第106話 去っていく『許婚』
「それじゃあ、お母様は僕の事を認めてくださったんですね。安心しました。ああ、薫様の言うように二人が結ばれるのは誠さまのお覚悟がしっかりできてからと心得ておきます。僕も『斬弾正』と甲武海軍で恐れられた女です。一度吐いた言葉には責任は持ちます」
かえでは最後の揚げ餅を頬張るとそう言って笑顔を薫に向けた。
「まあ、あの子のゲームの趣味はアメリアさんから聞いてますから。それが実際にやっていいってことになったらそれこそ誠も喜ぶでしょうね」
『誰が喜ぶか!』
薫の言葉に合わせるかのように誠達は一斉にふすまを開いて客間に乱入した。
「ああ、誠。聞いてたの?良かったわね。かえでさんはまさに誠の理想の『許婚』よ。あのクバルカ中佐の許可が出たらぜひうちの嫁に来てもらいましょう。それまでクバルカ中佐の下で立派な『漢』になるのよ」
満面の笑みを浮かべて薫は誠に向けてそう言った。
「あのーお母さん……僕がやっていたのはゲームであって、それを日常生活に持ち込みたいとは一度も考えたことは……それにクバルカ中佐の『漢』の基準をクリアーするのはいつになるか分かりませんよ。あの人のパワハラに近いしごきに堪える日々を送るのだけで僕は精一杯なんですから」
誠はそこまで言って、母が自分の言うことを理解していないことが分かったので説明を辞めた。
「でも、お母様。かえでさんのやってることは一部犯罪行為がありますよ。それでもよろしいんですか?」
アメリアはかえでの露出癖の事を意識してそう言った。
「深夜にバレないようにやれば良いんじゃないの?それに皆さん警察官でしょ?そんなのもみ消すなんて簡単なことだと思うんだけど」
薫はすっかりかえでを気に入っているようだった。
誠達は忘れていた。かえでが『人妻キラー』と呼ばれて『マリア・テレジア計画』と言う若妻24人に自分のクローンを孕ませた実績のある女だと言うことを。かえでにとって人妻である薫を説得すること位の事は造作もない話だった。
「では、今日は楽しかったです。さあ、リン帰ろう。今日は僕がリンを責める日なんだから。今日はたっぷり僕がリンをかわいがってあげるよ。期待しておくんだね」
かえではさわやかな笑顔を浮かべて立ち上がった。
「かえでさん、また東都に用事がある時は寄ってらしてね。お待ちしていますわ。その時は今日持ってこなかったプレイの画像データのディスクを持ってきてくれないかしら?私も興味が出てきたから」
かえでの変態性を受け入れている母に、誠は頭痛を覚えながら何も言えずにたたずんでいた。
「もう何も言うな……よかったじゃないか。オメエは未婚率80パーセントの国の勝ち組20パーセントに入れたんだ。これで生涯童貞で過ごすと言うこの東和で当たり前の男の生き方をする心配も無くなったわけだ。おめでとう」
そんなかなめの慰めも今のただ戸惑い混乱するばかりの誠の耳には届かなかった。