃げるなら早い方が良いわ。ここの色に染まったらそれこそ他の部隊では使ってもらえなくなるどころか、一般社会からもつまはじきにされるわ」
パーラはそう言って誠の胸に飛び込んできた。
「逃げるって……」
誠は少し涙を浮かべているパーラを見ながら戸惑いの表情を浮かべた。
「昨日一日でわかったでしょ?この部隊は『変』なの。まともな神経ではもたないわ……せめて自分位はまともであろうとしてきたけど……もう無理。神前君の神経がまともなうちにうちから他所の部隊に転属願いでも出しましょう」
誠は思った。
5人の常識人が誠の座る椅子から去っていった。
ここは常識の通用する部隊ではなく『特殊な部隊』であることは、昨日の人事部の禿げ大尉の説明やランの『パワハラ・セクハラがまかり通る部隊』という言葉からも手に取るように分かる。
もし誠がこれまでの常識を持ち続けようとすれば、ここでパーラ抱きしめて一緒に逃避行をするべきなのだ。
誠の第六感がそう告げていた。
彼女も誠と同じこの『特殊な部隊』の異常なノリの被害者である自覚があることがその何よりの証拠だった。
「パーラさん……」

感極まった誠。涙を浮かべるパーラ。見つめあう二人。
「でも、無理かも……私もこの『特殊な部隊』に染まってきちゃったし……もしこれが部隊創設当時なら……きっと……」
「パーラさん……」
同じ不幸な境遇を共有する二人が見つめあった瞬間だった。
「逃げられると思うなよ……甘ちゃん。オメエにゃ常に俺の部下が監視についてるんだ。逃げようと思った瞬間に俺の所に連絡が入るようになってる。オメエは俺の『舎弟』なんだ。逃げたきゃ俺を上回る想像力を駆使してみな。理科大出てるんだろ?出来るだろ?」
誠の腹部に激痛が走った。顔を見上げるとにやりと笑う島田の姿が見える。
島田の右ストレートが腹部に炸裂したのがその痛みの原因だった。
「神前君!」
パーラの叫びがむなしく響く。
「そうよ!今日も出勤!お仕事お仕事!」
元気にサラが立ち上がり、食べ残しのある朝食のプレートを食堂のカウンターに運んでいく。
「神前……逃げたらどうなるか……分かってんだろうな?オメエは俺の舎弟なの。逃げるんならちゃんと落とし前をつけろよ……なあ?」
場末のヤンキーが言いそうな言葉と表情に震えあがる誠を見て、パーラは少し諦めたような表情を浮かべて立ち上がる。
「さっきのは冗談よ。さっさとシャワーを浴びて準備してきなさい。私の車があるから乗せてあげる」
パーラはそう言って立ち上がった。
「冗談ですか……」
誠はころころと表情を変えるパーラを見て彼女もまた『特殊』なのだと理解して笑いながら立ち上がるとそのまま食堂を後にした。