12月28日 〜気づいていれば〜
家路につく武尊の目が、一点を凝視する。
和菓子屋の窓に『年末の帰省の土産にいかがですか?』と、手書きの文字で書かれているポスターが貼ってあるのだ。
雑な文字だが、整ったパソコンの文字よりも味があり、つい目が留まった。
それを見て、まだ決めていなかったことを思い出した武尊は、顎に手を当てる。
今回の年末年始の休日は、自分の実家に帰省すべきか?
それとも妻の実家にしようか、どちらを選ぶべきかと考えた末、浮かない武尊は口を真一文字に結ぶ。
というのも、それは触れたくない話題だったため、十二月二十八日だというのに、意図的に避け続けていたのだ。
一方の美里もイラストの仕事にかかりきりで、帰省のことまで深く考えていないようで、それは武尊にとっては都合がよかった。
妻の実家に帰りたいと頼まれるのは、正直なところ困りものだ。行きたくない。
妻の実家行きを避けるため、二年連続で武尊の実家に帰っていた。
前回は、武尊の母親から頼まれてもいないのに、帰省しろと煩いと伝え、美里を説得したのだ。
いざ帰省すれば、母親は「なんで来たの?」と冷めた反応をしていたため、美里が怪訝な顔をしていた。もうこの手は使えない。
こうなれば美里は、自分の実家に帰省したいというはず。
結婚当初の出来事を、いろいろと思い出した武尊は苦い顔をする。
妻の実家など、大層居心地が悪い。
正月だというのにゴロゴロ寝ることもできない。せっかく仕事が休みなのに、ただ疲れるだけだ。
美里の両親が気を利かせ、リビングの横にある和室を客間として提供してくれるが、そのふすまを閉めるわけにもいかないのだから。
結局のところ居間にいるのと変わらず、気の休まる暇もない、ただの苦行の時間である。
行けない理由を探したいが見つかるわけもなく、家に着いてしまった。
この際だ。インフルエンザにでもかかったやつが周りにいて、なんだか俺も調子が悪い気がすると伝えてみるかと、幼稚なことを考えながら自宅マンションの扉を開けた。
「ただいま~」
彼の声だけが静まり返った部屋に響く。
いつもであれば、美里の作った夕飯の香りが広がるのだが、なぜか感じない。
そのうえ、部屋にいるはずの妻の返事も聞こえない。
どうしたのだろうと思いながら、うかがうようにゆっくり扉を開けリビングに入ると、ソファーに横たわる美里の姿がある。
「あれ? どうしたの?」
「なんか疲れちゃって、寝てた」
「は? 夕飯は?」
「……あ、ごめん。作れなかった」
「はぁっ! あり得ないじゃん。俺の方は一日中会社で働いて、へとへとだってのにさ」
「だから……ごめんって」
「仕事納めで同僚と飲みに行くのを断ったのに、帰ってきてこれかよ」
「それなら今から行って来たら?」
「一回帰って来たのに、今からなんて無理に決まってるじゃん」
「そっかぁ〜」
と、美里が苦笑いを浮かべた。
その姿にカチンときた様子の武尊が、さらに言い寄った。
「一日中家にいるんだから、飯くらい作ってくれなきゃ困るって!」
「そ、そうだね。でも……なんか体調が変なんだもん」
「あっそ。もういいよ。俺、カップ麺でも食べるし」
「夕飯の材料は買ってきたんだけどね……」
顔色の冴えない美里が、ゆっくりと体を起こす。
「明日作ればいいじゃん。俺は料理あまりできないし。ってか、今回は美里の実家に帰省しようかと思ったけど、体調が悪いなら無理に行くこともないな」
「ええ~、しばらく帰ってないし、お母さんに会いたいんだけど」
「やめとけって。どうせ道は渋滞してるし、美里がそんなんなら、運転も変わってもらえないじゃん」
「そ、そうだけど……」
妻の実家へ行きたくない武尊にとっては好都合な理由が見つかり、ラッキーかもしれないと感じ、ほくそ笑む。
一方、母の顔を見たいと頼む美里だが、言葉をのんだ。
今の美里は、確かに帰省を考えられる感じはしなかったのだ。それどころではない。
熱があるわけではないのに体がだるい。口論を続ける余裕もない。このご時世、体調が悪いのに遊びに来てと、家族に責められかねない気持ちもある。
結局、夫を説得しきれずに終わり、今年の年末年始の休日は家でのんびりする計画に決まった。