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第21話 『特殊な部隊』は必要とされているんですか?

「次の奴が『水鉄砲』……アイツは嫌な奴だったな」

 ラム酒を飲みながらかなめは一刀両断に誠の先任者を斬り捨てた。その表情は不愉快そのものと言った感じだった。

「嫌な奴って……」

 何とかフォローを入れないとあとでひどい目に逢いそうな予感がして誠はそう言って見せた。

「そう?自分の立ち位置は分かってなかったけど『バケツ』よりはマシよ。いい男ギャグは私は認めないから。それと私達の努力の結晶の同人エロゲを馬鹿にするのは絶対許さない」

 個人的な好き嫌いを前面に出してアメリアはそう言った。

「二人とも腕は確かだぞ」

「腕なんて代わりはいくらでもいんだよ!アタシはこいつは嫌いだった!」

 カウラの言葉に今度はかなめが嫌悪感をあらわにした。

「どこ出身なんです?」

 誠の向けた言葉にかなめはグラスを手にしたままそっぽを向く。

「地球人の中華系の建てた遼大陸北の『遼北人民共和国』。軍大学出のエリートパイロットよ。かなめちゃんも甲武国の陸軍士官学校出のエリートじゃない仲良くしてあげれば良かったのに」

 アメリアの何気ない一言に誠は驚いたようにかなめに視線を向けた。

「西園寺さん……エリートなんですか!貴族制国家の『甲武国』のエリートって……良い家柄に生まれたんですね」

 甲武国の身分制度の厳しさには同じ日本語文化圏として多少の知識のある誠は驚いたようにそう言った。

「アタシの過去の話なんてどうでもいいんだ。士官学校時代の武家貴族出身の野郎共にはいい思い出無いからな。まあ、エリートはうちの水は合わねえだろ?ランの姐御もエリート嫌いだし」

 アメリアの問いにかなめは全責任をちっちゃな機動部隊長のランに押し付けた。

「しかし、射撃の素養は高かったろ?」

「まあ『生身では』の限定がつくがな」

 それとなく言ったカウラの言葉をかなめはあっさり覆してみせる。

「まあ、上からの指示で来たってのは見ればわかったけどね。何を言っても『はい』としか言わないし。言葉を話すのがもったいないとでもいうようにここでも黙り込んで……まるでお通夜みたいだったわね、あの飲み会。あの飲み会の後も勤務中は同盟機構の遼北人民共和国の知り合いと中国語で電話ばっかりしていて……私は『ラスト・バタリオン』だから中国語も理解できるのよ!その内容をここでバラシてあげても良いけどそんなことをかなめちゃんに言ったら同盟機構が本当に解体して失業したくないから黙っとくけど」

 アメリアはビールを飲みながらそう言って笑って見せた。

「その人も一週間持たなかったんですか?」

 誠が水を向けると三人は静かにうなづいた。

「こっちが言うことを軽んじて生返事ばかりしてこちらが下手に出るとすぐ偉そうにつけあがりやがって……エリートそのものって奴だな!あの態度。あそこも社会主義の国だ。経済こそ資本主義的だが一党独裁で労働党のエリートが全権を握ってるんだ……選民思想?虫唾が走る!」

「かなめちゃん……そんなに嫌わなくても」

 アメリアのフォローに聞く耳持たないというようにかなめは顔を逸らしてラム酒を口にした。

「まあ、あの顔つきと言葉尻からすると、隊長が一週間様子を見ろっていったから一週間居ただけって感じだったな。まあ典型的な上意下達で動くエリートの態度だ」

 カウラもこの男のことは気に入らないらしく何の感動も無いような表情でそう言った。

「出ていくときはあっさりしてたなあいつ。遼北の中華料理は脂っこいのに……ああ、ムカつく!」

 不機嫌そうにそう言うとかなめはグラスに残ったラムを喉に流し込んだ。

「それが組織に生きるということだ……気に入らなくても上の指示には従わなければならない社会主義国では特にその傾向が強い」

「さすがカウラちゃんは分かってらっしゃる……小夏ちゃん!ビール追加!」

 そう言うとアメリアは相変わらずの何を考えているのか分からない笑顔でビールを注文した。

 アメリア、かなめ、カウラの順の答えに誠は少し自分の置かれた状況がそれなりにヤバいモノだと察しながら静かにビールを口にした。

「で、最後に来たのが『一斗缶』さすがにやりすぎだろ、アメリア。ここまでくると」

 かなめはニヤニヤ笑いながらそう言った。

「『一斗缶』を落としたんですか!頭に!」

 いかにも嬉しそうなかなめの言葉に誠は驚きの言葉を発した。もはやここまで行くとギャグと言うよりいじめである。いきなり初配属先で一斗缶を落とされればそれはもう暴力である。

「そこを『おいしい』と思える誠ちゃんみたいな精神が無いとうちじゃあ務まらないのよ……一斗缶を落とされてもそこで一ツッコミ入れる。ツッコミが唯一の『才能』の誠ちゃんならできるわよね?」

 アメリアはビールを飲みながら笑顔でそうつぶやいた。

「アメリアさん。僕は一度も『おいしい』とは思ってないですよ。それ以前にそんな状況でツッコミなんてできません!」

 誠はこれからも続くであろうハプニングを想像しながらアメリアに口答えをした。

「なによ、きっちりツッコんどいて。まあ、遼大陸西部の砂漠地帯の国『西モスレム首長国連邦』のいい大学出て、それなりに軍での出世コースにいた奴がいきなり一斗缶を落とされたらいい気はしないな」

 そう言いながらカウラは苦笑いを浮かべる。

「その人は何日持ちました?」

 もうこのいじめを受けた諸先輩に誠に言える言葉はそれだけだった。ランが誠を連れてくる時言ったように、この部隊はハラスメントの天国である。

「まあ、こいつも一週間目に辞めるって叔父貴に言ったらしいな。一週間後にはタクシーで出て行ったから。でも、こいつは残ると思ったんだけどな」

 どこからその発想が出るのか理解できかねるようなことを言いながらかなめは誠の皿に自分の皿のレバーを置いた。

「西園寺。人にはそれぞれ思う所がある。ことあるごとに銃を突き付けて脅したのは誰だ?」

「誰だったっけ……」

 かなめとカウラの漫才を見ながら誠は苦笑いを浮かべつつアメリアに目を向けた。

「まあ、『西モスレム』の99%はイスラム教徒であの子もイスラム教徒だったから、アルコールがNGだったのよ。それにラマダンとか朝夕の祈りとかいろいろあるでしょ?イスラムの人って。それを知らない島田君が祈りの邪魔をしたり飲みに誘うもんだから……うちの飲み会の醜態をしらふで見せられ続けたわけ」

「それ、辛そうですね」

 今の飲み会はまだマシだろうということは島田のハイテンションを若干理解している誠には察することができた。大学時代もやんちゃをしている同級生達のイカレタ飲みっぷりを知っているだけに、島田達整備班の飲みも半端ではないことは想像がついた。

「結局この人も」

 誠は三人の顔を見回しながらそう言った。三人は誠の絶望を見抜いたかのように静かに頷く。

「一週間で『はい、さようなら』。で、誠ちゃんは晴れて正パイロットの席を確保したと」

 いかにも楽しげにアメリアはそう言うと鳥皮を手に取る。

「別に確保したいわけじゃないですけど。確かに『法術師』の秘密は気になりますが」

 アメリアのまとめに誠は少しばかり違和感を感じながらそう答えるしかなかった。誠がこうしてここに座っているのは自分を監視していた『法術師』に関心を持つ勢力を断定することだと自分に言い聞かせていた。

 そして同時に誠の地位に就く予定だった五人のことを思おうと同情の念を抱かざるを得なかった。

「いやあ、盛り上がった!不愉快なことも多かったけどあの五人もこれだけ酒の肴になれれば辞めても本望でしょ?」

 上機嫌でアメリアがビールのジョッキをカウンターに叩きつける。

「そうか?アタシ達より連中の方が不愉快だったと思うけど」

 かなめはそう言ってラム酒をチビリとやった。

「これまでの連中とは違っていい感じだったな。最後の『一斗缶』にも前に来た脱落者達の話はしなかったからな。アメリアにそういう話をさせるとは神前はこれまでの連中とは違う。今度配備される『乙型』の能力を引き出せる可能性がある点が絶対的な5人との違いだ」

 そう言いながらカウラが立ち上がる。

「もう終わりか?」

 レモンハートの瓶を傾けながら、かなめが不服そうにそうつぶやいた。カラオケで盛り上がっていた運航部と整備班の隊員達も歌いつかれたというように帰り支度を始め、誠達の前からはいつの間にか焼鳥盛り合わせが消えていた。

「西園寺さん。明日は金曜日ですよ。勤務があります!それにほら!皆さん帰るみたいですよ、後から来た人達も」

 誠は晴れやかな笑顔で店を出て行く先輩達を作り笑顔で見送った。誠自身、他の5人同様にここに居着いて良いのか迷っている最中だった。

 あまりに敵意むき出しの外部への対応、そして存在意義自体が不明の機動特殊部隊と言う部隊の性質。どちらも誠にはただの税金の無駄遣いにしか思えなかった。

 
挿絵


「仕方ねえな。貴族主義の連中も待ってくれねえだろうからな」

 誠の言葉に明らかに飲み足りないというようにかなめはグラスに残った酒をあおった。

「それじゃあ、お勘定はランちゃんに付けといて……かなめちゃんの酒は現金で清算してね」

「言われなくても分かってるよ!」

 アメリアとかなめの言葉を聞くと小夏は跳ねるようにレジに向かう。誠とカウラはそれを見ながら縄のれんをくぐる。

 日暮れすぎのアスファルトの焦げる匂いを嗅ぎながら豊川のひなびた路地に転がり出る誠達の前を野良犬が通り抜ける。

「なんだか楽しかったです……それに僕は前の人とは違って水が合いそうです。そんな気がします」

 誠はそう言って頭を下げた。

「結構飲んでたが……大丈夫か?」

 カウラの気遣いに誠は照れながら彼女の後に続いて『スカイラインGTR』の待つコインパーキングに向かった。

「どうだ……うちは……まあ仕事なんかほとんどねえからな……今の遼州同盟は平和だ……遼南内戦なんかがあった十年前とはわけが違う『司法局実働部隊』?『軍の介入が政治問題になりかねない紛争に介入するための特殊部隊』?今の遼州にそんなの必要ねえって!間違いねえ!」

 かなめは手を差し出してくるアメリアに自分のラムの分の勘定を渡しながらそうつぶやいた。

「そうですね……遼南内戦(あのたたかい)も収束して……甲武国の政情も安定しているらしいですから」

 誠は少ない社会知識を動員してそう言って三人に笑いかけた。

「教官の言ったことをおうむ返しにしても意味が無いぞ。いまだに西のベルルカン大陸では内戦やクーデターが起きている。平和なんて……いつ来るか……うちにいつ出動命令が出るか分からないんだ」

 カウラは誠をそう言ってにらみつけた。

「なあに、ベルルカンの失敗国家の清算も進んでるからな。それがらみで出動はあり得る話だ……まあそれは政治屋さんのお仕事で、それこそ軍のお仕事だ。うちは軍事警察……関係無い無い!」

 かなめは上機嫌でそう言って誠達を置いて歩き始めた。

「本当にそうでしょうか?」

 誠はどうにも納得がいかないというように先頭を肩で風を切って歩くアメリアに話しかけた。

「かなめちゃんの言い分は半分は本当ね。ベルルカンにうちが出張るのはもう少し情勢が落ち着いてからでしょう……選挙監視とか難民の帰国なんかが始まったら助っ人に呼ばれるかもしれないけど……あそこはそこまでにはちょっと時間がかかりそうよね」

 誠はアメリアがまともなことを言うのを呆然とした顔で眺めていた。

「でも……そうすると僕はなんで必要なんでしょう?」

「なんで?そりゃあ想定外の事態に備える!それがうちらの仕事だからだ」

 けげんな表情を浮かべる誠の肩をかなめが叩いた。

「そう言うものよ、お仕事なんて」

 アメリアの笑顔を見ても誠は今1つ納得できなかった。

「そう言うもんですか……」

「そう言うものだ」

 念を押すようにカウラはそう言うと車のキーを取り出して誠に笑いかけるのだった。

「それじゃあ寮まで送るぞ!カウラ!車を出せ!」

 オーナー気取りのかなめに渋々ポケットをあさるカウラ。夏の夜はどこまでも平和だった。


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