04th.06『結論』
結局『近道をしようと路地裏に入ったら迷ってしまい、途方に暮れている所で白女とその仲間を見付け、彼女達が話しているのを盗み聴いた』という事になった。最初の導入は虚偽だが、他は事実である。
後半を真実その侭にしたのは次に繋げる為だ。『しかしバレてしまい、白女に追い掛けられ表通りに出る寸前で捕まってしまった』。意識を失う直前に知覚した状況から、衛兵達は白女の姿を見ていると思われる。犯人が彼女達だと伝えるには、自分をやった奴がそうなんです〜と言うのが一番いいと思ったのだ。
しかし右衛兵は怪訝そうに、
「君を襲っていたのは白い服を着た女じゃなくて、ガラの悪い男じゃなかったっけ?」
と尋ねた。
「……………………」
あれれ? 可怪しいぞ?
トイレ男の記憶では確かにアレは白女だった。白女がトイレ男を追い回し、その果てに彼を捕まえたのである。忘れる筈は
トイレ男は暫く考えて、前々回に白女と会った時を思い出した。あの時、トイレ男は初め白女が居ると気付かなかった。あんなにも目立つ白い服を着ているにも関わらず、だ。少しの思考の結果、白女の能力は相手の感覚を封じるという物ではなく、相手の感覚に影響を及ぼすという物ではなかろうか? という事になった。それならばトイレ男が白女に気付かなかったのも、衛兵達が白女を見間違えたのも納得がいく。前者は彼女が気にならない様に、後者は白女の姿を別人の物にする様にトイレ男や衛兵達の感覚を操ったのだろう。
理屈は判った……理屈の理屈は判らないが、理屈は判った。だが、トイレ男は行き詰まっていた。
「どうしたの?」
考え込んだトイレ男に右衛兵が問い掛ける。
そう。トイレ男は事実……衛兵達にとって
「……………………」
蒼褪めた。
「…………そちらにとって、そちらを襲ったのは白い服を着た女であるという事は確信が持てる事なのか?」
前衛兵のその問いに、トイレ男は少し考え込んだ。そしてその結果ここで変に意見を変える方が信頼を落とし兼ねないと判断し、頷いた。
「……………………」
「…………支部長」
「……彼も混乱しているのだろう。一応、彼を保護した衛兵を連れてきてくれ」
「了解です」
右衛兵が敬礼の後退室した。前衛兵の言葉を聴いて、トイレ男は更に蒼褪めていた。
『彼も混乱しているのだろう』⸺その言葉は、『お前の言う事には信憑性が無い』という言葉と同義である。『とても信じられない』、そう言われたのだ。辛うじて喜べそうなのは信じられないのはトイレ男の記憶に就いてで、これからの信用を失った訳ではないという事だが……衛兵達に襲撃への備えをさせられないと考えたら喜ぶ気にはとてもなれない。諦念が湧いてくるのみである。
右衛兵が別の衛兵を連れてきた。彼はやっぱり『その男を襲っていたのは男だ』と言った。トイレ男が白い服を着た女に襲われたと主張している事が伝えられると、
「? ……まぁ、襲われて混乱していたんじゃないですかね? それか幻を見たか」
と答えた。
彼が退室する。前衛兵はトイレ男の方を向き直り、
「……という事だ」
『お前は信じられない』、と改めて断定された気がした。
「一体そちらが何故その様な見間違いをしたのかは判らない。途中で頭でも打つけたのかも知れない」
『お前頭可怪しいよ』。
「そうなればここを襲撃するという話を本当に聴いたのかどうかすら怪しい」
『だから信じない』。
「……だが、」
……?
「この時間は暇だ、少し警戒を強めるぐらいの余裕は有る……そう言えば、今日は市民が泊まるんだったな?」
そう言って前衛兵は右衛兵に視線を寄越した。右衛兵はしっかりと頷く。
「ならば、市民を守る義務の有る我々は、今宵は守りを固める事にしよう」
信じられない筈だ。トイレ男の話は信じるに値しない筈だ。
にも関わらず、前衛兵は『襲撃を警戒する』と言った。言ってくれた。
「……………………」
トイレ男は深く頭を下げた。前衛兵は黙って部屋を出た。
◊◊◊
夜闇に紛れていた。
「そろそろかな?」
「いや、もう少し待とう」
黒男と、同じ格好だが彼よりも背の高い男は、衛兵の詰所の向かいに居た。
入口には見張りが立っていた。どういう訳か、さっきまで二人だったのが三人に増えている。今になって警戒が強まっている。何故だろうか。
「……親父に報告したらやっぱ止めって言ってくんないかな?」
「いやぁ、無理だろう。ガチガチに固めてるって訳じゃないし」
「でも気取られてるだろ?」
「いや、そうでもない。よく聴いてみろ」
大黒男が言うので、黒男は見張り達の会話に耳を立ててみた。
「……市民が泊まるらしいよ」
「えぇー? 偶に泊まるけど、そんとき別にこんな警戒してないでしょ?」
「泊まるのが要人なんじゃないのか?」
「要人なら迎えが来るだろ」
「それもそうか……」
「……成程ね」
どうやら衛兵達は襲撃が有るという事は知らないらしい。
しかし警戒の理由も知らない様だった。ここから導き出される答えは、
「上の方は襲撃を知ってるけど、下の方はそうではない」
「そういう事」
『ディグリーにしては賢いじゃないか』と言うと背中を小突かれた。結構痛かった。
「下の方が襲撃を知らないなら、多少いつもより警戒が強くても奇襲になる。そして、奇襲なら負けない」
「あぁ。だが、襲撃が有ると知っている上の方は何も対策していないのだろうか?」
「まぁ、詰所を襲うなんてそうそう有る事ではない、というか普通は信じられないもんな。襲撃の話を聴いたはいいが、信じられないので多少警戒を強めるに留めた。そんな所じゃないか?」
「……そうだといいな」
「ま、殺すのは支部長一人でいいんだ。それさえ成せれば後はどうでもいい……派手にやって欲しかったんだっけか?」
「そうだったな。まぁその辺はアーニや白姉に任せればいいだろ」
「……正面から突入するのは俺達なんだが」
「…………俺達がやんなきゃ駄目かなぁ」
黒男は裏口を押さえている残りのメンバー達を思い出しながらボヤいた。
「駄目だろ。アーニと白姉の力は外にバレたら面倒な事になるからな」
「俺達でも未だに信じらんねぇからなぁ」
「ホントそれ。ナコードもだけど」
「俺、アイツ、嫌い」
「奇遇だな、俺もなんだ」
二人は共通に嫌う人が居ると知り、互いに軽く拳骨を合わせた。
「……無駄話もそろそろにして、そろそろ行くか?」
「そうだな。もうアイツらも配置に付いた頃だろ」
「じゃぁ三、二、一で行くぞ」
「了解」
三、と黒男が言うと、二人は足裏でしっかりと地面を踏み締める。
二、と大黒男が言うと、二人は腰を落とし力を貯めた。
一、と黒男が言うと、同時に彼らは跳び出す。
詰所の向かいに有る建物の壁、簡単に壊れる様に細工されたそれを蹴破り、突然の事に対応が追い付かない見張り達に拳を見舞った。
顔面を腫れさせ蹲る衛兵を蹴飛ばしながら、
「今更だが、だりぃーな」
「ほんとそれ」
二人は建物の中へと突入してゆく。