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第20話 『特殊な部隊』を去っていった男達

「次が『バケツ君』……『君』なんていらないわよ!あんな奴。いっそのこと剣山(けんざん)を落とせばよかったんだわ!ああ、腹が立つ!」

 今度は急に激高するアメリアに戸惑いながら、とりあえず誠はシシトウを口に運ぶかなめに目をやった。

「アメリアよ。オメエと同じ『ゲルパルト連邦共和国』出身だっろ?前の大戦に負けてネオナチが一掃されてすっかり穏やかになったあの国らしくアイツも穏やかだったじゃないか。同郷の人間として多少は肩を持ってやっても良いんじゃないのか?確かにアイツは他の4人と違って上の変な指示も受けずに、ただモテてるのにこれ以上モテたくてうちに志願した奇特な人間だって聞いてるけど……確かにイケメンや美女が自分をモテないと信じ込んで彼女彼氏もできずに一生を終える東和共和国のこの状況は甲武国出身のアタシとしては異常としか言えねえんだが……」

 珍しくかなめが呆れたような表情でフォローを入れた。

「違いますー。アイツはゲルパルトでは少数派の地球のフランス系だもの。私は主流派のドイツ系。服飾デザイナーにしかなりたくないあの地方の連中とは違って重工業でしっかりとしたモノづくりで国を支えてるの!しかも、私のギャグのセンスは『純和風』だから共通点なんて無いの!全然違うの!しかもアタシ達運航部の女子達がが丹精込めて作った同人エロゲを『モテない男の妄想で俺には関係ない』の一言で切り捨てるのよ!誠ちゃん!同じ同人エロゲのファンとして|憤《いきどお》りを感じるでしょ?」

 かなめの言葉にアメリアは強烈に拒否反応を示した。

 そして運航部の女子達が実は誠の好きな過激な性描写で知られる同人エロゲの製作者だった事実に衝撃を受けた。

「しかし、『バケツ』は元々パイロット志願でパイロット教育を適切に受けたたたき上げの優秀なパイロットだったぞ。これまでの六人の中では素質は格段に高かった。それに『高卒』の『下士官』だからな。人件費の観点から言っても一番適任ではあったと思うが」

 完全にバケツ扱いされている脱落者に同情を覚えつつ、誠はカウラの冷静な論評に耳を傾けていた。

「私はね、『俺はいい男だろ?モテてるだろ?』って感じの上から目線のおフランス下ネタが大嫌いなの!リーゼントに香水の匂いプンプンさせちゃって……ああ、思い出しただけで腹が立つ!初日から運航部の女の子にちょっかい出しまくって、帰りにこういう風に呑みに誘ってもいい男ぶりが鼻についちゃってかなめちゃんやカウラを口説こうとするの!……アタシはまるで眼中にないって感じで!キー!頭にくる!私は確かにでかいわよ!『東都タワーネタ』の宝庫よ!そうよ!三十路よ!行き遅れよ!年上よ!」

 
挿絵


 誠にはアメリアの執着が理解できず、曖昧に笑うしかなかった。

 いわゆる『バケツ』氏が相当な典型的『エースのモテ男』キャラで、その狙った女性に対して態度を変えて接して来る姿が『バケツ』の眼中に入れてもらえなかったアメリアの気に障っていたことだけはよくわかった。

「その軟派な態度が、『硬派』が売りの技術部の野郎共を刺激しちゃってな」

 そう言いながらかなめは相変わらず速いピッチでラム酒のグラスを空けていた。

「島田先輩ですか……あの人、決闘とかしそうですね」

 誠は冗談のつもりでそう言った。

「ああ、しっかりやったぞ」

「したんですか!」

 事実は小説より奇なり。

 カウラの返しに誠はただそう叫ぶしかなかった。

「まあな。配属三日目で医務室のひよこの手を握ったの握らないのがきっかけで裏の駐車場に島田の馬鹿がそいつを呼び出してな」

 そう言って卑しい笑みを浮かべるかなめに誠は彼女の血の気の多さに気が付いて身震いした。

「もしかして銃は使ってないですよね?」

 常に愛銃『スプリングフィールドXDM40』を持ち歩いているかなめの言うことなので、銃が出てくることも想定して誠はそうくぎを刺した。

「うんにゃ。ただの殴り合い……まあ、結果は見えてたんだけどな。『バケツ野郎』は島田の『無限のタフさ』を知らねえから」

 かなめはそこまで言うとにやりと笑って誠を覗き見た。

「なんです?その『無限のタフさ』って」

 誠はそこまで言うと、今度はアメリアが身を乗り出して話をしたそうな顔をしているのでそちらに目を向けた。

「まあ、島田君はいくら殴られても平気なのよ。そもそも相手が殴り疲れても平気で向かってくるし……まあ、五発もパンチを食らえば、そのパンチの軌道を覚えて避けたりカウンターを打ち込んでくるから。まったくいい気味だわ……殴り疲れて手が止まったところで一方的にタコ殴り。まあ、『バケツ』じゃなくても喧嘩で島田君に勝てる人がいるなら見てみたいわね」

 アメリアの言葉に誠は驚愕した。

 典型的なヤンキーの島田に喧嘩を売る度胸は誠には無いが、それが殴り疲れるまで平気で向かってくる化け物と聞くとさすがにゾッとしてくる。

「で、辞めたんですか?」

 誠は恐る恐るそう尋ねた。

「自慢の二枚目フェイスが台無しにされて……ああ、あの時ほど島田君が頼りになると思った時は無いわ。それにどうせ『乙型』に乗ってもただの装甲が厚いだけの普通の機体だもの。誠ちゃんみたいに『乙型』の能力を引き出せるわけじゃ無いし」

 アメリアはそう言ってシシトウに手を伸ばした。

「さらにアメリアが徹底的に『バケツ』のこれまでの女遍歴とかをネットにあることないこと書き込んでこれまで何股してたか知らないけどとにかくアイツの国の人間関係ぶっ壊したりしたからな……まあ、うち向きじゃ無かったんだろ?ゲルパルトに残って一人で頑張るってさ……まあ空港で待ってるのは浮気を知られた女達のビンタの嵐だろうがな」

 ラムを片手に語るかなめの言葉を聞いて、誠は自分が『エース気質』でないことをひたすら感謝するしかなかった。

「あとなんだっけ?」

 かなめはそう言って首をひねる。

「『パイ』がいたじゃない……次かどうかは忘れたけど」

 そう言ってアメリアは細い目をさらに細めた。

 その表情は歓喜に満ち溢れていた。

「『パイ』ですか……投げたんですか?パイ僕の時じゃなくて良かったですよ……制服が汚れるし」

 顔をしかめつつそう言った誠にカウラは静かにうなづいた。

「やはりお約束と言うことで運航部の馬鹿とアメリアが準備をした。顔面に叩きつけたのは……運航部で水色の髪をした常識人。パーラ・ラビロフってのがいるんだが……嫌な顔をしていたな。うちじゃあ一番の常識人だし」

 常識人でなくとも初対面の人間にパイをぶつけるなんて無理だと誠は思った。

「それは誰だって嫌ですよ!初対面の人に挨拶もせずにパイをぶつけるなんて!」

 誠はそう言うしかなかった。

 いきなり配属直後に顔面にパイを食らったら誰だっていやな顔の1つもするものだ。

 ぶつける役目になったパーラと言う女性も災難である。

 誠はそう思いながら話を続けようとするかなめに顔を向けた。

「ただ、そいつは食いしん坊だったからそれほど怒らなかったぞ。『外惑星共和国連邦』出身で……結構デブだったから、キャラ的にはちょうどよかったんじゃねえの?あそこはヘリウム以外に資源が無いから所得も低いし、太陽から離れてるから食品の値段は高いし……しかしあんな環境でよくあそこまで太れたな」

 そう言って笑うかなめの姿に、誠は自分がいかに『特殊な部隊』に配属になったかがよくわかった。

「反応はあくまで冷静だったわよ。まあね……でも一番年長だったからね……」

「確かに二十六歳とか言ってたな。アイツは東和の国庫の金の貯蔵量を調べたらしい。アイツも母国の1000倍の貯蔵量があるってことを知った時点でその調査は止めたらしいが」

 アメリアとカウラが話し合うが、この部隊の異常さは年齢と関係ないとツッコミたい誠はそのタイミングが図れずにいた。

「ここでも食ったな……『外惑星共和国連邦』は社会主義の国だから食い物買うのも行列だろ?それが次々と出てくるんだ。喜んで食ってやがった」

 ラム酒を飲みながらかなめは店のメニューの書かれた壁に目をやった。

「カシラ、キンカン、テバ、やげん……全部2つは食ったよな」

「大変だったのよ。一応、ここの勘定はランちゃんに回るんだけど……本当に嫌な顔してたわよね」

「軍の食べる人の食べ方って半端ないですからね」

 ずらりと並んだ鶏肉の部位の書かれたメニュー表を見ながら誠はその『パイ』と呼ばれる先輩の胃袋の中を想像して若干引いていた。

「まあな。でも、食う以外は常識人だったな。なんやかんやで一週間後には部隊にいなかったんだから『特殊な部隊』である司法局実働部隊とは水が合わなかったんだろ」

 カウラは冷静にそう言うと烏龍茶を啜った。

「カウラ。オメエが虐めたんじゃねえのか?オメエの趣味のことで軽蔑するようなこと言ってたからな。『ギャンブルは毒です』って」

「……戦いとは常に『ギャンブル』だ。運のある方が勝つ。その常識を理解していない時点で戦士として失格だな」

 カウラとかなめが罪の擦り付け合いをしているのを横目にアメリアが誠に向けて身を乗り出した。

「なんでも、かなめちゃんがいつも銃を持ち歩いてるのが恐かったらしいわよ……外惑星連邦は社会主義の国で国家の締め付けが厳しくて軍や警察がデカい顔してるから。特に銃を持ち歩いている警察官にはろくなのがいないらしいわよあそこは……あそこは警察の汚職とかすごいし」

 そう言うと同じ警察官として腐敗した同業者に圧迫されて育った『パイ』に同情するようにアメリアは大きくため息をついた。

「うるせえな!銃が恐くて兵隊や警官が務まるか!それにアタシは袖の下を取る役人が大っ嫌いなんだ!そんなこと甲武でやってみろ!『切腹』だ!『切腹』!」

 かなめの叫びが店に響く。

 もうかなり出来上がっている店の客達はもうかなめに目をやることもなかった。

「結局この人も……残らなかったんですね」

 誠はそう言って呆れながら三人の顔を眺めるだけだった。

「まあ、あの体形じゃあクバルカ中佐のしごきにはついていけなかっただろうからな。当然の帰結だ」

 まとめるようにカウラはそう言った。


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